121 門前にて
今回よりタイトルに
~カエルが鳴くから歌いましょっ!~
を追加。
前から考えてましたが、ちゃんと更新するために自分に発破をかける意味で変更しました。
当分はカエル、鳴かないんですけど。
貧困層の住む場所とスラムではエリアが違います。
貧困層はまがりなりにも納税しているため、市民として街壁の中に住んでいます。
スラムはその外にバラックを勝手に建ててるって感じです。
前回のあらすじ
トゥルチド先生と話がついた。
いったん馬車に戻り、御者を促して街壁の方向へ移動を開始する。
スラムから貧困層の居住地域へ入ったあたりにいるのであれば、門前の広場付近だろう。
門前広場には行商や旅の者を相手取る屋台も並んでいる一帯のため、非常に人目が多く妹との待ち合わせ場所としては最良とは言わないが最善な場所と言えなくもない。
「ロック様、アルブス様が門近くの屋台にいらっしゃるようです。どのようにいたしましょう?」
「人が多く行きかう道でいつまでも馬車を止めていたら迷惑になるな」
ビフォアワールドでは違法駐車は罰金刑だったしな。
こっちではそれほど厳しいことは言われないだろうが、確実に冷たい視線が投げかけられ、俺の朧豆腐メンタルは耐えきれないに違いない。
「屋台の前に止めてさっさと乗車させて往来の邪魔にならないあたりまで移動してくれ」
異動途中にできる話はしておくつもりだが、それなりに長い話にはなるだろう。
それにしても、こっちの世界では属性によって色んな髪の毛の色の人がいるが、逆に言うと属性が髪の毛に影響を及ぼすせいで完全な【白】は、探せばいるのかもしれないが基本的にはアルビノ以外に存在しないようだ。
そのためにアルの外見を口頭でしか知らない御者ですら高所にある御者台から遠目に速やかにできるというわけだ。
少しすると馬車静かに停止し、屋台の前に到着したようで、御者がアルに声をかけているのが室内に聞こえてくる。
「き、貴族!?」
「ライト家……」
「おい、坊主!お前は何をやらかしたんだ!?」
「オヤジさん、大丈夫だから。今まで大した金もないのに色々と食わせてくれてありがとね」
「い、いや。こっちはお題を貰ってるんだから食わせるのは当たり前なんだが……」
「それでも、最初の内は他の屋台は話さえ聞いてくれなかったからね。本当に感謝してるんだ」
「坊主……本当に大丈夫なのか?」
「もちろんさ。寧ろようやく俺にも運が回ってきたって感じかな?いつか生活に余裕が出来たらお礼に来るから」
普段はこんなところで貴族の馬車が止まったりはしないんだろう。
いきなり目の前で止まったことで、俺の魔法によって聞こえてくる周りの人達の呟きから、困惑している様が手に取るようにわかる。
今まであるが飯を食わせてもらっていた屋台の店主らしき声も聞こえるが、アルのことを相当心配してくれているようだ。
そうして魔法的に聞き耳を立てていると、馬車の戸が開いてアルと、発育不全で小柄なアルよりさらに小さな子供が馬車へ入ってきた。
入るが早いか戸が閉まり、御者の発声とともに馬車は音を立てて走り出した。
あ~、なんか後ろの方から、ライト家怖い、とか、あいつは死んだものと思って……とかちょっとこっちの気が滅入る会話が後ろから聞こえてくるわ~。
ライト家ってばそんな悪政敷いているわけじゃないはずなんだけどな。
「ロック、話を付けに行こうとしたら急にストップがかかってびっくりしたけど、師匠のところで何かあったの?」
「いや、あったって言えばあったんだけど……」
