121 それでも・・・
あんまりほのぼのしてません。
今回は超南山、もとい難産でした。
しかも2話に割りどころが難しくて結局1話にまとめたので長いです。
前回のあらすじ
アルブスと打合せ終了
俺はこの町の領主の館に住みながら初めてスラム街を直接見た。
その場所は少し街道から離れた場所から始まり、掘っ立て小屋と呼ぶのもおこがましいようなバラックが立ち並ぶ地域が街壁にへばりつくようにあった。
トゥルチド殿の診療所もそうだが、基本的には馬車が通ることなど考えていない建物の配置。
道と呼べるものは小屋と小屋の隙間のみで、場所によっては他人の小屋の中を通過しないと生きつけない場所すらある。
これで、ライト領のスラムは同規模の町に比べればはるかに狭いというのだから、この世界はどれだけの流民がいるというのか。
インフラなど整備されていないため糞尿もそこらにやり捨て状態の道に、正規のない目のまま道端に座り込む人、こちらを虎視眈々と狙う破落戸、せめて幾許かの食べ物をせびるために近づこうとして親に止められる子ども。
俺のジャパソウルが、この場所にこそやる偽善が必要なのじゃないかと訴えかける光景。
「ロックはこうした地域を歩くのは初めてですよね?大身の貴族に生まれた人間が本来目にする場所ではないのです」
確かに貴族の移動は大所帯になりがちなため、この町に居を構えている貴族は他の領地への移動に船を使うのが一般的だ。
しかも、領主であるライト家は当然の事ながら軍船とは別に移動用の船を擁しており、常に使えるように水主を雇っているため、陸路を使用すること自体が少ない。
陸路を使用する場合でも貴族街から直接街道に出るため、この門を使用することはまずありえない事だと言える。
その、ライト家の人間がまず使用しないであろう門を抜けた場所に広がるスラム。
この世界に来てからは、アレな兄にいじめられたりして悩んだりもしたが、命の心配は誘拐されたときと未遂の時くらいしかなかった。
いや、俺ってばあの後に誘拐未遂に何度もあってるから、それは違う意味で命が心配だが、“餓えによる死”が日常的な状態では決してない。
「確かにこのあたりを通ることはないな。前の世界の記憶がある分よりひどい状態に見える」
「布は高級品ですからね」
どの家も、どこから持ってきたのか木を蔓で固定し、土で隙間を埋めているだけだ。
屋根は、茅葺に近いのか?丈の高い草を束ねたものを乗せて雨露をしのいでいる。
「建材にしても日干し煉瓦くらいなら自分たちで作れるんじゃないのか?」
「ロック様、海沿いはあまり質の良い粘土が取れる場所ではありません、泥の塊にしかならないでしょう」
「それに、そんなものを作っている余裕はこの場所にはありませんから」
ハポンの慣用句【貧乏暇なし】って慣用句があるけど、生きていく以外のことが出来ないほど余裕のない状態ってのは本当にあるもんだ。
自分の住む場所を確保するためにできるかどうかわからない日干し煉瓦を試しに作る暇などどこにもなく、その日の糊口をしのぐ方法を考えないと生きていけない。
さっきトゥルチド殿のいる貧困層に行った時もかなり厳しい場所だと思ったが、ここは全くの別次元だ。
「良い方は悪いが、アルもよくその年齢まで生きてこれたな」
「父親が生きていたときは貧困層とはいえ街壁内に住む余裕がありましたし、今は街壁内に仕事がありますから」
たった数枚の銅貨とはいえ、定期収入があるだけ他のスラム住民よりはるかにマシだったんだろう。
その状態をどうにか作り出すのにも並みならぬ努力と運が必要だったに違いない。
この状態を見るに、親に取り上げられていた金額ってのは下手すりゃトゥルチド殿がアルに渡していた小遣い銭と同程度かそれより少ない可能性すらあるな。
そんな中でも生きていくための商売は有るようで、何が入ってるかわからない煮込みや、元が何の動物かもわからない串焼きや、小さすぎて売れないために漁師が廃棄した魚を焼いたもの等、街壁内では絶対に売り物にならないような食べ物を売っている屋台のようなものが点々としている。
「アルの家はどの辺り?」
「うちは街門から少し離れたあたりにあります」
いくら全く使用しない地域とはいえ、これお程の場所が壁一枚隔てた場所にあるという事実を知らなかった事に驚愕した。
「街道のすぐそばにスラムがあって治安もよくなさそうだが、行商人なんかは大丈夫なのか?」
「それは、大所帯の大店であれば道中の護衛を雇ったりしますが、個人の行商人なんかは通行料を払ったりして安全を確保しているんですよ」
「はぁ!?なんだそりゃ」
親父殿のお膝元でよくそんなのがまかり通ってるな。
半分、山賊みたいなもんじゃないか。
「ロック様、そこから得られる金銭によってスラム全体が死に絶えないだけのお金の流れが発生しているために、領主としても目をつぶらざるを得ないのです」
「マジか」
俺が想像していたよりはるかに逼迫している感じがするな。
もうちょっと何とかならないのか?
