略奪
五日後、パーシヴァルは蒼騎士団を連れて首都の東方面に向かって進軍していた。村落がハデスによって略奪を受けているという情報が入ったのだ。
最近はこうした緊急出動が多く、パーシヴァルがこの役目を一点に引き受けた。
というのもハデスの活動地域上、襲われる地域は自分の所領であることが多く、また農民からの信頼度も高いパーシヴァルが行く方が様々な面で都合が良かった。
パーシヴァルを先頭に70騎もの騎士たちが緑色の大地を駆け抜ける。騎士達は全身蒼の鎧を着ており、遠くから見るとまるで彗星が流れているように見える。略奪現場に近付くにつれ、全焼・全壊した家屋が目立ち始め、村落に到着するころには、辺り一面に煙や火の粉が舞い、焦げ臭いにおいが辺りに漂っていた。
「毎度毎度、奴らは手ひどくやりますね」
「ああ・・・」
惨状を目にした騎士の一人がパーシヴァルに話しかける。死者こそないが、村落としての機能を喪失させるには十分で、復興に時間がかかることは容易に想像できる。
騎士達は馬を降り、怪我人の手当てや消火活動にあたっていた。
パーシヴァルは炎上している家の側に呆然と座り込む老夫婦に歩みよった。
「おお、これはこれはパーシヴァル様!」
パーシヴァルに気づいた二人は慌ててその場で頭を下げた。
「頭を上げてくれ、何が起こったかを話してくれないか?」
老翁が、ゆっくりと話始めた。
「…全く思い出すだけでも恐ろしいです。いつものように野良仕事をしておりましたら、例の盗賊団が襲ってきたのです。腰が抜けて何もできない状態で蓄えを奪われ、ご覧の通り家も焼かれました。
……命が奪われなかったのは本当に幸いです」
「すまない、我々がもう少し早く来ていれば、被害も少なくてすんだのだが」
パーシヴァルは自分の不甲斐なさを感じていた。
「奴らはどの方向へ向かった?」
老婆が、行き先を指差して言った。
「東です。あの方面には別の集落があります。パーシヴァル様、どうか民をお救い下さい。そして、御武運をお祈りしております…!」
「分かった、必ずや賊を成敗してみせるからな」
パーシヴァルは側にいた騎士を呼びつけ、二人の介抱を命じた。老夫婦は断ったが、これも領主であり、騎士の仕事のうちだと説得すると、理解を示した。
幸い消火活動は素早く完了した為、騎士達は全速力で隣の村落へと向かった。
やがて村が見えてきたが、黒煙が上がっているのが見える。
「くそ、間に合わなかったか・・・」
村に入ると辺りの家は全焼し、道端には多くの屍が横たわっている。
しかし、肝心のハデスの姿はない。
すると、村人の一人が走り出てきて指を差しながら言った。
「領主様!たった今盗賊団は、作物を略奪してあっちへ逃げました!
今ならまだ追い付けるかもしれません!」
指を差した先を見ると、確かに集団が走っているのが見えた。
「半分は、村人の介抱と消火活動を!!残りは俺に続いて、ハデスを追うぞ!!」
パーシヴァルは騎士達にすぐに指示を出し、再び速度を上げて草原を駆け抜けた。
やがてハデスとの距離が縮まってきた。
「かかれーーーーーーっ!!!」
パーシヴァルは力いっぱい叫んだ。
後ろの騎士達も雄叫びでこれに答えた。
士気が上がった騎士団はより速度を上げ、あっという間にハデスに追い付いた。
パーシヴァルや騎士達は、逃亡を図るハデスの団員を次々と斬り捨てた。パニックに陥ったハデスに成す術はない。
結果、ハデスの集団の8割を討伐。残り2割を捕虜にした。
城に帰還したパーシヴァルは、捕虜達をハルナに引き渡した。彼女は捕虜の尋問(と言う名の拷問)も担当しているからだ。
へへへ、いい女だぁ~、べっぴんさんだなぁ~等とハルナを見た捕虜達が口々に言っている。
それに対してハルナはあからさまに顔をしかめ、鞘から剣を抜きながら言った。
「黙れ、下衆が…っ!」
そして、一番最初に冷やかした捕虜の首を思い切り斬りつけた。捕虜の首は空中を舞い、それが別の捕虜の足下に落ちると、それまでざわついていた捕虜達はおとなしくなった。
ハルナは剣を元の鞘に戻しながら言った。
「パーシヴァル様、申し訳ありません。余計に死体を増やしてしまいました」
「いや、気にするな。捕虜達にはいい見せしめになったろう。死体は刻んで豚にでも食わせればいい」
パーシヴァルはさほど気にしていないようだ。
と、彼は思いだしたように言った。
「ところでハルナ。最近ご機嫌ななめのようだが、バーノン団長となにかあったのか?」
