ローザ村奪還作戦Ⅰ
作戦当日
パーシヴァルは1800の兵を率いてローザ村に向けて進軍。
遠方にローザ村を視認したところで進軍を止め、ここでハルナ率いる別動隊が所定の場所に到着するのを待つ。到着次第、伝令が来る手はずで、その間に再度村に斥候を放ち、状況を探る。
同時に部隊長達を集め、会議を始めた。
部隊長達は資料を見てパーシヴァルに助言している。
「最後の報告から変化が無ければ、ローザ村の兵力は約700。多めに見積もっても、1000となっています」
「まあ、たいした策も使わずとも、奪還は可能でしょうな
パーシヴァルはこれに釘を指した。
「甘く見るな。そうして油断したことも、前回の敗北の一因だ」
当の部隊長は、申し訳ありませんでしたと慌てて頭を下げた。
今後は気を付けろ、とたしなめた後、
「村の兵だけじゃない、砦からの援軍を引き受けるのも俺達の任務だ。これ次第で状況は一変し得える。
後は斥候の情報にもよるが……」
ちょうどその時、斥候が帰還した。彼らは司令塔の位置を特定し、尚且つ敵兵力の数を調べて来た。しかし、村の兵力は約1000、多く見積もって1400いるという。
これに部隊長達は驚きの声を上げ、パーシヴァルはニヤリとして言った。
「な?言った通りだろ?」
部隊長達は難しい顔をして口々に言った。
「急激に増えてますな」
「兵力的にはこちらがまだ上ですが……」
「どうなさいますか、団長?」
パーシヴァルは部隊長達を見据えて言った。
「敵援軍の数が想定できない以上、用心はしておいた方がいい。
大軍を引き連れているハルナ達には早めに動いてもらいたい。とすれば、村をなるべく早期に陥落させねばならない」
パーシヴァルは一旦切って、再度続けた。
「お前達は、相手の兵力増強に対して警戒しているだろうが、その心配は要らない。実質的には以前と変わらないからな」
部隊長達はパーシヴァルの言ってることが分からない様子でいる。彼はさらに続けた。
「前回の報告が700、今回は1000。
前回の報告が3日前のものなので、敵は3日間で300人増やしたことになる。この急激な増え方は、大部分は村から徴兵したのだろう。砦同士の距離を考えると、ハデスの正規軍とは考えにくい。
だが、ほんの数日前まで農業に従事していた者がまともに戦える訳もない。
ハデスへの忠誠も皆無に等しい。元々彼らはガーランドの民だからな」
周りの部隊長達は、なるほど、確かになどと、口々に言っている。
しかし、こんな会話が聞こえた。
「しかし、民間人を殺すというのも、抵抗があります」
「なに言ってるんだ、国の為には少なからず犠牲は必要だ」
これに対してパーシヴァルは
「極力民間人は助ける方針でいけ。
さっきも言ったが、彼らは元々ガーランドの民で、ハデスへの忠誠は低い。つまり、こちらが何らかの形でつつけば、彼らは寝返ってくると見ていい。
そこで、作戦だ」
パーシヴァルは羽根ペンを取って地図に書き始めた。
作戦はこうだ。
まずは軍を大きく二つに分ける。
一つは、ローザ村周辺を包囲して威嚇。包囲後一斉に国旗を掲揚し、住民に投降及びハデスへの反乱を呼び掛ける。
その後に村への進攻を開始。
もう一つの軍勢で、敵の司令塔を奇襲。司令塔の陥落による士気低下を狙う。
また、いずれの勢力も、降参した村人を殺してはならないとした。
何か質問はあるか、とパーシヴァルは部隊長達に問いかけた。
「奇襲部隊はどれくらいになさいますか?後、指揮は誰が?」
パーシヴァルは少し考えてこう答えた。
「指揮は俺が執る。兵力は弓兵100と騎士を50でいい」
部隊長の一人がすぐさま言った。
「敵の司令塔近辺は多くの兵がいるはずです。もう少し連れていくべきでは」
しかし、パーシヴァルは
「おいおい、奇襲だぜ?多くの兵を連れて行けば、見つかりやすくなるだろう。
それにだ、一つ不審な点がある」
部隊長は首を傾げた。
「何が不審なのですか?」
「では突然だが、一つお前に特別任務だ。村への進攻を開始したら、複数の部下を連れて真っ先に、この地図上の司令塔を調査してこい」
「はっ」
「俺が不審に思っていたことの意味が分かるだろう。
何か分かり次第、すぐに伝令を寄越せ。だが、無理はするなよ」
「はっ」
その直後、黒騎士団の伝令が現れた。
「失礼致します。ハルナ団長、所定の位置に到着致しました」
パーシヴァルは伝令の側に寄って言った。
「御苦労だった、こちらも予定通り進攻を開始する」
そう言って、戻ろうとしたところで、思い出したように伝令に言った。
「そうだ、ハルナに伝言を頼む。」
「何とお伝えしますか?」