というより、アルはこの状況でよくトゥルチド殿の弟子になる道が開けたな。
「フー。護衛とかもうちょっと連れてきた方がよかったかな?」
「それも選択肢の一つですが、スラムの者がどれだけ集まってもロック様を守り切るのに私一人でも全く支障はありません」
あの俺様誘拐搬送事件以来、フーの訓練は苛烈を極めてる、らしい。
親父殿が自分の訓練の時にも相手をしたりしている、らしいし、生半可な人間じゃ触ることもできないレベル、らしい。
いや、俺もライト家の子息の嗜みとして剣と槍の訓練は始めているんだけど、まだ素振りと型、巻藁突きくらいしかやらせてもらえてないからフーの訓練風景とか見たことなくて、ホーからの伝聞でしか知らないんだよな。
「組織的に動いている者たちの中でライト家の紋章が入った馬車に近づいてくるほど無謀な者はいないでしょう。このあたりからは馬車では入れませんので歩きになりますが……」
「トゥルチド殿の診療所もそうだったし、さっさと行って話を済ませよう」
いくらアルの家とはいえ、先導させるわけにもいかないので、ようやく泣き止んだウランに先行してもらい、俺とサムとフーの三人が後に続いた。
アルと手をつないだウランが前を歩ているため、普通に進むより歩みが遅い。
が、急いでいるわけではないのでのんびり歩いていく。
サムはこの一帯の臭いが気になるのか、スラムに入ってからずっとハンカチで口元を押さえている。
「アルの親はこの時間帯でも家にいるのか?」
「いるよ」
おう!?普段の敬語じゃねぇ!?
ちょっと苛立ってるのか?
「いるなら都合がいいな」
「あぁ」
「ロックさま……ここがお家です」
どうやらついたようだ。
目の前にあるのは、周りのバラックと代わり映えしない木と蔦と土でできた粗末な掘っ立て小屋だ。
「ごめんくださ~い」
うむ。
ジャパニーズ礼儀として人の家に伺いを立てるときはまず挨拶から。
こっちの文化だとドアノッカーなんだけど、そんなもの無いからね。
「あぁん?誰だ?」
うぉ、アルの母親が出てくるかと思ってたら男の声で返事が戻ってきた。
これが噂のヒモメンか。
ここからも交渉はサムに任せるって話にしてたっけな。
サムに視線を向けると、うなずいて返してきた。
メンズとアイコンタクトとか嬉しくない。
「失礼します。こちらにいらっしゃるのは、ライト家当主であるディーン様の子息であらせられるロック様でございます。ちなみに、私はロック様の家宰を務めさせていただいておりますサム・ベルモックと申します」
ヒモメンが出てきたところ、開口一番、サムから俺と自分の紹介を行う。
「……貴族……」
「失礼ですが貴方様のお名前を伺っても?」
さっきからサムの口調が貴族が庶民に対するときの物ではないが、交渉相手といしていきなり暴言から入るのもまずいし、慇懃にふるまっているのだろう。
俺の経営方針にも合致するので問題ないが、この場でその口調でしゃべることは、ある意味非常に攻撃的だともいえる。
「ギゴル……」
「後ろに控えているアルブスについて話があってまいりました。彼の親御様においでいただけますか?」
「俺も親だ」
ギゴルと名乗った男は、こちらが貴族とみて金の臭いでも嗅いだのかもしれない。
自分が親だと主張してきたが、アルの稼いだ金で酒をかっくらうだけしか能のない分際でよく親であると言えたもんだ。
ちょっとイラッとした。
俺のイラつきはどうやらサムにも伝わったようだ。
