110 小さな冒険の終わりに
今日、ようやくエントシーに到着する。
港町リセムを出てからライト領に入るここまで、また誘拐に合う等の事件も無くスムーズな旅路だった。
いや、事件はあった。
リセムを出てすぐ位にアクオンが並走して話しかけてきた。
どうやら、お披露目で王都に行っている間、リセムの下流で待っててくれたらしい。
竜の耳にはリセムの演奏会が聞こえたらしく、俺が戻ってきたことを知ったそうだ。
でも、その距離で演奏が聞こえたってことは、俺の爆音魔石はさぞかしうるさかったことだろうと改めて反省した。
たった3日間ではあるが、その間、アクオンとは取り留めもない話を色々とした結果、わかったことがある。
それは、どうやらアクオンはかなりの寂しがりだということだ。
話ができる同族もいるらしいんだが、どうも上下関係がはっきりしすぎててしゃべってても孤独が癒されないらしい。
ありがたいことに友達なんだから今後も態度を改めたりするなと釘を刺されてしまった。
その後、ライト領が近づいたとあたりで上流に向かって帰って行った。
どうやら、この前の誘拐に居合わせて気を使ってくれたらしい。
それと、もう一件。
ゴウラ王家からドラ王家あてに転送書信で、大使の行動にドラ王国は一切かかわりは無いが謝罪する旨連絡があったと急使が届いた。
所謂、尻尾切りだと思うが、ライト家にはドラ王家を通して謝罪の意味を含めた賠償金が支払われることになっており、その一部は実際の被害者である俺の懐に入るらしい。
まぁ、いざという時のために金はいくらあっても問題ないが、お披露目に行く前と後で俺の資産が色々と跳ね上がってるため、異母兄弟たちがどういう態度に出るのかが非常に気になる。
まぁ、ろくでもないことになりそうな気がするけど、それを態々こっちから話してやる必要もないから、向こうが気付くまでは放置で良いだろう。
むしろ、俺にとってはその報せではなく、船上に急使が来る方法の方がショッキングだった。
アクオンとしゃべってたらいきなり上からバサバサバサッと音がしたかと思ったら、甲板に落ちてきた布の塊がゴロゴロと転がり、そのままスタッと立ち上がったのだ。
話を聞くと【風】属性の魔法使いがムササビ見たいな衣装で急使として空をぶっ飛んできたらしい。
しかもその布の塊と思しき衣装、腹側が国旗の模様でできており、下から見るとどこの国の所属か一発でわかるようになってる。
びっくりした後、我に戻ってから急使に話を聞いたら、飛び上がるのは【風】属性が一定以上の強度があればできるが、その後の継続飛行に必要な魔力量と着地のための技術のハードルが高く、【風】属性の花形職業なんだそうな。
熟練の急使になると伝書用の鳥よりも早く飛べるらしいので、そのスピードは人類が現状到達できる速度としては相当早いといえよう。
大抵は今回のように船上に急な連絡を入れるためや、船上などの転送書信が使えない場所に本国から連絡を入れるために使われるらしく、大抵の国の王家には複数人雇い入れられているし、ライト家の様に水運に深いかかわりのある貴族家も何人か雇っているそうだ。
俺は見たことが無いと話すと、普段は危急の為に待機している者以外は常に訓練をしており、街中で見ることはめったにない物だそうな。
そんな貴重な人材を使ってまで連絡入れてくれたってことは、爺さんが気を使ってくれたんだろう、とは親父殿の談だ。
どうやって飛び立つのかと思って出発するのを見学していたら、ちょっとした段差から地面に向かってダイブしたかと思ったら、ボッと言う低い音を残してロケットのように上空に舞い上がり、一定の高度に達したところで水平移動を開始して、あっという間に見えなくなってしまった。
あの飛び方を最初に考えて実行した奴は空を自由に飛びたかったんだろうけど、絶対にHENTAIかHENJINか転生者に違いない。
午前中のサジックスの練習後、船内での最後の昼食もさっき終わらせた俺は、ちょっと憂鬱だった。
領地に戻りライト家の館に戻ればあの糞生意気で厭味ったらしい異母兄姉等がいるのだ。
この国の貴族の子どもにとって、お披露目が自分の家を親と離れる最初の長期旅行になるが、今回の俺ほど金を稼いで帰った3歳児なんてめったにいないだろう。
