118 親父殿なみの大男
この話につなげるため、114話の最後の部分を主人公が自分でアルの師匠を迎えに行くよう変更しました。
情報仲介人のドラ王国の総元締めであるパリスの手下、国内の数多ある都市にそれぞれある支部のうち、エントシーの元締めであるモルファロニスティアン、通称ロニー。
パリス本人は、やはり組織の中でもそれなりに上の方に居るためにかなり忙しいらしく、音の魔石に関する事も含めて、基本的には彼やその部下とやり取りを行っている。
そのロニーに繋ぎをつけ、按摩師のトゥルチドに関する基礎情報の買い取りと、診療所までの案内を依頼する旨の連絡をしてから屋敷を出た。
道すがらロニーの手の者が要所で方向を指示してくるので、その通り走るよう御者に指示を出し、しばらくすると馬車が止まったので、窓から外を望むと俺の使ってる馬車では入り込めない横道の入り口にロニーが立って待っていた。
貴族家の馬車は商家などの庶民が使用する実利一辺倒の物とは違い、見栄えの為の華美な装飾から始まり、サイズもわざわざ通常の馬車よりはるかに大きく作り、その特大サイズの馬車に馬を数頭立てて引かせるのが一派的だ。
そのため、都市の成り立ちからそれなりに都市計画を元に発展してきた場所であれば問題ないが、エントシーはそういった町とは違い大陸における海運に関する流通の中心として港にへばりつくように拡大した都市だ。
ロック家の住まう領主の館を中心とした貴族街以外では、港から館へ伸びる道と町の外に向かって伸びる道が2本、それらの道を繋ぐ弧を描くように伸びる3本の道以外は貴族家の馬車が立ち入れるような太さがある場所はあまりなく、一般市街から低所得者層の住まう地域の隙間にスラム等があり、かなりゴミゴミとした街並みを形成している。
本来は領主の許可をもって建物を建築するという決まり事もあるが、気が付くとバラックが増えてスラム化していたりすることが多々ある。
話はそれたが、仕事や交渉の際の足として使用できるよう親父が使用許可を出してくれた馬車も、御多分に漏れずかなりのサイズで、護衛のフーと家令のサムが一緒に乗っていてもまだ余裕があるほどだ。
当然だがそんなサイズの馬車が入っていける道は限られており、どうやら按摩師のトゥルチドの診療所は馬車でいける場所には無いらしい。
俺がさっさと馬車を降りると、フーとサムが慌てて俺を追いかけてきた。
俺も貴族の端くれだから、本来は降りるときは先に護衛がおり、足元に降車用の踏み台が設置されるのを待ち、声がかかってからようやく動き出すべきなんだろうが、正直まどろっこしくてやってられない。
これに関してはもうフーやサムも諦めたのか何も言わずについてくる。
「ロニー自ら道案内とはすまんな。手数をかるがたのむぞ」
「……」
まぁ、彼らにとってみれば俺はかなりの乗客である自覚があるし、音の魔石のこともあるからそれなりの人間が出てきて対応してくれてるんだろう。
俺が情報量としてコインを一つロニーに向かって指ではじくと、ピョコリと下げた頭が上がったと同時に空中のコインが消え、ロニーが先導しはじめた。
ロニーのコインキャッチの速さは尋常ではなく、フーほどの手練れでギリギリ見えるか見えないかのレベルらしく、フー曰くキャッチして懐にすべり込ませて衣類らしいのだが、俺は手が懐に入るどころか、動いてるのすら目視できたためしがない。
情報の仲介人は護衛や荒事の為に他の獣族の者を雇うことがある以外は、基本的にはすべて鼠族で構成されており、ロニーも当然の如く鼠族だ。
ロニーの外見は全体が光の加減によってはシルバーにも見えるライトグレーのハムスターだが、目の上あたりに濃い茶色の丸が左右にある非常に特徴的な、いや、愛嬌のある顔をしている。
正直、マロ眉にしか見えない。
初めてパリスを見たときは巨大ハムスターの外見の怖さに旋律を覚えたものだが、このロニーは特徴的なマロ眉のおかげで、俺的にはかなり親しみやすい見た目をしている。
まぁ、獣族が当たり前の様に存在するこの世界に生まれついた生粋のこの世界人にとってみればパリスもロニーも普通の存在でわざわざビビったりする必要のない普通の外見なんだろう。
「トゥルチド先生はご在宅かな?」
「……」
このロニーと言う男、情報仲介を生業にしているのに、パリスとは正反対で極端な無口なのだが、男が無口キャラとか誰得だ。
まぁ、情報を取り扱う者として『何も喋らない=口が堅い』と考えればむしろ職業にあった特徴なのか。
情報をロニーに売ったり買ったりする人間は信用しやすいのかもしれないが、パリスに紹介されて名前を名乗った時以外で、本人の声を聴いたことが無い。
その時ですら普通に耳を凝らしていても聞き取れず、録音した音声を再再生してようやく確認が取れたくらいだ。
これで何故商売が成り立っているのか甚だ疑問だ。
「按摩師のトゥルチドはかなり評判だと聞いているが、やっぱり儲かっているのか?」
