団長会議
パーシヴァルは小走りで城の階段を上っていた。部下から訓練の要望を受けたのはいいが、予想以上の長時間に及び、団長会議に遅れそうになっている。
団長会議は各騎士団の団長達が集って月に一度行われる会議である。主な議題はその月における領内での事件等の報告や、国政に関する意見を求められた際に意見を話し合う程度だが、最近は国家を揺るがす大きな問題が浮上し、会議の回数も増加している。
大理石の階段を上り終え、5、6部屋を素通りすると、やがて会議室の大きな扉が見えた。この会議室は、団長会議以外にも大臣達が頻繁に使っており、国政に関する会議は大抵この部屋で行われていた。
会議室は大きな観音開きの扉で、扉の大きさがこの部屋の重要性を物語っている。
パーシヴァルは一旦姿勢を正し、ドアを二回ノックした。
失礼します、と言って一礼すると、入れ、と中から低い声が聞こえた。パーシヴァルは扉を静かに開けると、中では他の騎士団長たちは既に全員が揃っており、各々別のことをしている。
議長席に腕を組んで座っている男が紅騎士団長のバーノン。身長が高く、がっしりとした体つきで、赤髪に赤髭を蓄え、騎士団長の中では最も威厳のある風貌をしている。戦の腕では騎士団長で最強と謳われており、彼が実質的なリーダーである。会議においては彼が議長と書記を務めている。
着席して資料を読んでいるのが、黄騎士団長のダグラス。中肉中背の金髪で穏やかな顔している。実家が貴族のお陰か多くの本を所持し、教養も高い。こう見えて騎士団随一の倹約家である。
そして、奥の窓から都市を眺めているのが黒騎士団長のハルナ。長い黒髪をポニーテールにし、やせ形で少し小柄である。唯一の女性騎士団長で、容姿端麗、文武両道だが、騎士団長では最年少であり、まだまだ経験が浅い。
パーシヴァルを見て、先ず口を開いたのはダグラス。
「パーシヴァルが一番最後に来るなんて珍しいじゃないか、大抵一番最初に来てるのに」
バーノンが続ける。
「まあ、お前のことだから部下からの手合いの依頼がきて、律儀にそっちに行ったんだろう?」
「そんなところです」
そう言って苦笑いしながら、パーシヴァルは席に座ると、残りの団長達も準備を始める。
全員の着席を確認すると、バーノンが口を開いた。
「これより先日行われたハデス討伐の報告会、及び作戦会議を行う」
ハデスとは、ガーランド領内に現れて略奪を繰り返す盗賊団である。当初は1、2回の討伐で完了するはずだったが、調査が進むにつれ予想以上に巨大な組織であることが判明。既に幾度も討伐を行ったが、なかなか力が衰えない。国家を揺るがす大きな問題とはこれである。
「前回の討伐では、思わぬ土砂崩れで多くの兵を消耗し、撤退せざるを得なかった。実質的には我々の敗北である」
バーノンは全員を見渡しながら言った。
前回の作戦では、山中にあるハデスの砦を攻め落とそうとしていた。しかし、行軍の最中に突然土砂崩れが発生。部隊が二分され、混乱に陥っている中でハデスの集団が現れ、多くの犠牲を出してしまったのである。
「結果的に、殆ど戦うことはなかった訳だが、今回の戦闘において気付いた点がある者は、報告して貰いたい」
ダグラスが資料を片手に起立して話し始めた。
「私が注目したのは、多くの犠牲を出した例の土砂崩れです」
バーノンが思わず首を傾げる。
「あれは唯の自然災害ではないのか?」
「私も最初はそう思いましたが、当時のことをよく思い出してください。
私達は本来、別の道を通るはずでしたが、その道が土砂崩れで塞がれており進軍出来ませんでした。そこで迂回して別の道を使った結果、あのようになりました。しかも、兵士の列を丁度分断するような形で発生し、兵士達が混乱に陥っているところに、待ってましたとばかりに奇襲を受けました。
偶然にしては少しできすぎていると思いませんか?」
ダグラスは全員に問いかけるように言った。パーシヴァルもこれに関しては不審に思っていた。確かに出来すぎている気がしたのである。
「では、土砂崩れはハデスが起こしたもの、ということですか?」
