102 パリスの本名が覚えられません
「あ、その反応はやっぱりロックさんが特殊魔法の使い手なんですね?カマかけさせてもらいましたが、今後、貴族として生きていくならもうちょっと感情を隠せるようにならないと色々厳しいと思い……ヒィ!」
「ロック様に無礼を働いた上その言いぐさですか。ロック様、親指を落とす準備は完了しております」
どうやらエッペンパリスファルティマンこと仲介人のパリスにカマかけられたようだ。
何故かジャパニーズってカマかけに弱いイメージがあるよな。
ポーカーフェイスについてはビジネススマイルとエアリーディングスキルで代用する人がほとんどだし。
そういえばこっちの世界にはポーカーってあるのかな?トランプ程度ならほかの転生者が持ち込んでそうだけど。
「待って待って。彼には情報で自分の指を買い戻してもらおう。カマかけてまでこっちの情報を引き出したってことは何らかの思惑が有るんだろうからさ。場合によってはウチの館に連れて行って親父殿に判断を仰がないと」
あ、パリスが泡吹いて気絶した。
「鼠、気絶したふりは通用しませんよ」
「いやいやいや!ライト家の館に連行とか、それだけは本当に勘弁してくださいよ!」
今の泡まで吹いてたけど、気絶した振りだったのかよ!?
スゴイ演技力だ、完全に騙された。
しかし、ここでも思ったけど、ライト家って一般人にどれだけ恐れられてるんだって話だよ。
とか思ってると、周りの商店から「パリス~。また貴族様相手にやらかしたのか~?」とか「貴族様ぁ~、そいつも悪い奴じゃないんで指程度で勘弁してやってくださいや」とか、いろいろとヤジが飛んでくる。
どうやらパリスがやらかすのはいつもの事だし、そのたびにちゃんと生きて帰って来てはいるようだ。
「ひとまずここじゃ本当に話にならないから、アガンさんとの待ち合わせ場所に異動しよう。」
馬車を待機させられるくらいなら、俺たちが立ち話を出来る程度には人も少なかろうし。
何より、この人ごみで相手に話を聞かせるために怒鳴らなきゃいけないんじゃ、みんなに聞いてくれっていってるようなもんだ。
フーがパリスの首根っこを掴んだまましばらく移動すると、ふと人ごみが途切れ、見覚えのあるアガンさんの大型馬車が見えてきた。
馬車まで近づくと、御者さんに馬車を使わせてもらうよう頼み、了解を得てから3人で馬車にこ乗り込んだ。
馬車内で楽器の練習しながら移動するだけあって、かなり防音性能はたかいからね。
御者が馬車内の話を盗み聞きしないようにフーに警戒してもらい、俺はパリスとの話を進めることにした。
「ねぇパリス。さっきはライト家の館へ連行するのは勘弁してくれって言ってたけど、それって是非とも連れて行ってくれって言うフリかい?」
「……ばれました?」
「まぁねぇ。周りのヤジを聞くに、今まで五体満足で貴族の家から帰ってきてるみたいだから、今回も無事に館から出てこれる自信があるんだろ?」
「もちろんっすよ。旦那もその年齢でそれだけ喋れるんなら転生者って情報もふかしじゃなかったってことっすよね?」
ありゃ~、またしても情報を垂れ流してしまったらしい。
なんかパリス相手に隠し事の下手な俺が隠し事をするのは無理な気がしてきたよ。
「ますます館に連れ帰る理由が増えちゃったな。仲介人って言うけど、おもな商品は情報?」
「買い取りもしますぜ?」
これは金欲しさにお披露目の情報を売った貴族がいるってことだな~。
あとは、こっちがどの程度頭が回るか試しながら喋ってるのか?
音魔法ってのは得た情報からカマかけるために言ったんだろうけど、ほぼ正解じゃ頭もかなり良いんだろうねぇ。
「どんな情報なら調べられるの?」
「2日あれば今日の王妃様の下着の色まで調べてみせまさぁ」
「耳が良いんだねぇ。誰が俺の情報を売ったかは買える?」
「客は売らないから情報が集まるんで、それだけは無理っすね」
「死んでも?」
「いや、さすがに命には代えられネェっすよ。ま、俺がウソ言ったかどうか調べられるのは俺だけっすけどね」
すげー自身だな。
「まぁ、アガンさんが馬車に戻ってきてライト家に行く前に簡単に話を聞かせてよ」
「御代は……」
「鼠の指は安いらしいな」
うぉ!さっきからフーが半ギレしっぱなしで怖ぇけど、なんでだ?