「理解できていないようですのでもう一度わかりやすく言わせていただきますが、実の親御様とお話を致したく我々はここに参上したのです。彼の実の親御様である母上様をおねがいします」
「……ケーラー、貴族様がお呼びだぞ」
「え?貴族?」
気怠げな声が男の後ろから聞こえ、ケーラーと呼ばれた雄汚れた女が薄暗い室内から出てきた。
確認するまでもなくアルの母親なんだろう。
パッと見た第一印象は俺が想像していたより遥かに若く、アルによく似ている。
その表情には生活苦によって刻まれたものがあるものの、外見だけは男の娘であるアルの親だけあって元の造りはかなりよい物なのだろう。
皺はあるものの30歳を超えている様にはとても見えない。
むしろ、生活による疲れが妙な色気を醸し出していると言える。
「失礼ですがアルブスの御母上でしょうか?」
「え?ええ。アルの母ですが……」
「本日、こちらに伺った要件について説明させていただきます」
そう断りを入れた上で、サムは先ほどアルと決めた設定で説明を行った。
「……と言った次第になります。貴族に対して働いた無礼を金銭的な謝罪で返せる経済状況ではないと判断し、アルブスとウランは当家にて奴隷として接収させていただきますのでご了承ください」
“ご了承”なんて言葉を使ってはいるが、この世界で貴族が庶民に向かって了承を得るもくそも無く決定事項として通達されるのみだ。
いや、通達すら無いことの方が多いのを考えれば、話があるだけマシな状況とさえいえる。
長い話を聞き終わったアルの母親は、ヘラっと笑った。
「おい!ケーラー!このまま小僧を持ってかれたら俺たちの生活はどうするんだ!なぁ、貴族様、いくら無礼を働いたからってただで持っていくって法はないんじゃないか?娘だって女なんだ。うればそれなりの金に成る。せめて満額とは言わないから金を……」
「あ、そうね。お金を貰えると助かります」
……あれ?
ヒモメンであるギゴルの方が分かりやすくクズっぽい反応を示したのは兎も角、母親のケーラーの方もほとんど抵抗らしい抵抗もなく金の話になっちゃったぞ?
しかも、表情は外面的にはヘラヘラしてるが、むしろ少し安心したような印象すら受ける。
どうなってんだ?
「そうですね。さすがに子供とは言え二人を奴隷とするのですから、多少の金銭は置いていきましょう」
サムもこれから交渉を進めていくための心構えをしていたにもかかわらず、あっさりと金の話に移行したことに多少戸惑いを感じているようだ。
懐から金の入った袋を取り出し、ケーラーに手渡そうとしている。
なんか変だ。
いくらスラムで食うや食わずの生活をしているとはいえ、母親ってのはこんなにもあっさり子供を手放すものなのか?
得も言われぬ違和感を感じる。
「この後、二人には奴隷契約を結んでいただき、正式にロック様の所有物となります。今後、二人への接触は一切無きようお願いします」
「もちろんよ。貴族様に逆らったりはしないわ」
「母さん!なんでそんなにあっさり了承できるんだよっ!」
話に割り込むようにアルが怒鳴った。
いくら口で何と言おうとも、ビフォアワールドの記憶があろうとも、彼女がアルの母親であることには変わりない。
いくらこちらの思う通りスムーズに話が進んでいるとはいえ、思いが爆発して思わず叫んでしまったのだろう。
その怒声を聴き、今までヘラヘラと笑っていたアル母が急に押し黙ってうつむいてしまった。
「……だって……ごは……」
え?なんて言ったんだ?