ただでさえ選民意識の強いあいつらが、自分たちにできなかったことを俺がやったと知ったらどうなることやら、今から気が重い。
今の所は分別を発揮して嫌味を言うだけでとどまってるが、物理的な攻撃に出られたらいくら意識が成人してようと所詮3歳児の体力しかない俺がいつまで対処しきれるかわからん。
「ロック。もうそろそろ到着だ」
丁度いい。
「親父殿、いくつか頼みがあるんですけど」
「うむ。なんだ?」
「他の家族には王都へ行く旅程で作ったヌイグルミやサジックスの話は伏せてほしいんです」
「うむ。すぐ市井にも話が流れて隠し切れなくなるだけだと思うが?」
「魔道具作成のための体制を整えるための時間稼ぎだと思ってください」
「うむ。そこまで気にする必要はないと思うが、お前がそういうならよかろう」
「あと、お金については税金を差っ引いた後、管理はフーしてもらおうと思うんです」
「うむ。王家との商取引には税金がかからないことになっている。それらについては計算しておこう。管理については当面はフーでも構わないが、すでに額が下手な領主の年収をはるかに超えている。戻った後に若い家令見習いの中から信用のおける者を付けようと思っていたのだが?」
「当面は事情も知っているフーで良いでしょう。サジックスの開発と魔道具の開発環境の整備が終わって軌道に乗ってからでどうでしょうか?」
「うむ。事業を行う場合は立ち上げからかかわらせた方が効率がいいと思うが?」
なるほど確かに親父殿の言う通りかもしれない。
貴族家の家令って言うと、終身雇用って感じだから雇い入れるにしても慎重を期さなければいけない気がするけど。
途中から入ってきて色々と滞っても嫌だし言う通りにしておくか。
「なるほど。急ぐ話でもありませんので、落ち着いてから検討しても良いでしょう。ところで、家令の給与は俺の稼ぎから出した方がいいですかね?」
「うむ。成人するまでは基本給はライト家で持とう。それ以外の手当てについては、働きに応じてお前から払えばよかろう。成人以降はそのまま雇うもよし、ライト家に戻して別の者を雇ってもよかろう」
「そうですね。成人するまでにしても長い付き合いになりますから、人選にかかわらせてもらっても?」
「うむ。もちろんだ」
俺から支払うべき金額についても親父殿に相場を教えてもらわないと何にもわからんな。
何より下手に渋って裏切られるのが一番いやだしな。
それにしても、齢3歳にして面接をする側になるとは思わなかったよ。
前の世界では他人を面接したことなんて一度もないけど、今後は人を雇う側としてそういった経験も積み重ねていかないといけないのかな。
「うむ。ロック、これから接岸する。お前が川に落ちたところで溺れるとも思えんが、完全に停止するまで部屋に戻っていなさい」
「了解、親父殿」
それから部屋でフーに先ほど話した通り、当面の間は俺の金の管理も任せることになった話をしたところ、往路のリセムでの誘拐未遂による護衛失敗を理由に職を辞するつもりだと言われた。
ただ、常に俺のそばにいる大人って現在はフー以外居ないし、親以外に信用できる人間をほかに知らないからやめるのは待ってくれとどうにか説得して思いとどまらせることができた。
でも本当に説得できたかわかんないし、後で親父殿やホーからもよく話をしてもらわないとだめだな。
なにより、フーの手触りの良い毛皮がそばにいなくなるのはとても許容できない話だし。
しばらく待っていると、甲板から接岸完了の掛け声が聞こえてきた。
「じゃ、フー。行こうか」
「はい。ロック様」
「やめるなんて言わないで、これからも宜しく頼むよ?」
「……はい」
そうして、船を降り、桟橋をわたり、迎えの馬車に乗り込んだ時、俺のこの世界における初めての小さな冒険旅行はようやく終わりを告げたのだ。
これにてロック三歳編は終了したいと思います。
文章上で短くまとめている話も、それぞれ別話として書こうかとも思ったんですが、最大のイベントが終わってる状態で話をダラダラ伸ばすのが嫌ですっ飛ばしました。
次回は数年後になる予定です。