106 王都よさらば
昨日は『伴奏つき天使の歌声』を爺さんにプレゼントした後が大変だった。
まず、爺さんがこんな優しい孫は自分の元で育てると言いだし、お袋が爺さんを静かににらみ始めた。
正直、あんなに怖いお袋は初めて見た。
なにが一番怖いって顔は笑ったまま爺さんを凝視しているのだ。
どうやらお袋は親父殿とは別の意味で怒らせてはいけない人物だったらしく、爺さんはあっさり引き下がった。
そんなやり取りを横目にしながら、食事が終わったところでお姫様方に組紐を出したら、欲しい色が被って年少組で取り合いになった。
最終的に俺が【ジャンケン】を提案したところ、ジャパネスクの文化が色々と残っているこの地にも関わらずジャンケンが伝わっておらず、ジャンケンについて位置から説明する羽目になった。
それから、『ロックは女性のお土産しか持ってこない。3歳にして既に稀代の女好きだ』と断じて来た。
確かに今まで献上物も女性用だし、今回の組紐も基本的には女性のオシャレアイテムだが、意図してそれをやっているわけではない。
だが、転生者として前の世界の記憶を持っている俺としては、何かをプレゼントして笑顔をもらうなら野郎より美しい女性の方が良いに決まってる。
その辺りについて懇々と説明をし始めたら男性陣の一部(主に三男リニョール)と言い合いになってしまった。
まぁ、リニョール叔父貴は頭の回転は良いからすぐに仲直りしたけど、俺の中でのリニョールの評価は完全に頭の良い馬鹿となった。
不敬罪?口に出さなければ問題ないし、適用されるなら言い争った段階でまずいです。
さて、今日は遂に王都を出立してライト家の領地へ戻る日だ。
こっちの暦で2週間半、前の世界の暦でも3週間以上かかったこのお披露目の旅もようやく終わるわけだ。
だが、蛙まで……じゃなくて、帰るまでが遠足です。
すでにゴウラ王国の手の者に誘拐されかけてる経緯もあるから、帰り道だからと気を抜くのはよくない。
ライト家の領地に戻れば安全ってわけでもないんだろうけど、親父殿のお膝元と旅の船上では安心感が違う。
最近の通例として寝巻のまま朝食を終え、部屋に戻って出発のための準備をすることにした。
ただ、旅の間は動きやすい旅装だし、荷物は館の使用人が整えてくれてるから、すぐに出発準備も終わってエントランスへ向かう。
いつも通り、親父殿とお袋がエントランスで待ち構えていた。
俺は同年代の子供の様に服を着させられるのを嫌がったりしてない。
それどころか、意識的には大人なので着替えにはかなり協力的なはずなのに、1度として二人より先にエントランスに出れたことが無い。
何故この2人は俺より早くエントランスで待ち構えられるんだ?早着替えの術でも持ってるのだろうか?
「うむ。では出発する」
「そうね~。王都を離れるのはちょっと寂しいけど、さっさと出発しないとお父様がまた騒ぎ出すかもしれないもの~」
全く持って困った爺さんである。
何が困ったってお袋の横に立っていたくないくらい怖いのだ。
この後ずっと馬車の中で一緒なのに本当に勘弁してもらいたい。
今後一切お袋を怒らせないでいただきたい。
切に願う。
王都へ来るときも色々と積んできたけど、帰りはモローさんにもらった【トレジャーボックス】の資材が積まれたりしててかなり大荷物になってる。
いざ、馬車に乗り込もうとしたところで、こっちへ手を振りながらパリスが鼠族の人を伴って向かってくる。
遠目にはその鼠族はハツカネズミっぽい感じだ。
白な体毛をしてて、白衣を着こんでるために遠目にも真っ白だ。
鼻の頭に眼鏡を乗っけてるけど、こっちの世界の眼鏡ってドワーフしか作れないからかなりの高級品だったはずなんだが。
「いや~。出発に間に合ってよかったっす」
「どうした?見送りしてもらうような間柄じゃないだろ?」
いかんな。
どうもパリス相手だと物言いが強くなる。
契約相手だしビジネスライクに話すよう気を付けてはいるんだが、コイツの顔を見るとイラッ!とするんだよな。
なんでだ?
「魔道具開発のための人材を連れてきたっすよ。彼女はマルロネーゼフォルティフィーア、通称フォルテっす」
「ほう!?」
また長い名前だな。
長い名前と一緒に通称を名乗るのは鼠族のお約束なのか?
確かに常にあの長い名前でコミュニケーションを図るんじゃ大変だから合理的ではあるのか?
でも、親父殿が反応したってことは有名人なのか?
「親父殿知ってるんですか?」
「うむ。フォルテ博士は呪文学と基礎魔道具理論の権威だ。論文を何度か読んだことがあるが、鼠族のこんなに年若い女性とは知らなかった」
いやいや、彼女の見た目は白衣を着た巨大なハツカネズミが二本足で立ってるようにしか見えないから。
俺にはパッと見ただけじゃ年齢とか全く判断できないんですけど?
