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115 天を仰ぐことも無く(SIDE-A 前篇)

初めての別視点、その1です。

A君の話なので重い話になってしまいました。

読み飛ばしても今後のストーリー展開上はそれほど問題ない予定なので、苦手な人は読み飛ばしてください。

この世界(・・・・)での名前はアルブスだ。

生まれ変わる前の記憶と名前を憶えて生まれてきたが、これまでの人生でその記憶が役に立ったのは売り飛ばされない為に知恵を絞った時くらいだ。

特に、俺がこの世界に生れ落ちる以前の名前を憶えていると言う事実は、この世界では全く意味を持たず、この世界で生きてきてから一度も人にしゃべったことは無かった。

生れ落ちる。正に落ちる(・・・)と表現するに相応しい。

前世ではピアニストを目指し、その道では食っていけないことが分かった後も、ピアノに触れる仕事をしたくて調律師をめざして修行を開始してしばらくしたころに死んだ。

音大を卒業させてもらえるくらいには家も裕福だったし、実家を出てからは裕福ではなかったが食うに困ると言うほどではなかったし、仕事にはやりがいを感じていたから充実した毎日だったと思うが、それはすでに過去に死んだ人間の話だ。


自分が生まれ変わったことに気が付くまでは何が起こったかよくわかっていなかった。

そして、生まれ変わったことに気が付いてからしばらくは、目が見えないのは赤ん坊だからだと思っていた。

俺が生まれたとき、女性の泣き声や男性の罵声と思しき声が聞こえてきていたが、言葉の意味も分からず、後になって自分の母親と父親だったと気が付いた。

周りの人間が話している声を聴きながら少しずつ言葉を覚えていき、感覚的に半年以上が過ぎたころ、いつまでたっても視界が開けてこないことに疑問をもった。

言葉を理解できるようになるにつれ、俺がアルビノだということがわかった。

目も見えるようにはならないということも。

追い打ちをかけるように俺は男として生まれたのに、持って生まれた魔法の属性が【生】属性だということもわかった。

最初はよくわからなかったが、女性にしか発生しない属性で女に生まれていれば目が見えないくらいなら特に問題なく、産婆の修行を行ったうえで国から給料がもらえる身分になれたらしい。

親父が俺の様な役立たずの穀潰し(ごくつぶし)は殺してしまえと殴り飛ばし、母親が俺をかばうというやり取りが何度もあった。

だが、それも妹が生まれるまでだった。

妹が生まれた頃から父親は家に寄り付かなくなり、母親も俺に対して生まれてこなければ父親が出ていくことも無かったのにと罵声を浴びせるようになった。

父親が家に寄り付かなくなり、俺に対する直接的な暴力はなくなったものの、当たり前の様に生活は困窮し、母親は伝手を頼って仕事をしたり、日によっては夜の仕事もしていたようだ。

やがて父親がどこかの迷宮で野垂れ死にしたと言う話が父親の仲間から母親へ伝えられ、住まいがスラムへ移った。

その時初めて自分の父親の職業が冒険者だということもしったが、今更どうでもいいことだ。

話は少し変わるが、視力がほぼない自分では確認することもできないが、どうやら俺は見た目がかなり良いらしい。

スラムへ移り住んだ頃に母親がスラムには似つかわしくない丁寧なしゃべり方をする男と話しているのを偶然耳にした。

男の主人が俺の見た目を気に入ったため安く買いたたきに来たようで、母親も多少渋っていたものの、売られるのは時間の問題に聞こえた。

俺はと言えば、将来的に目が見えなくても生活できる方法を模索していて、腕の良い按摩師が弟子を求めている話も聞いていた。

さすがに10歳に満たない自分が雇ってもらえるとも思っておらず、もう少し成長したら足を運ぶ予定だったが、慌てて按摩師のもとへ伺い、土下座して弟子にしてくれと言い、最後は泣いて頼み込んでどうにか弟子にしてもらえることになり、その話を母親へ話した。

目先の金に目がくらむ前にどうにか話を付けることがでたし、一応は血のつながりに対する情もあったのだろう。

どうにか貴族へ売られて「あっ~!」な人生を送る道だけは回避することができた。

本当にそれだけは勘弁してほしい。

この世界には魔法があり、金のある人間は基本的に病気や怪我を魔法で直す。

それらの魔法が使える人間は、たとえ教会の神父的な立場の人間さえ、金の払いが良い人間に魔力を使う方が得だと考えているし、魔力量にも限界があるため、貧乏人に治療が回ってくることは無い。

そんな世界における按摩師の位置は、貧乏人相手に魔法以外の方法で治療を行う民間療法士であり、修行を終えて開業しても得られる収入はそれほど多くは無い。

が、技術さえ身につけさえすれば身一つで生計が経つため、ハンデを背負った俺としては他に選択肢はなかったわけだが。

俺の師匠になってくれた按摩師はトゥルチドと言う初老の男性だった。

本人も俺ほどではないが視力が弱いらしく、独り立ちするまではかなり苦労したらしいが、老齢の域に入ってさらに視力が弱くなってきたため、弟子に技術を教える代わりに生活の一部の面倒を見させるつもりだったらしい。

