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不仲

会議終了後、パーシヴァルは2階の個人執務室へ向かった。騎士団長と言えど、戦ばかりではなく、広大な土地を支配する領主としての事務的な職務もある。その為、国王の計らいで騎士団長一人一人にこうした執務室を与えられることとなったのである。

執務室内の家具は本棚と机、という簡素なもので、机上には蝋燭と羽ペン、さらに紙という当時は貴重なものが束になっている。それが自在に使えるのは騎士団長の一種の特権であった。一方本棚には複数の本が並んでおり、ガーランド国史や動植物についての辞書など、専門的な本が目立つ。

パーシヴァルは机上の紙の束から一枚抜き取り、机上の羽ペンで先程の会議の内容を大まかに書き始める。


ハデスの出現以降からこれを続け、今では総計20枚程になっている。議長のバーノンが会議中にメモしてはいるが、活版印刷がまだ無いこの時代、資料を紛失してしまえば一大事である。万が一に備えてパーシヴァルも皆に内緒で終了後に記録している。

「(チャガタイ国と繋がっている……か。そうでないといいんだが…)」

パーシヴァルは不安で堪らない。幼い頃に自身も敵国に包囲され死にかけた経験をもつ彼にとって、戦争の記憶は強く残っている。家族や財産を失ったりこそしなかったが、身近にそういう人物を多く見て、自身も悲しい思いをした。これ以上苦しむ人が現れないように、戦争だけはどうにかして避けたいのである。

そして、彼はそれと別にもうひとつ気がかりなことがあった。

「(バーノン団長は、どうしてハルナを目の敵にしてるんだ?極端にハルナにだけ厳しいよな。)」

バーノンのハルナに対する態度はとても普通には見えない。作戦会議の時に至ってはあからさまに馬鹿にし、見下していた。いくら女の地位が低いとはいえ、あの態度はおかしい。

団長同士の仲は、時に騎士団全体の士気に関わる。作戦に影響が出れば、任務失敗にも繋がる。

パーシヴァルはそれを防ぐためにも、何とか仲を取り持つ方法がないかと考えていた。しかし、色々な案が頭の中で螺旋のように浮かぶが、これだ、と呼べるようなものは思いつかなかった。



午後は領内の警備である。騎士一人ひとりに国王が所領を与えられ、その土地と民衆の管轄を任される。パーシヴァルの場合、騎士団長というかなり高い役職にいるため、部下の騎士達よりも広大な所領を持つ。

というよりも、部下たちの所領が自分の所領である。部下たちに地代として作物や金貨・銀貨を収めさせ、その収入で生活・納税する仕組みとなっている。

したがって、警備などは部下に一任し、自分は趣味などに興じることも可能だが、そこは責任感の強いパーシヴァルらしく自ら警備に赴く。民衆の意見を直接聞くことができる貴重な時間でもあり、騎士と民衆の信頼関係を重視する彼らしい行動である。


アーマーだけ外して自分の馬にまたがり、ゆっくりと所領内を歩く。後方から護衛に数人の騎士がついてくるが、彼らも比較的軽装である。

首都はオレンジ色の屋根の家々が並び、石畳の通りは商人や職人、荷車や馬車などで大変にぎわっている。人々の声や礼拝堂の鐘の音をバックに首都を取り囲む城壁を通り過ぎると、人通りは一気になくなり、のどかな農園が広がる。そこからさらに東の方面がパーシヴァルの所領だ。