今度、親父殿にどこで見分けるのか教えてもらおう。
「読まれた論文は母が執筆した物も混ざっていると思われます。論文の名義は同じフォルテ博士ですから」
「うむ。なるほど」
「で、彼女は何のためにここに?」
「契約上の魔道具作りはフォルテにやってもらうよう頼んだんすけど、彼女曰く魔石だけ渡されても開発は難しいらしいんで、出来ればライト領に連れて行ってもらって旦那の近くに居させて欲しいっす」
「うむ。連れて行くのは良い。が、契約上は魔道具開発費はお前持ちだったはずだ」
「それも、手間で申し訳ないっすけど、できれば生活費込みで立替えてもらって請求書を回してほしいっす」
「それで契約不履行にはならないの?」
「うっかりお金を払い忘れれば印が出るかもしれないっすけど、最終的に開発費をこっちが負担してれば問題ないっす」
【契約の石版】の魔法はなんだかずいぶんファジーだな。
「親父殿、俺は良いと思うんだけど、ライト家としては来てもらっても大丈夫ですかね?」
「うむ。お前が住んでる館には今は使ってない離れがある。そこで研究開発をすると良い」
あ~、あの館の敷地に一緒に住むんじゃ、フールの嫌味が増えそうだな。
「ライト伯爵の了解も得られたっすね。じゃぁフォルテ、魔道具の開発、頼んだッすよ」
「了解しましたパリス様。お任せください」
フォルテの了解の返事をもらうと、パリスは踵を返してそそくさとこの場から去って行った。
「今、パリスに様ってつけてたけど、パリスって実はえらい奴なの?」
「現在の鼠族の女王の血筋に連なる者です」
ってことは王子様ってことか?
ドラ王国の王子様方と違ってずいぶんノリが軽いし、口調もとてつもない下っ端臭がする。
「人族とは地位に対する認識が違いますから理解しづらいかもしれませんが、女王以外は就いている生業が違うだけでみな一緒です」
女王をトップにそれ以外の者が居るってことは、蜂や蟻の様な原始的な社会主義体制を形成している感じだろうか?
前の世界での鼠はそう言った社会行動をとるような生物じゃなかったからちょっと理解しにくいな。
「女王が居るってことはどこかに鼠族の国が有ったりするの?」
「鼠族が土地を領有しても攻め取られて終わりです」
確かに種族的に体は小さいし力が有るわけでもないし、魔法の属性は敵対者を滅ぼせるようなものでもない。
「領地などなくとも彼が鼠族の女王に連なるものであることは変わりありません」
「まぁ、その辺は俺が突っ込んでもしょうがない部分だからこれ以上聞かないけど、鼠族の利益のために魔道具作成を受けてくれるって言う認識で良いの?」
「それで結構です」
「一つ質問なんだけど、今回の仕事が終わった後に俺が個人的に別の魔道具開発を依頼したら受けてくれるの?」
「それが鼠族に仇成すものでなく、かつ開発に意義がある物なら受けましょう」
「俺が個人的に雇用するのは?」
「魔道具開発は請け負いの方が儲かるのでお断りします」
予想はしてたけど、前にパリスを誘ったときとほとんど同じ返しだ。
鼠族は人に雇われるのを良しとしない気風でももってるのか?
でも、このドライな物言いはパリスと違って話しててイラっとしないから楽でいいな。
って言うか、話し相手をいちいちイラっとさせるパリスが変なのであって、フォルテは普通なのか?
「何にせよ、フォルテさん。魔道具開発をよろしくお願いします」
「こちらこそ。でも呼び捨てで結構ですよ」
「うむ。話が付いたなら出発する」
親父殿は俺の契約の話だから口を出さずに待っててくれたらしい。
その間にお袋の怒気も大分治まってよかった。
そう思いながら親子3人が馬車に乗ると、そのまま後に続いて乗り込んでくる人影が……って真っ白だから明らかにフォルテだけど。
「え?」
「え?」
「……馬車に一緒に乗るの?」
「私は研究職ですから、次の停泊所までも歩く体力なんてありませんが?」
「……」
「……」
「……どぞ」
「はい」
と言うことで、他にも使用人とか荷物の馬車が有るにも関わらず、何故か俺達と一緒の馬車に乗ってきた。
別に、貴族の馬車に一緒に乗ろうなどと無礼な!とか言うつもりは全くないけど、あんまりそういう事ってしないよね?しないよね?
両親の早着替えはインベントリ使用の裏ワザ。
1 着替えのための服をインベントリに入れる
2 服を脱ぐ
3 厚手の布を羽織る
4 服を体にまとうようにインベントリから取り出す
により、服を脱いで布をかぶればそのまま着られるのです。
まぁ、この世界の貴族の服は本来一人では着られない作りですが、インベントリが有れば一人で着換えも可と言うことで。
因みにかなり昔に登場しましたが、フールはロックの異母兄です。
あと、ロックの周りに物づくりの第一人者が集まりすぎてる気がするので、タグにご都合主義でも追加した方がいいでしょうか?