年下の恋人と同居の話
「年下の恋人~」で短く3本あります。
その2です。お話自体はつながっていないので単品で読めます。
伊勢谷智士には、年下の恋人がいる。
ある日うっかり恋に落ちた。
うっかり。
一回り近く年下、というか思いっきり未成年だった。
わかりやすく言うと淫行罪適用。
正直ヤバいと思ったが、落ちてしまったものは仕方がなかった。
恋人は、彼好みの容姿をしていた。低すぎず、高すぎない身長。すんなり伸びた手足。しなやかについた筋肉。
絶世の美形というわけではないが、つい、目がいく。
ふっと息を吐きながら、首筋を撫でるクセ。見上げてくる涼しげな目元。
まっすぐに伸びた背筋。
――何となくエロい仕草。
そんな恋人を見ていると、何とも言えない気分になるが、それは伊勢谷だけではないらしく、彼に秋波を送るものは絶えない。
恋人の心を疑うことはないが、大人げなく独占欲を示したくなることもあるのである。
伊勢谷は写真を仕事にしている。主に、企業の広告などに使われる写真を撮る、商業写真メインのカメラマンだ。
恋人と知り合ったのは、ある時請け負った仕事においてだった。写真の専門学校時代の友人が、ある日、仕事の代役を求めてきたのだ。
友人は、伊勢谷同様駆け出しのカメラマンで、仕事を選べず請け負ったはいいが、前の仕事が天候の関係で押してしまい、仕事に穴が空く寸前だった。
学校の行事写真なんて伊勢谷のやる仕事ではなかったが、伊勢谷とて、同様の事態に陥ることはないとは言えず、友人の頼みは断らなかった。
人生とはわからないものである。
まさかそこで、年下の恋人をゲットすることになろうとは、想像もしていなかった。
本当に断らなくて良かった、と伊勢谷はたまに思う。本当に。
多少問題があるとすれば、その現場が、事務所近くの高校で、ついでに相手が男子高校生だったと言うことくらいだった。
当時二年生だった恋人は、今、受験生をやっている。
年末年始と、恋人とろくに会うことも出来なかったが、センター試験目前ともなれば、それも致し方ない。
大人なんだから我慢我慢、と伊勢谷は自分に言い聞かせてここまで来た。センター試験が終わったら、ちょうど恋人の誕生日が来る。当日は、会うことは出来そうにないが、その次の週末は、久しぶりに一緒に過ごす予定だった。
カメラマンなんて仕事をしている伊勢谷は、外見はワイルドでクールそうにしているのに、存外ロマンチストなところがあった。
久しぶりの甘い夜。
18歳になり少し大人になる恋人。(淫行罪適用外になるのも嬉しい)
そこで、伊勢谷は指輪を渡し、プロポーズともとれる言葉で、恋人を喜ばせる。(予定)
指輪は明日にもできあがってくる。
来たるべき夜を想像すると、せっかくのワイルド系の美貌も形無しににやけ崩れる。
後少しの辛抱だ。
我慢我慢。
今日も伊勢谷は自分に言い聞かせた。
しかし、疲れてアパートに帰ると、部屋に灯りがついているのが見えた。
恋人が来ているということだ。
伊勢谷は思わず口元をほころばせながら、アパートの階段を駆け上がった。
「冬哉? 来てるのか?」
そうは言いつつ、思いがけなく恋人に会えるのは嬉しかった。かなり。
「バカたれ、遅い!」
恋人は、伊勢谷を見ると駆け寄って、ぶつかるように抱きついてきた。
素直だ。珍しい。(口は悪いが。)
それに制服のままだ。学校の帰りに、直接ここに寄ったと言うことだろう。
ぎゅっと、恋人を抱きしめる。
「センター終わるまで、会わないんじゃなかったのか」
「そんなに我慢する気かよ、ばか智士……ちょっとだけでも顔見たくって寄ったってのに、あんた居ないんだもん。もう帰んないといけない」
「悪いな。夕景が入ってたから、どうしても遅くなった」
猫が甘えるように、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「ま、来るって言わなかった俺が悪いんだけどさ……」
あんた大人だから、我慢できちゃうのかな……と、年下の恋人はつぶやいていた。
「ばーか。会いたくって、どうにかなりそうだったっつーの……」
大人だって、我慢できないことはあるのだ。
「受験生にばかって言うな、ばーか」
「それは失礼いたしました」
気にした風もなく、恋人はくすくす笑う。実際、彼の成績は上位で安定していて、よほどのことがない限り、志望校に進学できないと言うことは起こりそうにないらしい。
「俺も、お前に会えなくてしんどくても、がんばって待ってるから、後少し、がんばれ」
「うん」
「次に会えるの、楽しみに待ってるから」
「うん」
「誕生日、祝ってやるからな」
「うん……がんばる」
後少しの辛抱だから。
伊勢谷は自分に言い聞かせているのか、冬哉に言い聞かせているのか、どっちだろうと思った。
会える日を想像して我慢している日々に限界を感じていたのは、伊勢谷のほうだったのだから。
「よしっ」
思い切ったように離れて、恋人は、笑った。
「充電完了。後少し、がんばるよ」
「待ってる」
「うん。待ってて。後少しだから」
言って、少し照れたように、うつむく。
「春になれば、もっと、時間も自由になって、もっと、あんたといられるようになると思う。……親にさ、了解とったんだ」
うん?
「家、出ればさ、もっとずっと、一緒にいられるだろう? だから、許可、とった」
本当は、これが言いたくて、待っていたのかもしれない。伊勢谷は、そう理解した。
言いたくて、我慢できなくなって、会いたくて、――会いに来た。
もう、ほんとうに――
「ばーか。俺のセリフだっつーの」
かわいくて仕方がない。
「またバカって言ったー!」
伊勢谷は、恋人の誕生祝いに――もちろん他の意味も込めて――指輪を渡し、そして申し出るつもりだったのだ。
高校を卒業したら、一緒に暮らさないか、と。
ずっと、一緒にいるつもりで。
生意気で、かわいい、年下の恋人。
年甲斐もなく、伊勢谷は彼に夢中だった。
だから、次の言葉は彼にとって衝撃だった。
「ヒサとさ、アパート見に行ったんだ。同居するのに、いいアパート見つかって、さっそく手付けも払って抑えて貰ったんだ。やっぱ二人ですむなら、部屋はそれぞれ欲しいし。ここからそんなに遠くないから、今よりずっと来るのも楽ちんだし」
そこでまた少し照れて、ちょくちょく泊まりに来れるかもだし、と付け加えた。
「ヤバい。もう帰らないと。――また、来る。我慢できなくなったら」
「あ、ああ」
あまりの衝撃に、伊勢谷はなかなか立ち直れず、バイバイのキスをしてあっさり帰っていった恋人を引き留めて問いただすことも出来なかった。
泊まりに? 何で泊まりに? 誰が? 誰と? なんでそこでヒサが出てくるよ!?
「だから、仲よすぎだって言ってんだろうが……」
拳握りしめて言ったってどうにもならないこともあるのである。
合掌。
モスで書いた話その2。
そんなにたくさんモスに行っているのかというとそうでもないです。
大人の男のはずが、ただのヘタレに。
大人になればなるほど、別に大人ってかっこいいもんでも何でもないってわかってくるものですよね。