ダグラスは、字がびっしりと書かれた資料を取り出しながら続けた。
「断定はできませんが、可能性はあります。
戦闘の翌日から、部下達と過去の資料を調査し、周辺住民に聞き込みを行いました。
すると資料によれば、ここ100年間であの地域で土砂崩れが起きた記録はありません。
洪水を引き起こすほどの豪雨も何度かありましたが、それでも崩れたという記録はありません。
近隣住民への聞き込みも同様で、過去にそれが起きたという話も聞いたことがないそうです」
「では、やはり……」
しかし、パーシヴァルの言葉をバーノンが遮るように言った。
「そもそも土砂崩れを人工的に起こすことは可能なのか?俺には人が成せる業とは到底思えないが」
「過去にそういう例があるにはありますが、それ相応の労力と時間が必要です。あれほどの規模のものは狙って行えるものではありません」
ここで、ダグラスは一旦切った。
「もし、土砂崩れが意図的に行われたものだとすれば、ハデス側にかなり優秀な技術者がついた恐れがあります。元々巨大な組織ですから、何かしらの手段で引き込んだのでしょう。
今後はハデスも優秀な人材、例えば参謀などを引き入れるかもしれません。そうなれば、ハデスも高度な戦術を用いて我々に抵抗してくるでしょう」
敵の作戦次第では、此方の犠牲も大きくなるのは必至だ。したがってより一層、敵の分析が重要となる。
会議室にいる全員が同じことを考えていた。
「この件に関してはこちらで調査を続行します。私からは以上ですが、何か質問はございますか?」
ダグラスは全員に問いかけたが、誰も挙手をする様子がなかった為、私からの報告を終わります、と言って座った。
バーノンが全体を見渡して言った。
「この一件は後で私が国王陛下にご報告しておく。
では、他にはいるか?」
今度はハルナが挙手したが、バーノンはそれを見て露骨に溜め息をついた。それを聞いたハルナはバーノンをキッと睨む。
「……何かご不満でも?」
「……いや」
口ではこう言っているが、彼の様子は如何にも不満そうである。無視してハルナは話し始めた。
「私が注目したのは、ハデス兵の装備です。彼らの装備はこれまでと異なるものでした。そこで、敵兵を5人程捕虜にして、ここ数日尋問を行いました。
その結果、ハデスはチャガタイ国から武器・防具の支援を受けている可能性があることが分かりました」
チャガタイ国、という名前を聞いて一同は驚いた。
チャガタイ国は、ガーランドと海を隔てて南側にある国で、ガーランドとは険悪である。これまでも両国は幾度にわたり戦争をしている。
そのチャガタイ国が、盗賊の支援をしている恐れがあるとすれば、もはや外交問題である。
「それは確かなのか?何かの間違いなどでは?」
バーノンが強い調子で訊ねるが、ハルナは首を横に振って答えた。
「捕虜は尋問中に全員死亡したので、彼らの口から直接聞き出すことは出来ませんでしたが、捕虜の装備にはチャガタイ国の紋様が描かれていました。鑑定家に見せたところ、チャガタイ国の品で間違いないようです」
「何てことだ……」
「まずいことになりましたね」
バーノンとダグラスの驚きが凄まじいものであることは、パーシヴァルから見ても明らかだった。パーシヴァル自身も驚きと焦りを感じている。
この報告から考えれば、チャガタイ国がハデスを使って我が国に攻撃をしていることになる。国王の決断次第では、チャガタイとガーランドでの戦争が起きるのには十分な事態である。
「もっとも、支援があったかどうかは可能性に過ぎません。チャガタイ軍から略奪したとも考えられます。しかし、チャガタイ国は海を隔てた先の大陸ですから、簡単に略奪できるとは考えにくいです。
そうなると、チャガタイ国がハデスを支援していると考えるのが自然ではないでしょうか」
ハデスとチャガタイ国の繋がり、もしこれが真実なら一大事である。
会議室全体の空気が一気に重苦しくなる。しかし、
「お前達、焦っては駄目だ」
バーノンが低く言った。彼は先程驚いた割に落ち着いている。その表情は真剣そのものである。
