116 天を仰ぐことも無く(SIDE-A 中編)
前の回の後書きで前後編としましたが、伸びてしまいました。
あとチョットだけ続くんじゃ。
すぐそばに同郷の人がいることを知ってから数年。
毎年、貴族家の子弟達を乗せた船が王都で開かれるお披露目へ旅立っていく。
この町の船着き場付近では【出発の調べ】となずけられた壮行会的なイベントも同じ回数行われてきた。
最近は “貴族の子弟”にとって特別な日は俺にとっても同郷の人がすぐ近くにいることを感じることが出来る特別な日となった。
トゥルチド師匠の元へ向かうために家を出る時間を少し早め、いつも歩きなれた道を離れて遠回りをし、演奏会場の横を通って前の世界の音楽を聴くと言う細やかな冒険をする日。
祭りを前に町の人達も浮き足立ち、その雰囲気はスラムまで伝播し、多くの人が訪れるその日に少しでもお零れに預かろうと眼光を鋭くさせている。
それでも、準備のために多くの人足が雇われ、臨時の飯場が設けられ、スラムに住んでいる中でも比較的健康で体力のある者たちは困窮した生活に一息入れることが出来ていた。
そして、仕事を得て一息つき体に疲れが貯まれば、必然的に体を壊す者もあるわけで、自宅で行っている按摩師の営業も忙しくなる。
忙しくなっても母親とヒモの酒量が増えるだけで生活的には何の良いこともないが、スラムのチンピラに変に集られ、親が全部酒にして吞んでると言う言い訳をする必要が少ない時期でもある。
母親はこの時期はトゥルチド師匠の修行なんて行かずにずっと家で稼げとか言うが、最近では按摩で腕力も鍛えられ、見た目とは裏腹にかなり力が強くなってきている。
視力がほぼ無いため取っ組み合いになれば勝てないが、それでも無理やりに言うことを利かせることが出来るほど弱くは無い。
最近はトゥルチド師匠に許可されている施術の種類も増え、自宅での営業を始めた頃から比べればかなり稼ぎもよくなり、トゥルチド師匠からは独り立ちの話も出始めている。
トゥルチド師匠にもらっていた小遣い銭も、手伝いをしている時間帯を狙って治療を受けに来る人が増えるとともに、小遣い以上給料未満と言うこっちが断りづらい絶妙な金額にしてもらっている。
それでも、未だに食事はトゥルチド師匠からもらう金を頼りにしている状態なわけで、独り立ちした時の最大の障害は、収入や営業場所、客の過多などではなく、どうやって稼ぎをあの二人に取られずに生活するかと言うことだ。
トゥルチド師匠からは妹を連れて、しばらく住み込みではたらいてから改めて独立してはと言う、縋り付きたくなるような提案もされたが、今まで散々ぱら迷惑をかけてきたトゥルチド師匠にこれ以上の迷惑をかけることはとてもできない。
いや、俺が頼ればトゥルチド師匠は心の底から喜んで俺と妹を迎え入れてくれるのはわかっている。
妹のことを考えれば是非提案通りにしたいところだが、収入のなくなった母親とヒモがどんな行動に出るか想像に難くない。
正直、今でさえ二人がかりで酒に変える生活でさえなければ、スラムの元締めにみかじめ料を払って襲撃されないように便宜を図ってもらうくらいの余裕はあるはずで、俺が独立して本格的に仕事を始めれば、それこそヒモなんぞ飼わずに住み込みの用心棒を一人養う程度の収入にはなる予定なのだ。
それこそスラムには何らかの理由で引退に追い込まれた元冒険者なんぞがゴロゴロしており、彼らは長時間の迷宮探索や護衛任務が行えないだけで、スラムの住民を追い払う程度の腕前は持っているのだから。
それこそ、給料にプラスして後遺症が和らぐよう施術をプラスしてそれなりに恩を売れば喜んで働いてくれる。
だが、そのためにも先立つものが必要であり、その、最初の一歩を踏み出すための金が俺にはないのだ。
ここ最近の悩みをループさせながら俺は、今日という特別な日の為に少し早く家を出て、港の界隈から聞こえてくる前の世界の音楽に耳を傾けながら師匠の元へ向かっていた。
人ごみの中を歩くのはかなり危ないが、一時とは言え悩みを忘れるためにできるだけ近くで前の世界を感じていたかった。
会場の方向へ向かって歩いていると、ちょっと前からトリを飾ることになった、この世界の曲が流れ終わってしまった。
悩みながら歩いていたせいで歩く速度が落ちてしまったのか、どうやら演奏会には間に合わなかったらしい。
今年は残念だが来年もあると自分に言い聞かせながら、会場をそのまま横切ろうとしたその瞬間。
ドンッ!