チラッと子供の方を見る。
そこには、アルの稼ぎで日に一回は飯を食ってたって話だから、他のスラムの事元比べればマシなんだろうけど、痩せ細った、元の色が何色かも解らない汚れた襤褸をまとい、饐えた臭いのする汚れた子ども。
この子が妹なのは確実なんだけど、滅茶苦茶震えて歯の根も合ってないな。
「兄ちゃ……き、貴族に……」
そういえば、アルはあまりスラム的な饐えた臭いなんかはしなかったし、服もかなりヨレが来ているとは言え、脱いだら服に見えない襤褸切れと言うわけではない。
まぁ、トゥルチド殿の診療所も貧困層相手とはいえ医療施設であり、市民相手の客商売で襤褸を着たまま仕事をさせるわけにもいかなくて支給したんだろうな。
「……ロック、その見た目は他に着るものを買う金もないと言う事実もありますけど、ある程度わざとなんですよ。変に綺麗にしていると、女衒や人さらいに持ってかれてしまうので、スラムに住む子供はみなそうやって自衛しているんです」
俺の視線に気が付いたアルが申し訳なさそうな、少しやるせない表情をしながらそういった。
女衒に人さらい。
これでもライト領は王国内ではかなり治安の良い領地だが、さすがにスラムまでは手が伸ばせていない。
と言うよりも、スラムの住人は領主に対して納税の義務を果たしていないので市民扱いではないため、いきなり手を伸ばすことが出来ないのだ。
親父殿としても政策として飯場を設けたり公共の工事を行ったりと、どうにかしてスラムの住人を減らすよう手を尽くしているようだが、そこからこぼれ落ちてしまっている人たちが多数いるのが現状だ。
彼女の格好も、スラムの子どもにできる最大限の自衛手段だったわけか。
「アル、俺は汚い物でも見るような目つきをしていたか?」
「いや、憐れんでくれていましたよ」
「……すまん」
それでも、上から目線ではあったわけだ。
今後のことも考えれば、たとえどんな相手であろうとも表情を繕えるよう努力しなければな。
人として、そしてパワーゲームに混ざりたくもないが最低限の自衛として貴族として。
「君、お名前は?」
「ヒッ!?」
あ、泣いた。
そりゃここまでビビてる状態で、恐怖の対象である貴族にいきなり話しかけられたら涙の一つも零れ落ちるか。
目の前の子は零れ落ちるなんて生ぬるい表現じゃなくて滝のように涙があふれてるけどな。
怖がってるせいで声が出てないので非常に悪者になった気がしてくる。
「アル、軽くでも説明してなかったの?」
「無茶言わないでください。普段はこんなに早く門に戻らないから、到着した時はまだ妹が屋台まで来てなかったんです。少し前に合流してこれから話をするところだったんですよ。妹の名前はウランです。ほら、ウラン。彼は絶対に怖いことや痛いことをしたりしない貴族だから。大丈夫だからご挨拶しなさい」
「ご……グズッ……に……わ……グズッ」
「初めまして。俺の名前はロック。ライト家の現当主の息子だよ。俺も最近知ったんだけど、世間では【ヌイグルミ王子】なんて綽名が付いているらしいんだ。聞いたことあるかい?今日、君のお兄さんのアルブスと友達になったんだ。よろしくね?」
うん。
アル妹、ウランの慄きと涙が止まらないね。
っていうか、妹でウランって十万馬力でお尻マシンガンの持ち主の妹かよ!?
と心の中で名前に関する一人突っ込みを完了させておく。
「ひとまずウランは置いといて、戻るのを止めた理由を教えてもらっても?」
「いいのか?」
「彼女は普通の子どもなんです。一旦泣き出したらしばらくは止まりませんよ」
そんなもんか?