「この報告が真実だとすれば、チャガタイとガーランド間の開戦は必至。だが、ハルナの言うとおり所詮は可能性に過ぎない。わざわざ国の紋様が描かれた武器を支給すると言うのも奇妙ではある。そんなことをすれば、国家間の対立を深めることくらいはチャガタイも分かっているはずだ」
バーノンは重く静かに自分の見解を述べた。彼以外は全員黙り、会議室はしんと静まり返っている。バーノンはさらに続けた。
「それに開戦の判断をなさるのは国王陛下だ。聡明で平和を愛される陛下なら、最大限開戦を避けるよう努めてくれるだろう。
だが、万が一に備えて各々の領地には警備を増加させた方が良いだろう。都市の警備も厳重にする。
それから、この情報が市民に漏れては、国中が大騒ぎになる。よってこの件は他言無用だ。いいな?」
バーノンが他言無用という用語を用いて命令するときは、大抵重大な事案の時である。当然拒否権はない。もっとも、この件に関しては、誰も拒否する意志は無かった。
バーノン以外の全員は皆黙って頷く。
バーノンはそれを確認すると、再び会議を進め始める。
「では、改めて会議を再開するが、他に何か気付いた点があるものはいるか?」
皆からの反応はなく、特に無いことを示していた。
「では、報告会はここまでとしよう。今回の報告……特に後者については俺が責任を持って国王陛下にお伝え申し上げる。」
バーノンはメモをしまって、次の議題に移った。
「続いて、次回の作戦会議に入る」
バーノンは地図と複数のコマを取りだし、机上に広げた。
「今回は、山間部にあるこのローザ村、そして前回攻められなかった砦を再度攻める。」
バーノンはコマを置きながら、説明を始めた。
ローザ村は首都ロンバルディから北に約15キロ。前回の砦はそこから北西に約2キロと近い位置にある。この地域は小さな林があちこちに点在している。坂は比較的緩やかで、馬を走らせるには殆ど支障はない。ただし、砦周辺は例外で、道が狭く馬が速く走るには困難である。また、土砂崩れの復旧がまだ済んでおらず、一部の道は通行できない。
目標のローザ村は、前回の戦闘の直後にハデスの襲撃を受け、支配下におかれた。村のはずれに鉄鉱石を産出する鉱山がある為、これを狙ったとされる。ここで武具を製造され、前線に送られれば、戦いが苦しくなるのは避けられない。
バーノンの作戦は、軍を大きく二つに分け、最初に砦を陥落させて敵戦力・士気を大きく削いだ後、生き残りの敵軍が来る前に村を攻略するというものである。
「兵力は、偵察が済んでいないので保留しておく。また、砦攻略には攻城兵器の使用も考えているが、質問や意見はあるか?」
すぐさま、ハルナが挙手した。
「攻城兵器は使うべきではないと考えます。
山道であり、土砂崩れの跡が残っているとすると、大掛かりな道具を必要とする攻城兵器は、進軍に多大な影響が出るでしょう」
続いてダグラスが言った。
「私も同じ意見です。カタパルトにしろ破城槌にしろ、攻城兵器は進軍を遅らせます。ましてや山道となれば、その遅れは顕著に出るでしょう。
その間に襲撃を受けては無駄に兵を失うことにもなります」
パーシヴァルもまた意見を述べる。
「俺は使うべきだと思います。確かにお二方の言う通り、攻城兵器を持ち込めば進軍が遅れ、奴らの的になる可能性はあります。
しかし、そこは多くの兵で守りを固めることで解決するでしょう。何より、砦を攻めるにあたって剣や弓だけでは心許ないかと」
バーノンは頷いて肯定を示した。この時点で意見は真っ二つに分かれている。
そこにダグラスが口を挟んだ。
「いえ、多くの兵を連れて行くのは危険です。また土砂崩れを起こされる恐れがあります。
そうなれば、前回の二の舞です」
パーシヴァルもそれは理解している。あの規模の土砂崩れを再び起こされたらたまったものではない。
「では、軍をさらに細かく分けてはどうですか?例えば行軍の際にある程度間隔をとっておくなどすれば、敵も非効率と考えて土砂崩れは起こさないでしょう」