「うぁっ!」
「え?」
横からいきなりすごい衝撃を受けた。
何が起こったのか全く分からない。
あまりの衝撃に呼吸ができない。
意識がもうろうとしてくる中、いきなり後ろから抱き起され、胸を大きく強く圧迫された。
按摩の施術の知識から、自分が治療されていることに気が付いき、抵抗せずに身をゆだねる。
「目が見えてないのか?」
自分で言うのも何だが、最近では貧困層では「将来の按摩師の先生」としてそれなりに有名になってきた俺を知らないってことは、富裕層の人間に違いない。
「……光、くらいは、感じられます……」
「杖が折れてしまったようだ。すまん」
「そのあたりで拾った枝ですから」
妹が俺のために拾ってきてくれた木の枝で、俺の手にとげが刺さったりしないように布でこすって綺麗にしてくれたものだ。
もちろん思い入れもあるが、金持ちにケンカ売ってもしょうがない。
「怪我もしてるようだ。一度、屋敷に一緒に来てくれないか?親御さんが心配するようなら住まいを教えてくれればこちらで連絡を入れておく」
「やめておいた方がいいですよ。親に集られるのがオチですし、別に心配なんかしてませんから」
母親とヒモが心配するのは俺の体でなく俺が稼ぐ金だ。
「どこかへ向かっていたのか?」
「按摩の師匠の下へ伺うところでした」
今日はもう間に合わないな。
心配かけるからできれば連絡だけ入れて妹と合流すべきか?
「フー。そちらにも人をやって話を通しておいてくれ。では屋敷へ向かうか」
「お屋敷とはどちらの?」
「ライト家だ」
「っ!?りょ、領主様……」
まずい!
下手なことして牢にでも入れられたら妹がっ!
「それは父上だ。俺は息子のロックだ」
え?
日本から転生してきたであろう。
会って前の世界の話をしたかった。
「ぬ、ヌイグルミ王子!?」
マズイッ!!!
「なんだそりゃ」
ヤヴァイ!怒らせたか!?
ど、どうすれば。
いや、相手も元日本人だし、そこに賭けてこのまま押し通すしかないか!?
「巷ではライト家のロック様と言えばヌイグルミ王子として有名ですが……ご存じないんでしょうか?」
「……知らなかった」
俺がちょっと噂を集めただけですぐに聞こえてきたあだ名なのに本人知らないのか。
いや、それならそれでマズいことになりかねん。
「申し訳ありません!領主様のご子息とは知らず、大変な無礼を!」
「いや、無礼なんて言ってるのは俺の護衛だけで、俺はなんとも思ってない。それだけ喋れるならもう大丈夫だろう。屋敷へ向かおう」
「ご、ご勘弁を……」
「何を言ってるんだ?怪我をしてるんだからちゃんと治療しないと膿んだりしたら後々大変だぞ?」
「領主様の館だなんて恐れ多い……」
や、館はだめだ。
本人はかなり甘い性格してそうだが、周りの家臣がそれを許すとも思えない。
「心配するな。父上が執務を行ってる本館へ行くわけじゃない。詫びもしなければならないし、俺の顔を立てると思ってきてくれないか?」
これ以上断れば逆に家臣が怒り出すか?
くっ!腹をくくるか。
「……わかりました。ご一緒させていただきます」
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「アルブスと言います」
「アルブスか。アルって呼んでいいか?」
領主の子息が領民を呼び捨てにするなんて当たり前だろ。
だが、このあたりの対応を見るに、こっちから歩み寄って良好な関係を築いてしまった方が身の安全を図れるか?
もうこれ以上状況が悪くなることは無いだろうから、いっそフレンドリーに接してみるか。
「もちろんですロック様」
「あ~。似たような年頃だし様付けは勘弁してくれ」
「そうなんですか?では、ヌイグルミ王子と」
「それは勘弁してくれ。ロックと呼び捨てで良いから」
「わかりました。ロック」
「敬語もどうにかならんか?」
「これは、もともとこういうしゃべり方ですから」
「そうか」
貴族相手にタメ口なんてきいたら、それこそ周りの家臣の怒りを買ってしまうじゃないか。
まぁ、貴族として生きてきたならそのあたりの機微が分かりづらいのかもしれないな。
「アクオン!すまんがおしゃべりはまた今度でいいか?」
ガオーンッ!
み、耳が!
今のが噂のお披露目の船団を護衛してくれると言う竜の声か!?
「ロックは竜としゃべれるのですか?」
「ああ。アクオンとは俺がお披露目で王都へ向かってる道中で出会って以来の付き合いだ」
「そうですか。羨ましいですね」
「馬車も来た。乗るのが難しいなら手を引いてやろうか?」
こ・れ・は!
俺が転生者であるという事実とともに、何年も気になっていた“アレ”を伝える良いチャンスかもしれない!
「ありがとうございます。お礼に一つ良いことをお教えしますから耳をお貸しください」
「なんだ?」
「“レ”と“ラ”の音が25セントほど低いです。ほかの音も微妙に違いますね」
懐かしい曲を利かせてくれるのはうれしいが、ずっと気になってたんだよ!
ようやくロックと出会いました。
このサブタイトルは、アル君がしっかり足元を見て歩いてきましたよってこと。
悪い意味で付けたわけではないです。
今回の作業BGMは
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19490082
でした。