ウランちゃんには悪いけど、アルがそういってるし話を進めさせてもらうか。
「アルの師匠であるトゥルチド殿と話をしてきたんだけど、アルについて一つ提案があったんだ」
「どういった提案でしょうか?」
うーん。
完全に貴族にビビってる妹に聞かせたらまずいよな。
「ウランちゃんに聞かせたくないからちと耳貸せ……一度、俺がアルを奴隷として親から買い取り、完全に親との縁を切っちまえって提案だ。もちろんその後に奴隷から解放するんだが、トゥルチド殿の意見としては貴族の所有物になってしまえばお前の母親もヒモ男も下手な手出しはできなって」
「あ、いい案ですね、それで行きましょう」
「あれ?忌避感とかないの?」
「今すぐに打てる手で考え付く限り簡易的かつ効果的な方法だと思いますね。お金で片がつくのも良いと思います」
最初から金で片を付けるつもりだったから、金を出すのは全く問題ないんだけど、奴隷ってのは俺が乗り気になれないんだよなぁ。
「フー様が当初私を不届き物として遠ざけて、その後に貴族の馬車に乗せられている目撃者が大量にいますから、それなりに真実味がますでしょう。後で屋台のオヤジさんには口止めしておいた方がいいかもしれませんね。ついでに、ロック様に対する無礼は私一人では事足りないと言ってウランも一緒に買い取ってしまえばいいでしょう」
「俺が提案しておいてなんだが、本当にそれでいいのか?」
と言うか、俺を置いてけぼりにして話がドンドン進むな。
今日が初対面だからアルが本来どんな性格しているのかとか、これからの話だもんな。
悪い人間ではないってのはなんとなく感じるんだけど。
「なんか、ドライだな」
「いえいえ、スラムの生活なんて貴族の奴隷とすら比べ物になりませんよ。兄弟そろってどこかに売られかけてますし、買い取ってもらう先が選択できるだけあの頃に比べればはるかにマシな状況と言うものです。しかも、その奴隷にしても親との縁を切るために並べる一時的な方便なのでしょ?」
「当たり前だろっ!友達なんだぞ!?」
話を聞かれないようにこそこそしてたのに、突然俺が声を荒げたせいでウランがビクッと肩を震わせた。
アルは俺にとって【数少ない人間の】と【ビフォアワールドが同郷の】と言う2つの注釈が付く友達だ。
思わず声を荒げてしまうのはしょうがないと思わないか?
……ごめんなさい、以後気を付けます。
しかし、このウランちゃんの反応は一般的な庶民の心情なんだろうけど、果たして貴族が怖いのかライト家が怖いのかどっちなんだろうな?
「貴方がそんな人柄だからこそ安心してこの方便に乗ることができるのですよ」
そこで言う人柄ってのは端的に言うとあれだな?ザ・ジャパニーズ ヒューマングッド。
まぁ他にはない繋がりがあると言えばアル。
有るとアルをかけた駄洒落なんです、すいません。
はたから見てると横でビビって声も上げずに泣いている妹とアルのギャップがすごいな。
「交渉についてはサム様に事の成り行きを話していただきましょう。横でフー様に県の塚に手をかけてもらっておいて、ロックは後ろでふんぞり返っていてください。如何にも横暴な貴族の子息って感じがして話がスムーズにいくと思います。二人そろって取り上げて奴隷にする方向で話していただき、母がすがってきたら金を叩きつけて一気に話をつけてしまいましょう。もとより私やウランを売ることを考えていた人です。ただで取り上げられるのではなく、纏まった金額で買い取られるのであれば、文句を言いつつも抵抗はしてこないと思いますよ」
「なんかそれだと、俺ってスゲー悪徳貴族ポジションって感じだな」
「貴族とは搾取する存在です。どれほどの善政を敷いても庶民から見れば多かれ少なかれそういったイメージはぬぐえないでしょう。しかも、ライト家と言えば隣国にすら名を知られる恐怖の代名詞。多少恐怖の方向性は変わってもそれほど違和感は無いでしょう」
おーう。
俺ってば恐怖の代名詞の子息としてボンボンヒールを演じるってわけか。
ビフォアワールドの知識でも悪代官とか、大名の放蕩息子とか、いろんな悪さをするイメージがある。
この世界の一般人にしてみれば現実の貴族がすぐ近くにいたからと言って、一般人が抱くイメージにそれほど差異は無いのかもしれない。
「方向性としてはこんなものでしょうか?では、そろそろあのクソッタレな母親とこちらから縁を切りに行きましょうか。ウラン、これからは二人で暮らすことになったから。毎日、兄ちゃんが美味いごはんを腹いっぱい食わせてやるからな」
妙に晴れやかな表情でアルがウランちゃんに向かって食わしたる宣言をし、俺はサムに言って御者に指示を出させてスラムに馬首を向けた。
アル妹の名前はウランに決定。
ラテン語のオレンジ色、アウランティウムから。
アウランティーヌとかも考えましたが、貴族っぽスぎるのと、最初がアルと同じ「あ」で始まるのが嫌でやめました。
けっして鉄腕ア○ムの妹からとったわけじゃありません。
キャラの名前を考えるのって本当にむずかしいですね。
今回はやたらアルが饒舌でした。
そういうときもあります。
今回の作業BGM
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15423776