「私じゃ……養ってあげられないじゃない……」
「だったら働けよ!目の見えない俺でさえ仕事ができるんだぞ!」
「私だって!働きたかった!職を探したのよっ!でも子連れの寡婦が出来る仕事なんてスラムには無かった!体を売る以外にお金を得る方法が無いのに、年を取って見向きもされなくなったっ!自分の子どもを奴隷にしたいわけ!売りたいわけないじゃないか~ぁ……あぁああああぁぁ……」
「じゃぁなんで!」
「ごはんが食べられるでしょ!その人の奴隷になればあなたたちごはんが食べられるでしょっ!?」
なんだよ。
ようやくわかったよ。
アルがぼろくそに言うからどれだけ糞ビッチかと思ってたけど。
結局、彼女の心はちゃんとアルとウランの母親で、二人にご飯を食べさせられないことを嘆いてるだけじゃないか。
俺のメンタルはザ・ジャパニーズでできていて、その場限りのヒューマングッドが否めない。
「おい、アル。お前にとってどんな母親でもウランには必要なんじゃないか?」
「……」
「お前の親も一緒に住むくらいの場所はあるから。お前が二人を養えばいいじゃないか」
「……え?養うって……」
「あ~、ケーラーさんすいませんね。二人をあなたたちから引き離す方便だったんですけどね。さっきの話を聞いた上でそのまま実行すると後味が悪くてね。アル、それでいいだろ?」
無言でうなずくアル。
閉じられた目からは涙が流れていた。
「さ!そうと決まったら領主さまのお屋敷へ向かおうぜ!」
「え?」
「え?」
この状況でなんでヒモメンが一緒に行けると思ってるんだよ。
連れて行かねぇし。
「いやいや、お前はいらないよ」
「お、俺も役に立ちますよ?」
「だったら聞くけど、アルの稼ぎで飲んだくれる以外に何ができるの?今までこの家で何してたの?」
「えぇ~?あぁ~、いや~。ケーラーに優しくしてました」
「馬鹿なの?」
「アルの稼ぎが破落戸に奪われないように守ってました」
「じゃぁ、守ってたって言う金を出してみろよ」
「……」
「出せないよな?全部飲んじゃって無いんだもんな?」
「チクショーッ!なんで俺だけダメなんだよ~!」
「え?五体満足なのに働きもしないクズだから」
「ケーラーも何とか言ってくれよ。俺の事愛してるんだろ?優しくしてやっただろ?」
「勝手に転がり込んできて追い出せなかっただけだけど?しょうがないから2人を守るのに都合がいいし一緒にいただけだけど?」
「え?」
「だって怖いもん」
「え?」
あ~。
ヒモメンですらないただの搾取メンだったようだな。
「クソーッ!」
そう叫ぶとギゴルはケーラーにつかみかか……ろうとしてフーに蹴り飛ばされて部屋の奥へ飛んで行った。
俺の前で暴力沙汰を起そうなんて、フーがいる限り絶対無理なのは知ってたんだけどね。
貴族の護衛に引っ張りだこの猫族の武威を甘く見すぎだ。
「フーは相変わらず容赦がねぇな」
「殺してませんが?」
殺してないから手加減ってか?まぁ今回に限りごもっともと同意させていただこう。
アル母、ケーラーの今後の扱いについても考えなきゃいけないし、さっさと戻るために馬車のある場所に戻るとするか。
小屋を出る前にサムが釘を刺しておくように指示しておく。
ギゴルの元へ歩み寄りサムが何かをささやくと、それまで腹を押さえて呻いていたギゴルが「ヒッ!」といって後ずさっていた。
それに向かって金の入った袋をほおっているのを確認して小屋を後にする。
さて、またやることが増えてしまったが、なんとなく落ち着くべき場所に落ち着いたような気がして気分は良かった。
本当のクズはヒモメン、ギゴル君だけでした。
書きたいことがあってそこに向かってるはずなのに、書き進めていくとそこに繋がらないことが多いです。
当初はアル母はスラムに放置予定だったんですけど、なんでこうなったか作者にもよくわかりません。
作者が原因で面倒事が増え続けるロックも大変です。
今回の作業BGM
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