(1)
ぼくにはやりのこしたことがある。
同じ台詞を、来年も、十年先も。
(1)
「彼女、結婚するらしい」
「はぁ?」
友人の一言に、そんな素っ頓狂な声をあげる。
「…面白くねぇぞ」
「馬鹿野郎、冗談言ってるわけじゃねぇ」
「うーーーむ」
目の前にいる男は、それほど信じられる人間とはいえない。とはいえ、だますならもっとマシな手段があるだろう。何しろ彼女はまだ20、大学三年になったところなのだ。
「誰と?」
信じられないにしても、まずは確かめてみるとしたらこんなとこだろう。だが、
「知らん」
と返されては話が続かない。
その後の話によると、相手というのは10歳以上離れた普通のサラリーマンか何かで、大学で知り合ったわけではないらしい。
いや、どこで知り合ったかは正確には彼も知らなかったが、彼女の生まれ故郷の方に住んでる人だと聞かされれば他に考えようがなかった。
「で、どんな男なんだよ」
「知らん。友達も見たことがないらしい」
それどころか、友人の誰一人として彼女が男性と付き合っていたことなど知らなかったし、付き合ってたようには見えなかったという。
彼女の実家に泊まったことのある友人も含めて、はっきりしているのはつい最近までそんな話はなかったということ。
そして、彼女自身が最近になって結婚を語り始めたことだけだ。
「何か冗談のつもりじゃねぇのかな」
「俺もそう思ったが…」
そして、それきり口ごもる。
もともと、別に僕は彼女に特別な感情を抱いたことなどなかった。彼女は、単なるサークルの後輩の一人に過ぎない。
そんな彼女の私事を、これ以上詮索しても仕方あるまい。
ただ、この話がなんとなく僕の記憶の隅に残り続けたことも事実だった。