「いざとなったら、俺達も駆けつけるから、危なくなったら伝令を寄越せ、と伝えてくれ」
「承知しました」
そう言うと、伝令は走り去った。
パーシヴァルは部隊長達に向き直った。
「俺達も進軍を開始する、総員準備に取りかかれ!」
側にいた部隊長達は、一斉に返事を返し、各々準備を始めた。
ローザ村の北部は険しい山々があり、西には森、東から南にかけては、やや傾斜がある平野が広がっている。
村を包囲する勢力は、平野に二重、三重に並び、鼠一匹通さないような様であった。
一方奇襲勢力は、森の中の高台に待機している。
木々の合間から、白地にハデスの紋様が描かれた布で囲まれた、司令塔と思われる場所が確認できる。
待機中の兵士達は、今日は何人殺すだの、美人を見つけて犯すだの、小声で話している。
「(もし、お前らが俺の騎士団なら、この場で首を跳ねていたんだがな…)」
パーシヴァルは弓兵達の言動に苛ついていた。彼にしてみれば、快楽目的で人を殺したり、戦場でセックスをすることは、騎士としてあってはならないことだった。
実際、蒼騎士団においては、こういった行為を堅く禁じ、違反が発覚した者は、減給、課徴金、除隊、酷い場合斬首であった。もっとも、今まで斬首に処された団員はおらず、そのような予兆がある団員に関しては、問題を起こす前に除隊させていた。
やがて、村の方面が騒がしくなった。どうやら、国旗を掲揚し始めたようである。
パーシヴァルは兵士達に向き直って言った。
「間もなく、包囲勢が一斉攻撃を仕掛ける。攻撃開始後、伝令が到着次第、俺達も攻撃を仕掛ける。
今のうちに攻撃準備をしておけ」
これを聞いた兵士達は雑談を止め、各々準備を始めた。
空気も張りつめたものとなっている。
村の方からは、兵士が投降と反乱を呼び掛ける声が聞こえる。しかし、村からの反応は無い。
声が止み、暫く静かな時が流れた。
そして、その静けさを破って再び雄叫と大勢が走っていく音が聞こえてきた。
進攻が始まった。
「(……いよいよか………あとは伝令を待つだけだが)」
待機している兵士達がざわめき始めた。進攻の様子を見ようとしてる者もいる。
パーシヴァルは伝令の知らせを待った。
何度か兵士の一部が急かしたが、それも無視して待ち続けた。
進攻を開始して20分程経った時、
「団長ーっ!団長ーっ!」
自分を呼ぶ声がした。ついに伝令が来たのだ。
「来たか、待っていたぞ。結果はどうだ?」
伝令は持っていた紙をパーシヴァルに見せた。
パーシヴァルは暫くそれを黙読した後、それを伝令に返した。
「よくやった。本陣に戻り、自分の部隊の指揮にあたれ」
「はっ!」
伝令は走って本陣に戻って行った。
パーシヴァルは、自分の馬に跨がり、兵士達に言った。
「お前たち、待たせたな」
兵士達は武器を持ってパーシヴァルを見つめ、次の言葉を待っていた。
そして 、
「出陣だっ!!我が国に仇なす賊共を根絶やしにするのだ!」
兵士達もこれに応えて雄叫びを上げ、奇襲作戦が開始された。
ローザ村 ハデス本陣
デール(モンゴルの民族衣装)のような服を身に纏ったリーダーを筆頭に、鎧を着た複数の部下がぐるりと円になって座っている。
その円の中心に、村とその周辺の地図があった。地図の上には、駒が置いてあり、今の状況を示していた。
状況的には、ハデスは非常に不利であった。明らかにガーランド軍の方が多勢で、こちらは少数。逃げ場もなく、援軍も陥落するまでに到着するかどうかも怪しい。
防備を整える間もなく攻めこまれ、堀も落とし穴を作ることもできなかった 。
「……モンタナ小隊長、如何なさいますか?」
デールのような服を着たモンタナと呼ばれる男は、重たく口を開いた。
「……結論から言えば、我々に勝ち目はないだろう。」
言動とは裏腹に、声の調子には諦めの色はなかった。
「しかし、我々がここで少しでも持ちこたえなければ、ハデスは大きな打撃を受ける。
……諸君、私はここを死に場所と決めた。私と共に一人でも多くのガーランド兵を殺し、ここで死ぬことを望む者は残れ。
…無論、強制はしない。諸君の命だ、諸君の自由に使う権利がある。遠慮なく逃げて構わない。
私はそれを決して責めない。
だから、安心してここから逃げたまえ」
兵士達はこれに口々に言った。
「何を仰りますか!我々は全員ここで死ぬつもりです!!」
「モンタナ小隊長の下に就いてから、ずっとそう思っております!」
「小隊長、やりましょう!!」
「我等の団結力があれば、きっと奇跡を起こせます!」
「最後までお供します、小隊長!」
小隊長!小隊長!小隊長!