「フー、さっきから機嫌が悪いけどどうしたの?」
「先ほど、その鼠の手は既に懐に入ってました。殺気が微塵も無かったとはいえ、これがナイフを持った暗殺者であればロック様は死んでいた可能性があります」
「え?」
全く考えなかったけどそういう見方もあるのか。
って言うか、相手に殺す気があればさっきので俺死んでたのかよ。
そういう意味ではパリスは何か軽い小悪党ちっくなノリだけど、結構な腕前なのかな?
「護衛を別の者に交代すべきかもしれません」
「いや、フーに居なくなられると困るんだけど」
「少なくとも、追加する必要はあると思います。戻りましたらお館様に判断を仰ぎましょう」
「姉さん、いくら俺の腕が良いからって、八つ当たりは勘弁してくれよ」
うわ、フーがまたパリスを睨んでる。
もうちょっと空気を読んでいらない事言わないでくれないと、本当にフーが親指を落としかねん。
まぁ、護衛の話については有った事を報告する必要もあるだろうしフーの判断にゆだねよう。
「パリス、フォローしきれなくなるから余計なこと言うの辞めてくれよ」
「旦那も安心してくれ。掏摸とか暗殺じゃ話が全然違うから。俺なんて気負わないで気軽に手を突っ込んだだけだから懐まで手が入ったんであって、本職みたいにやる気満々だったらどんなに気配を消しても姉さんならすぐ気が付くはずさ。」
「良く解んないけどそんなもんなのかな。フー、どう思う?」
「一理あるかもしれません。掏摸が本職じゃないとはとても思えませんが」
「結局、パリスは凄腕なの?ただ軽いだけの人なの?」
「仲介人パリスの情報は高すぎて誰も買えないんっすよ」
子どもは殺さない殺し屋的な言い回しなのに、守ってる対象が自分だから本気でカッコ悪い。
と、いつまでも言葉遊びをしてても意味が無いしいい加減に本題に入るか。
「興味ないからどうでもいいや。いい加減に本題に入りたいんだけど、俺の情報はどの程度流れてるの?」
「かま掛けられる程度っすね」
「フー。指はいらないそうだよ」
「ひっ!」
俺が声をかけるのとほぼ同時にパリスの右手の親指にフーのナイフが添えられていた。
……しかし、コイツはいちいちこっちに内容を想像する余地を山ほど残しやがって本気で面倒臭ぇ。
会話が長くなるにしてもアガンさんの方がまだましだ。
「言葉遊びをするには精神的な余裕が必要なんだよ。もう一回聞くぞ?俺の情報はどこから、どこへ、どの程度流れてるんだ?」
「質問が増えてますが?」
「……」
「……」
「……」
「ひっ!」
「鼠。忠告しておきますが、ライト家の方々は率直な会話を望まれる傾向が強いようです。ライト家の館で同じことをすると親指では済まない可能性が有りますよ?」
フーがナイフを強く押し付けた。
切れてはいないがチョットでもナイフを引けば親指の腱がすっぱりいきかねない。
ナイフを避けるために手を動かそうもんならそのまま落としかねないほど殺気立っており、パリスは本気で身動きが取れないようだ。
「【ヌイグルミ】と【サジックス】については名称とその魔道具の性質が、国内各地に留まらず隣諸国にもすでに流れてるっすね」
やっとまともに会話を始めやがった。
ヌイグルミとサジックスについて情報が流れたってことは、お披露目会場に居た人間であまりよろしくない考えの人が居るって事になるな。
使用人は王家からの術式がかけられててあんまり城内の情報を外に出せなさそうだけど、そこに王家の外戚である俺に関する情報はどうなんだ?
どの辺まで術式の規制に引っ掛かるか知らないから判断がつかない。
貴族だとは思うけど、どのくらいの爵位の奴かな?