空は青く晴れ渡り、太陽は暖かく地上を照らし陽気な日和である。道から周辺を見渡せば、農民が畑の雑草を抜き、近くでは子供が集団で戯れている。

「あ!ぱーしばるさんだ!」

「おひさしぶりです!」

「こんにちは!」

どういうわけかパーシヴァルは子供に好かれているため、警備に来ると、このような光景がしばしばみられる。

「こんにちは」

パーシヴァルも笑顔で答える。そして、子供たちの声に気づいて、農作業をしていた農民たちも声をかけ始める。

「パーシヴァル様!」

「いつも見回りありがとうございます!」

そう言って頭を下げつつ笑顔でパーシヴァルを呼ぶ。

「作物の出来はどんな感じだ?」

「今回も良い出来ですよ!これでパンを作ったらきっとパーシヴァル様のお口にあうかと」

「そうか、期待してるぞ!」

こうして所領内の農園を周り、警備を続けた。

パーシヴァルはその間も、バーノンとハルナのことを頭の片隅に置いていた。ゆっくりと警備するうちに、あっという間に日は落ち始めてきた。


















その日の夕方、仕事が終わったパーシヴァルはダグラスと行きつけの酒場に飲みに来ていた。

手頃な価格で美味しい酒が飲めることで身分に関係なく多くの人が訪れる。パーシヴァルもたまに来てはこうして飲んでいる。

酒場の扉を開けると、一気に賑やかな声が聞こえる。店主のいらっしゃいませ、という声もかき消されるくらいである。

「相変わらず、いつも多いですね」

「そりゃあそうさ。普通の酒場と違って、料理も酒もうまくて安い。まあ、その代わり宿泊はできないけどな。迂闊に酔った勢いで寝ることはできないな」



当時の酒場というものは、現代の居酒屋と異なり宿屋も兼ねていた。メニューも今のように豊富ではなかったそうだ。

酔っぱらいの客達を掻き分けて、何とか二人はカウンター席に座る。

ちょうどそこに食器を持ったウェイターが現れた。

「ウェイター、ガーランドブランデーをストレートで頼む」

パーシヴァルがストレートで頼むのをみてダグラスは驚いた。

「よく、ストレートで飲めるね。いや、君が酒に強いのは知っていたけど、まさかここまでとは…」

「むしろストレートで飲まないと、この良い香りを楽しめませんよ。水割りで飲むのは、俺の中では邪道です」

「よほど気に入ってるみたいだね」

続いてダグラスも注文する。

「確か、ブレンデットウイスキーのキープがあったはずです、取って来てください」

ウェイターは駆け足でキープの棚に走って行った。

「ダグラスさんだってウイスキーじゃないですか」

「ウイスキーといっても、僕は水割りで飲むからね」

ウェイターがボトルを持ってくると、ダグラスは直ぐに水を注文した。

入れ違いに、パーシヴァルの頼んだブランデーが来たが、まだダグラスのウイスキーが来ていないので、手を付けなかった。


波打つブランデーを見ながら、パーシヴァルが言った。

「今日の会議、というより前から気になってたんですけど、バーノン団長がハルナに対して妙に強く出るのは何でですか?」

ダグラスは、君も気になるか、と言いながら答えた。

「バーノン団長は、どうも嫉妬を感じているようなんだ」

「嫉妬?ハルナにですか?」

「そう」

パーシヴァルは意外だった。バーノンは大抵のことは難なくこなす、いわばエリートで、ハルナに嫉妬を感じる理由があるとは思えなかった。

「バーノン団長は全てにおいて優秀だよ、だけどハルナ団長も負けず劣らず相当優秀なんだ。

これは噂だけど、たまに二人は闘技場で練習試合をしていて、実力は均衡してるという話もある」

「均衡してるんですか!?」

バーノンは騎士団長の中で最強と言われ、パーシヴァル自身も手合わせしたことがあったが、全く歯が立たなかった。

そのバーノンと均衡しているというのであるから、驚くのも無理はない。

ダグラスはさらに続けた。

「そして、知ってると思うけどバーノン団長はもう高齢で、体も徐々に弱り始めてる。あと数年もしないうち、下手すると今年中にはハルナさんに剣術で抜かれるだろうね」

ウェイターが水を持ってきたので、ダグラスはウイスキーを水で割ったが、その量を見てパーシヴァルは目を丸くした。

「・・・随分薄めますけど、それ、味はするんですか?」

水:ウイスキーの比率は9:1とかなり薄い。

「これくらいでちょうどいいんだ。あまり濃いと、すぐにボトルが空になるからね。濃すぎる酒は体にも財布にも悪い」

倹約家も筋金入りだとパーシヴァルは内心思いながら、ダグラスと二人乾杯した。

「話を戻すと大臣達からは、バーノン団長よりもハルナ団長の方が仕事が丁寧で要領がいい、という評価もある。事務的な面でも彼女が上なんだ」

ダグラスはウイスキーを一口飲んで続けた。

「相手の方が要領が良くて事務的な面で負けそうで、体が衰えから騎士団最強の座を奪われそうになり、しかもその相手が新米の女性とくれば、たたき上げで実力を上げてきたバーノン団長も嫉妬するだろうね。おまけに二人とも頑固な性格ときた。いずれ二人は大きな衝突を起こすだろうね」

パーシヴァルは驚くばかりである。バーノンが敗れていることにもだが、それを追い越そうとしているハルナにもだ。

「……俺たちに何か出来るでしょうか?あまりに険悪だと、任務に影響が出るんじゃないでしょうか?」

特に次回の任務では、新米のハルナが危険な任務を引き受けたが、バーノンに挑発されて一時の感情に身を任せて受けたようにも取れるからだ。

ダグラスは渋そうな顔をしながら答えた。

「難しいだろうね、こちらが動いても二人は頑固なところがあるから、簡単には聞き入れないだろうし、かえって悪化させるかもしれない。

どうしても近づけるなら、それなりの時間が必要になるだろうね。

ただ、もしやるとするならば」

ダグラスは一度切って言った。

「次回の作戦遂行時に、ハルナさんが危なくなったときに援助をしてやってくれないか?

そのときに、任務を簡単に引き受けたときのことを窘めればいい。僕の予想では、恐らく彼女は危機的状況に陥る。

そこで助けてあげれば、指導は出来るし、君とハルナさんの距離も近づく。そうすれば、より一層二人の仲を取り持ちやすくなる」

「なるほど、確かにそれはいいですね。じゃあ、任務の時まで覚えておきますよ。」

ダグラスは再びウェイターをよんで、つまみのソーセージを注文した。

「頼むよ。ある意味、二人の仲は君にかかってるからね。

だけど、今日のところはもう気にせず、ゆっくり飲もうじゃないか」

「そうですね」

パーシヴァルは、 ダグラスの提案に乗り、ブランデーに手を伸ばした。

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