部下達はモンタナに着いて行く意志を見せ、同時にモンタナを激励していた。
彼らの団結力の高さが伺える。
モンタナは、少し涙目になっていた。
「……諸君、そこまで私のことを……ありがとう………ありがとう…そして、すまない」
その直後、外から兵士達の雄叫びが聞こえ、一斉に走り出す音も聞こえた。
そして、伝令が走って来た。
「申し上げます!ガーランド軍が進攻を開始しました!」
モンタナは涙を拭きながら
「分かった、直ぐに行く。お前は引き続き監視を頼む」
伝令は返事をすると、走り去った。
モンタナは部下達に向き直り、
「諸君、我々の目的は敵戦力の減退だ。できる限り多くの兵を殺せ。
あらかじめ、すぐそこに偽物の本陣を作ってある。敵はそこを奇襲するだろう。
奇襲部隊が来たら、ここから弓を放て。
まさか敵も、一見民家に見えるここが本陣とは思うまい。
ここ以外の民家にも、既に部隊を配置してある。まんまと騙された敵軍を蜂の巣にしてやれ」
ここで、一息ついてさらに続けた。
「それと、降参はするな。ガーランドは、敵軍の捕虜には容赦しないことは有名だ。
自殺した方がマシと言う話もあるくらいだ。危なくなったらとにかく逃げろ」
部下達も、これは噂に聞いている。ガーランドは民には優しいが軍には厳しく、死なない程度に悉く拷問に処されると言う話だった。
再度部下達を見回して、モンタナは言った。
「……諸君、今までよく私に着いて来てくれた。
私は諸君を誇りに思う。諸君なら、今後も生き残って、ハデスを支えていけると信じている。
最後に、少し早いが、遺言を言わせてくれ」
そして、
「……私の死体は、シャガール平原に埋めて欲しい。
墓石などは立てず、死体を埋めたら、その上を大勢の馬や人で走らせ、分からなくしてくれ。
私の民族の伝統的な埋葬だ」
「シャガール平原ですね?」
「ああ、私の生まれ故郷だ。埋められるなら故郷の地がいい」
「……しっかりと……承りました」
そう言った部下は涙を必死で堪えていた。周りの部下も、そしてモンタナ本人もであった。
そこに再び伝令が走ってきた。
「申し上げます!我が軍は敵軍の前に完全に押されています!また、農民軍を主として大量の離反者も出ております!