ハルナは、またあからさまに不快な顔をした。
「……何故、今ここであの男の名を出すのですか…?」
声のトーンが盗賊を斬りつけた時と同じ位に下がっている。
「いや、先週の会議でもそうだったが、毎回いがみ合ってるだろ?何かあったんじゃないかと思ってな。相談くらいなら俺がのるぜ?」
しかし
「結構です、それに貴方には関係ないこと。わざわざ入ってくることもありません」
明らかな苛だちを見せながら会話を無理矢理終わらせ、 仕事があるから、と捕虜達を引っ張ってその場を離れてしまった。
「(……やはり直接的に聞き出すのはむりか、それにしても名前を出しただけであれほど嫌がるとは、思った以上に複雑な問題かもしれないな…)」
パーシヴァルは急に不安になってしまった。
夕刻、城の地下にある尋問室
もっとも尋問とは名ばかりの拷問部屋である。日の光は当たらない為、部屋は常に暗く肌寒い。壁は頑丈な石造りである。辺りには血の匂いが漂い、ここが普通の場所では無いことを示していた。
下着だけにされたハデスの下っ端は、壁から伸びる鎖で手足を拘束されていた。鞭で打たれた体には傷だらけとなり、右目は抉られ、眼球の1つが足下に転がっている。爪は針で刺されて赤く染まり、斬られた腹部からは臓器の一部がはみ出している。
「いい加減に吐いたらどうなんだ?」
ハルナは短剣を握って、下っ端に冷たく問いかけた。
「………許……してくれ……よ、本当に…知ら………ねえんだ」
下っ端は息も絶え絶えに答えたが、ハルナは一切容赦しない。
「……そこまでして語らないか、ならもう貴様に用はない。」
ハルナは持っていた短剣で、捕虜の左目目掛けて思い切り刺した。短剣は捕虜の頭を貫通し、やや小さく唸りをあげた後、動かなくなった。
苦労しながら、短剣をなんとか引き抜くと
「死体は処分しろ、次の捕虜を出せ」
ハルナは記録係に命じた。
「……まだ続けるつもりですか?」
予想外の返答にハルナは眉をひそめた。
「不満か?」
「不満です。団長、これはあまりにもやり過ぎではないですか?もう20人近く尋問をしてますが、皆口を揃えて、知らないと言うばかりです。
これ以上尋問を行う必要はあるのでしょうか?」
ハルナは前回の戦いでハデスの装備に気づいてから、チャガタイ国との関係の有無を突き止めようと躍起になっていた。
しかし、いくら尋問しても思ったような結果がでることはなく、徒に死者が増えていく有り様であった。
「お前の意見も尤もだが、尋問を止める気はない」
「………団長が拷問をしたいからですか?」
記録係は疑いの眼差しで尋ねた。
ハルナが拷問好きであることを、記録係は長いこと共に仕事をして理解している。
「それに関しては否定しない。
だが、奴らが何か事情があって隠し通そうとしているとも考えられる。繋がりをバラせば全員皆殺しだ、と脅しをかけられているとかな」
「だからといって、当のハデスの連中は、何故死ぬまで黙っているのでしょうか?」
ここが一番の謎である。万が一、情報が漏れていることにチャガタイが感づいても、逃げるなり抵抗するなりの手段はある。
考える素振りをしながらハルナは言った。
「自分の仲間を守るため、と言う理由だったら大したものだが、そんな奴はそうそういまい」
「じゃあ、やはり……」
記録係の声はやや小さく、表情はどこか悲しそうである。
「その詳細を調べる上でも、拷問を止める気はない。」
記録係はため息をついて言った。
「本当に情報を知らない人を拷問死させていたとしてもですか?」
「確かに、情報は持っていないかもしれない。だが、他の情報を聞き出すこともできる。それに、我が国の民を不幸に陥れたことについては償いが必要だ」
「償いって………それがこの拷問ですか?」
「そうだ。奴らの存在が国を脅かすものであることには違いない。我が国危害を加える輩には、制裁が必要だ」
記録係は唖然とする。
「それが団長の『愛国』ですか?」
。
「強いて言うなら、そうだな」
少し間をおいてハルナは答えた。そして、やはり今日はここまでにしよう、と言ってハルナは尋問室を出て行った。
地上に通じる階段を登りながらハルナは考えた。
「(……有力な情報がないのは、下っ端の捕虜しかいないのも原因の一つだ。
次の討伐作戦では、もう少し上の奴らを捕虜にせねば。繋がりの是非はその後でも遅くない)」
ハルナは階段を登りきると、自分の執務室へと向かった。