「それでは奇襲をうけたときに対応ができません。砦近辺ですから、基本的に軍が多いと考えていいはずです」
さらにバーノンが言った。
「だが、攻城兵器を使わなければ、攻略は困難だろう?パーシヴァルも言ったが、確実に陥落させようとしたら、兵士達の武器では簡単にはできないぞ」
これももっともであった。攻城兵器を用いなければ、強固な城や砦の攻略には時間がかかるのは必至。そうなると持久戦になるが、近くに多くの拠点を構えるハデス側が圧倒的に有利だ。
皆は一斉に黙りこみ、静寂が会議室全体を覆った。
数分後、その覆いを突き破るようにダグラスが言った。
「では、攻める順番を入れ替えますか?」
「入れ替える?」
殆ど被るようにして3人が聞き返した。
ダグラスの作戦によれば、先に一つの勢力で村を奪還。すると、砦から奪還を阻止しようと援軍が来るので、これを返り討ちにする。
奪還完了直前にもう一つの勢力で砦を攻撃すれば、援軍を送った為に兵が少なくなっているので、無理に攻城兵器を用いなくても、陥落が比較的容易だ。
「近くに複数の拠点がありますが、道が荒れていて移動に時間がかかります。その為、別の砦からの援軍は問題ないでしょう。
素早く陥落させれば、完全に砦を支配下におけます」
3人共、異論は無かった。
これなら、作戦も遂行可能で攻城兵器の問題も解決する。
「では、採決を採る」
バーノンは進行を再開した。
「このダグラスの意見に賛成の者は挙手せよ」
皆、迷わず手を挙げた、全会一致だった。
「では、今回の作戦ではダグラスの意見を採用する。なお、兵力に関しては斥候の情報をもとにこちらで定める」
バーノンはメモを取り、一通り書き終えて言った。
「では、引き続き、指揮官決めに入る」
新しい紙を用意し、さらに続けた。
「今回の指揮官は、ローザ村襲撃と砦攻略と二人決めたい。ローザ村襲撃の指揮は、出来ればパーシヴァルに任せたいが」
パーシヴァルは、騎士団長達の中では民衆からの人気が最も高い。一般庶民が関わってくる村落襲撃には彼が適任なのである。
パーシヴァル自身も、自ら引き受けようと考えていた。
「お任せ下さい、しっかりと役割を果たして参ります」
「うむ、頼むぞ。ちなみに、他に希望者はいるか?」
誰もこれと言った反応はしなかった。
「じゃあ、パーシヴァルで確定だな。
それじゃあ次は砦攻略担当だが…」
砦攻略は素早く行う必要があり、決して簡単な任務ではない。出来ればベテランの人物が望まれた。
「希望者はいるか?いなければ、俺が務めるが」
バーノンがやはり一番に名乗りを挙げた。事実、彼に任せれば、確実に攻略できそうであった。
しかし
「私がやります」
声を上げたのは、ハルナだった。
これに一同驚き、ダグラスが心配するように言った。
「……大丈夫ですか?かなり厳しい任務になることが予想されますよ」
ハルナは表情を変えずに言った。
「ご安心下さい、私にも考えがありますから」
ハルナはこう言った。パーシヴァルも当然心配する。
「俺が言うのもなんだが、無理はしないほうがいいぜ。こう言っては悪いがお前はまだ新米なんだからな」
「……大丈夫ですよ、考えも無しに引き受けたりはしません」
ハルナはどうやら本当に勝つ自信があるようである。何かしらの考えがあることを既に2人は、ハルナの態度と声色から読み取れた。
しかし、バーノンが鼻で笑って言った。
「ふん、どういう事情があれ、所詮女には無理な任務だ。他の奴に任せろ」
その直後、突然ハルナは思いきり机を殴った。
ダンッ!!
という大きな音が会議室全体に響いた。思わず3人は驚く。
「……あなたは私が女だから任務で、失敗すると?
よくもそのような根拠のないことを言えたものです。……いいでしょう。もし私が攻略に失敗したときは、クビにするなり処刑するなり好きにして頂いて結構です」
言葉こそ落ち着いているものの、彼女の放つ雰囲気と表情からは、怒気を通り越して殺気のようなものを感じられた。
ハルナは、失礼します、と凛とした声で言うと、つかつかと会議室を出ていってしまった。