如何なさいますか!?」
モンタナは伝令に振り向き
「こうなれば持久戦だ、弓を持って敵兵力の低下に努めよ」
「はっ」
伝令は走り去った。
再び部下達に向き直り
「諸君!最後の戦いだ!!憎きガーランド兵を倒すのだ!」
「おおおぉぉぉぉ!!」
部下達は雄叫びで答えた。
彼らにとって人生最後の戦いが始まった。
パーシヴァル率いる奇襲部隊は、坂を一気に下って行った。
しかし、
「止まれーっ!!」
パーシヴァルは何故か下まで下りずに兵を止めた。
「如何なさいました?」
近くにいた弓兵のリーダー格が尋ねる。
「あの本陣の側にある家まで矢を飛ばせるか?」
パーシヴァルは、指を指しながら聞いた。
「はっ、十分な距離です」
それを聞くと
「火矢の準備をしろ!目標は本陣の側の民家だ!」
先程の弓兵と隣にいた騎士はこれを聞いて慌てた。
「団長!民間人を手にかけるおつもりですか!?」
「何故、本陣を狙わないのですか!?」
パーシヴァルは答えた。
「あの本陣は偽物だ」
「…偽物?」
「あの本陣目掛けて攻撃しようとしたところで、周りの民家から矢を放って蜂の巣にしようという作戦だ」
弓兵と騎士は驚いた。何故そんなことがわかったのかを聞くと、
「本陣が森の側、しかも高台の下にあったのが気になった。そんなところに陣を張れば、奇襲攻撃を受けかねない。
だが、現に張っていることから考えると、罠じゃないかと考えた。そして、部下に探らせると思った通りの結果だった。」
やはり普通の兵士とは違って洞察力があるものだ、と二人はただただ感心するばかりであった。
そんな弓兵を見て
「ほら、お前も早く火矢の準備をしろ」
「あ……は、はい、失礼しましたっ!!」
パーシヴァルは準備を促した。
弓兵は慣れた手つきで火矢を準備し終えた。
「全員、準備整いました。」
弓兵達の持つ矢には既に火が灯され、赤々と燃えている。
パーシヴァルは再度確認すると、弓兵達に言った。
「構えっ」
弓兵達は矢を構えた。矢を引っ張る、ぎりぎりとした音が辺りに響く。
そして、
「放て!」
パーシヴァルの合図で、矢は一気に放たれ、本陣周辺の民家にばばばば!と突き刺さった。
やがて、矢の火が屋根に燃え移って、家中に広がり始めると、大騒ぎする声が家から聞こえ始め、中からパニックに陥った兵隊達が飛び出して来た。
パーシヴァルは剣を抜いて叫んだ
「突撃ーー!!」
パーシヴァルと騎士達は一気に坂を下り、突撃した。
パニックに陥った兵達に為す術はなく、皆逃げ惑っていたが次々と騎士に斬られていった。
しかし、パーシヴァルの前で一人の騎士の首が突然飛んでいった。
「っ!?どこだ?!」
見ると、十人程の敵兵達が連弩(連射可能なクロスボウ)を構えている。
「放て!!」
リーダー格の男の合図で、発射され、数人の騎士が倒れた。
「くそっ!!」
パーシヴァルと一部の騎士がすぐにすぐに敵兵に向かったが、敵兵は手早く次の矢を装填し、撃ってきた。
これでまた2人倒れた。
「はああっ!!」
パーシヴァルを含めた数人の騎士が斬りかかるが、短刀で防がれてしまう。
その直後、
「っ!?」
パーシヴァルは首を掴まれ地面に倒された。
「(くっ……まずい!)」
パーシヴァルは反射的に横に転がり、敵の攻撃を間一髪でかわした。
すぐに体勢を立て直し、再び斬りかかる。
敵の腕を斬り落とし、心臓を突いた。
そして、別の敵兵に斬りかかろうとした時、
「団長!!危ない!」
声のした方を振り向くと、デールを着た男が剣を振り下ろそうとしている。
「(くっ…こいつ!!)」
パーシヴァルは、剣で押し返しつつ、敵の剣をはね飛ばした。
「なにっ!?」
男は、パーシヴァルの攻撃を避けつつ、剣を取ろうとした。
「させるかぁぁぁ!!!!」
パーシヴァルは男の脚を斬り裂き、次に首へ突き刺した。
そして、そのまま上に切り上げた。
首から噴水の如く血が吹き出し、辺りに脳の破片が散らばった。
「小隊長!!」
駆け寄ろうとした敵を騎士の一人が後ろから斬りつけた。
その騎士がバシネット(中世ヨーロッパで使われた兜、顔の部分が開くようになっている)を開きながら言った。
「粗方片付きました、そろそろ本隊と合流しますか?」
「そうだな、見たところ敵の兵はいないようだしな。
ところで、弓兵力達はどうした?」
「民衆の救出に向かわせました」
「そうか、じゃあ」
パーシヴァルがここまで言った時
「……あんた……ここのリーダーか……?」
「!?…貴様、まだ生きていたか!!」
先程、騎士に斬られた兵士だった。