俺じゃ判断が付かないから親父殿と爺さんに相談しよう。
「それから?」
「旦那が竜の牙を持ってることについてはゴウラ王国へ情報が行ってる可能性が高いっす」
「経路は?」
「旦那を攫おうとした一味の一人が瀕死で下流に流れ着き、意識を回復するといつの間にか姿を消したみたいっす」
アクオン、死んだって言ってたじゃないかよ~。
まぁ、瀕死で流れてた人間がどこに流れ着いて生きてるかどうかの確認なんて、短時間じゃ無理だからこそアクオンの情報を信じてたんだけどなぁ。
今度あったら文句言ってやろう。
パリスの話から想像するに、アクオンとの会話はともかく加護については流れてない可能性もあるのかな。
希望的観測だけど。
ゴウラ王国については俺じゃ何にもできないから、こっちも相談だな。
「あれ?どうやって俺の魔法が音魔法だと思ってカマ掛けてきたの?」
「いや、あれは光が出れば光魔法、火が出れば火魔法っすから、音が出るなら音魔法だと思っただけでして、正直あてずっぽうっす」
そんな適当なカマに俺は引っかかったのかよ。
って、後知恵で後悔してもしょうがないけど。
「じゃあパリス。今後の処遇も含めてアガンさんが戻ってきたらライト家の館に来てもらうんで良い?」
「願っても無いです」
願っては無いけど画策はしたわけだ。
「最後に、俺はこれから、音魔法を元手にかなり儲かる予定なんだけど、俺に雇われる気はない?」
「給金をもらって情報を集めてまわるより、情報を売り買いする方が儲かりますし、情報も集まりやすいんっすよ」
「そっか。じゃぁ、俺に必要だと判断した情報が入ってきたら売りに来てよ」
「そういう情報の買い方は前金になるっす。情報を持って行ったら次の前金をもらう形式っす」
「持ち逃げされたら終わりだな」
「情報を仲介するには信用第一っすよ。信用があるから情報が集まるっす」
まぁ、情報屋に限らず、商売は信用第一なのはあたりまえだ。
これだけ自信満々に情報が集まるって言うんだから、信用に加えて情報を集める腕もいいんだろう。
「最初の前金はパリスの指代に含まれてるんじゃないかな?」
「旦那、商売が上手いっすね。ではそれで行きましょう」
「まぁ、親父殿に判断してもらわなきゃいけない事も多いから、ここで俺だけで決められないけどね。次回の前金はいくらなの?」
「銀貨で1枚っすね」
情報として高いのか安いのかわかんないけど、情報を持ち込む頻度によってはかなり高額になるな。
「普通に情報を売ったり買ったりするときの金額はどうなってんの?」
「それは情報によってこちらで判断させてもらってます。まとめ買いでしたら交渉にも応じやすよ?」
「なるほどね。俺はもうすぐライト家の領地に帰っちゃうけど、その場合どうするの?」
「手下が使い走りとして書面を持って伺いますから、そいつに前金を払ってやってください」
その後、情報のやり取りについて色々と取決めをしたりして過ごしていると、日が沈みかけたころにアガンさんが馬車に戻ってきた。
「ロック君、市場は楽しかったかい?お披露目の後だから、巡礼以外にも騎士爵家の使用人も何人かいたから、色々と面白い物が売っていただろう?……あれ?パリスじゃないか。ここに居るってことはロック君にカマかけたのかい?」
「そうなんすよ。おかげでこれからライト家の館で話を聞いてもらえることになりやして」
「ライト家の尻尾を踏んでしまったようだね」
「え?」
「君は本当に面白い奴だったのに……生きて帰れることを切に願ってるよ、パリス」
アガンさんが本気で憐みの目を向けながらそんな事言うからパリスが泡を吹いた。
どうやらは今度こそ本当に気絶したらしい。
主人公の個人情報がだだ漏れてますが、日本で個人情報について目くじらを立てるようになったのはインターネットが普及してからだと思います。
昔は、いろんな雑誌の文通コーナーとか、文通相手をランダムにするために風船に着けて飛ばしたりとか、普通に個人の住所や連絡先がだだ漏れてた時代があったそうです。
この世界の個人情報に関する認識は、一部を除けば全く危機意識がありません。