「……」
こちらを振り返りながら首を大きく横に振る。
「ロック様、この方を引き込んでお雇いになられるのは色々な意味で難しいかと」
俺が思ったことそのままのセリフがサムから発せられた。
評判なのに儲かっていないってことは、貧しい人間でも見てもらえる価格に設定されているか、本当に貧しい人をロハで診察しているかのどちらかになる。
どちらにせよアルの話と今の話を合わせて考えるに、トゥルチドという按摩師は『医は仁術なり』を地で行く人な気がしてならない。
腕もそれなり異常によくなければ評判にならないだろうし、そもそもそういう気質の人でもなければ態々アルの様な人間を弟子に取ったりは住まい。
そして、そんな低所得者層の希望の光であり、生きていくための最後の砦である按摩師を、まっとうな手段であっても民衆から取り上げる形になるのは、後々ライト家に迷惑をかけることになりかねん。
ビューティーサロンのマッサージ師とこれから雇うマッサージ師の教育係りとして雇えばアルの修行の完了も見込めるし、今後、ビューティーサロンの店舗を増やす時の人財育成にもつながると思ったんだが、そうそう美味しい話は転がってないってことか。
ストレートに上手くいくとは思ってなかったし、ちょっと惜しいが今後のより良いお付き合いでとどめるのがお互いにとって無難な選択肢ことだろう。
「今後のことも含めて、まずは話してみなければ何も始まらないな」
「左様にございます」
未舗装の細い道をロニーの後ろについて歩いていく。
舗装がされていないとはいえ完全な泥道ではなく、河口付近で採れる丸い川砂利を道に撒いた砂利道になっており、歩くたびに泥が撥ねるような心配はない。
舗装道路については石畳とモルタルで固めてあるが、エントシー全体の数パーセントしかなく、流通に関してはそれで問題が無いためそれ以上に道路を整備する計画も今の所ないらしい。
「……」
ロニーがこちらを振り返りながら指さした方向を見ると、周りの民家から比べるとかなり大きな建屋があり、その前に手作りのバランスの悪そうな卓子を、粗末な木製のベンチで囲み、かけた茶碗で白湯を飲みながらのんびりと順番待ちをしていると思しき人たちがいた。
「本当に盛況だ。こんなに並んでいるといきなり入っていくのは厳しそ……」
と、言葉を言い切ろうとした瞬間、そこにいた人たちの内の一人がこちらに気が付くと、周りに声をかけつつ瞬く間に道の向こうへ向かって走り出し、声をかける間もなく順番待ちと思しき患者たちの集団は一人もいなくなった。
「え?」
「ロック様、恐らくですがスラムの中でも比較的裕福な者たちが治療を受けに来ていたものと思われます」
あぁ、正式に市民として登録されていないため、人頭税などの徴税から逃れられている代わりに、衛兵や貴族に見つかれば縄打たれるリスクもあるってことか。
そういえばアルもスラムの住民だって言ってたから、確認したうえで登録されてなかったら問題が起こる前に手を打っておかないと。
「そんなつもりはなかったんだけどな。ところでサム」
「ハッ!アル様の事でしたら既に手配を開始しております。館にお戻りになられましたらいくつかの書類にサインを頂ければ問題なく処理が可能です」
「お、おう」
なんで今のでアルの市民登録に関する話だって分かったんだ?
しかも後はサインするだけって。
この世界には職業欄に家令とか執事って記入されると自動的に完璧超人になるシステムでも導入されてるんじゃなかろうか?
「せっかく人が捌けたことだし、並んでいた患者には申し訳ないが中に入らせてもらおう」
すっかり人の居なくなってしまった診療所の門を潜って中へ入る。
建屋の玄関には衝立があり、その向こうに人が一人横になるのに丁度いいサイズの台がいくつか設置してある横に親父殿に勝るとも劣らない大男が困惑顔で佇んでいた。
「そちらにいらっしゃるのは次の患者さんですかな?」
あまりにもゴツい見た目とは裏腹な、恐ろしいほど深く柔らかい声と優しげな言葉遣いでこちらに向かって話しかけてきた。
「按摩師のトゥルチド先生でいらっしゃいますか?」
「先生と呼ばれるほど大それた者ではありませんが、いかにも私がトゥルチドです」
「本日は先生にお話があってまいりました。少しお時間を取らせていただいてよろしいでしょうか?」
「診察が終わった後でしたら問題ありませんが……外にいた患者たちはどうされましたか?」
「私は特に何も。みなさんは私の姿に気が付いた途端に脱兎のごとく逃げ出してしまいましたが」
「おや、貴族様でしたか。このような場所にどのようなご用件でしょう?」
では。
ベストアンサーは一緒に働いてもらうことだが、それをすると色々と問題がある。
交渉内容としては、第一にアルの事、第二に今後の付き合い方って優先順位で交渉を進めてみますか。
藤枝○安とか結構好きです。