師匠はそんな話をしつつも、次の弟子に期待するよと言って朗らかに笑っていた。

同病相哀れんでくれたのもあるだろうが、師匠は弟子として以上に俺の面倒を見てくれた上に、小遣い程度とはいえ給金も出してくれた。

トゥルチドに弟子入りできたのはこの世界に生れ落ちて以来、最大の幸運だと思っている。

母親は俺が小遣い程度とはいえ多少なりとも収入を得て家に入れるようになると、ほぼ働かなくなり、俺が得てきた幾許いくばくかの金で酒を飲むようになった。

当たり前だが子供の小遣い銭程度の金額で3人の人間が生活していくことができるわけもなく、しばらくするとバラックと言っても良い家を追い出される話が出始め、母親の元へ女衒が来ていたと隣に住んでいる老婆から耳打ちされた。

売られるのが俺でも碌でもないが、幼児と言っていい妹が売られるのも忍び難い。

その時、唯一相談できる大人であるトゥルチド師匠へ話をした。

師匠は俺に、許可した施術以外は行わないと約束させた上で、最低限は収入を得られる技術を最優先で教えてくれ、その日から自宅で治療を行う許可も出してくれた。

必死に稼ぐ中で俺は、自分の魔力を載せて按摩を行うと普通に施術を行った場合よりはるかに効果が高いことに気が付き、その技術が安定するとともにそれが評判となって客も増え、スラムの外からも客が来るようになっていった。

俺の収入はスラムの外に住む一般庶民とまでは言わないものの、スラムの中ではかなりマシな生活ができる程度になった。

それを目当てに母親を誑し込んだヒモが家に居つくようになったが。

俺の収入は二人の酒代に代わってしまうため、妹と二人で師匠からもらう金で食事を工面し飢えを凌いでいた。

その僅かな金を狙って、師匠の元での修行の帰り道に何度か襲われた。

ヒモが居つくようになり、曲がりなりにも大人の男手が家にあり、直接襲撃に来れなくなっていたため、妹が襲われるような状況にならなかったのは不幸中の幸いと言えるのか。

それ以来、妹とはスラムの外にある屋台の前で待ち合わせをし、その屋台で食事を買ってその場で食ってから家へ戻り、家出の営業を行うようになった。

毎日、だいたい決まった時間に食べ物を買い食いしているうちに、屋台のおっちゃんは少しだが食い物の盛りを浴してくれたり、薄い塩とくず野菜のスープをくれたりするようになった。

もちろん子供とは言え、もらってばかりでは悪いので、俺が出来る唯一のお礼に短めに肩をもんでおまけ分の代金とするようになり、今では周りの屋台の店主に声をかけてくれたりと、かなり気軽に話せる仲になった。

それでも、スラムに暮らす他の子どもより遥かにマシとはいえ、一日で得られる糧が1食で、一度に食える料なんて多寡が知れており、成長期の子供に必要な栄養を得られずに飢えていた。

だが、襲撃されないために帰宅前に有り金全てを食事に変えて食べてしまい、家での営業はすべて碌でもない大人の酒代に消える生活で金が貯まろうはずもなく。

生きるため、俺と妹を売られないためだけに働き続ける明日の見えないその日暮らしをひたすら続けていた。


生きるだけで必死な日々がどれだけ続いただろうか。

いつも通り師匠の元へ向かう道すがら、通りの向こうから突然、懐かしい曲が聞こえてきた。

その曲は明らかに日本人であればだれでも一度は聞いたことのある童謡で、久しぶりに聞いた曲に、気が付くと俺の目からは涙があふれていた。

最後の曲が【か○るの歌】と言う選曲は理解できないが、それを演奏しているか、その周りにいる人間の中に、確実に同郷者がいるのはわかった。

そして、件の人間の話を周りに聞いてみれば思いのほかあっさりと答えを得ることができた。

曰く、数年前から貴族で流行している【ヌイグルミ】を作り出した人物。

曰く、【サジックス】と言う名前の今までに無い全く新しい楽器を開発した人物。

曰く、【音】属性と言う特殊な属性を持って生まれた人物。

曰く、稀なことではあるが前世の記憶を持った転生者。

曰く、ライト家の領主の息子。

曰く、ライト・ロックと言う名の年端もいかない子ども。

この世界で貴族の子息に直接会いに行くのは、おそらく、前世の大企業の社長に直接会いに行くのと同じか、それ以上にハードルが高かろう。

下手なことをすれば門前で切り捨てられてもおかしくは無い。

ただでさえ視力がほぼ無い俺の両肩に、望む望まぬに関わらず自分を含めた4人の命が乗っているのだ。

内、二人の大人はいつ払い落としても構わないと思うが妹は別だ。

そんな状態でただ同郷者に会いたいと言うだけで分の悪い賭けに出ることはとてもできない。

俺は、同じ世界の記憶を持つ人がすぐそこにいると知り、望郷の念に身を焦がしつつも、会うことをあきらめた。



アルブス君の過去話。

想定よりかなり長くなってしまったので急遽前後編に割りました。

後編はまだ書き途中です。


普段のロック君の話とは打って変わって暗い話になってしまいました。

評判が悪ければ、別に投稿しなおすかもしれません。

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