闘い・・・1。
トクのその答えに一同は、それぞれ息を飲み黙った。香純は、トクの顔をじっと見つめ時折、おかみや林松の方をどぎまぎしながらも、その様子を確認せざるを得なかった。そんな様子をあたかも察したかのように、おかみが「トクちゃん。そうしなさい。それがいいわよ。」と、林松に軽く目配せしながら口早に言った。それを見た林松は、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、けたけた笑いながら、「お前、いつの間に・・・。やりやがったな、ははは。」と、真っ赤な顔をした香純に、こう声をかけた。嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてきた香純は、「嬉しいです。」と、今にもトクを抱きしめたい気持ちを抑えつつ、力強く笑顔を滲ませながら答えた。おかみは不思議な表情を浮かべ、ただ二人を見つめていた。トクは、やっと本当の自分の気持ちを、ついに口に出して伝えることが出来たのだと、一人充実を感じながらその場を後にして、厨房の方へと戻っていった。
「しかし、トクちゃんさ。あれ、マジかもな。」と、林松はおかみに耳打ちした。突然、林松が顔を近づけてくるので、おかみは一人どきどきしていた。「う、うん。どうやら、本気かもね。」一応、そう答えたが、その後も鼓動の高鳴りを抑えようとするのに、一人必死だった。それぞれの事情はさておき、林松は率直にこう問うた。「で、お前。今後どうすんのよ。トクちゃんと、一緒に住むのか。」林松の、当然の問いに、香純は自信を込めて「もちろん、そのつもりです。しかし・・・。」と、二人の方を静かに見つめながら「出来れば・・・。皆で暮らしたいと思っているのですが。どうでしょうか。」と、改めて二人に投げかけた。すると、少し間を置いた後「私達はさ・・・。いろいろ事情があるから、残念だけど遠慮しとくわ。今の状態が一番。自分に合ってると思うから。ごめんね。」と、おかみは冷静に答えた。それを待っていたかのように、「そ、そうだよなあ。俺も、今のままの方がいいからなあ。ははは。」と林松は勇んで答えた。しかし、でもそれはどこか残念そうだと香純は感じていた。
香純は、以前から要望があった中小企業へ再就職が決まったことを皆に伝えた。一方、林松は自分で会社を立ち上げる準備をしている、ということであった。それを聞いた香純は驚き「何ですか、林松さん。どうして俺に何も相談してくれなかったのですか。」と、半ば憤慨した様子で言った。すると林松は、全くその言葉に動じることなく、「は。なんだって。おれは自分のやりたいようにやっていく。だいたい、お前はおれに再就職の相談を何もせず、自分で決めただろう。だったらよ。何も問題あるわけないわな、ははは。」横目で見つつ、にやりとしながら、香純にこう伝えた。すると顔を下に向けたまま押し黙っていた香純だが、次の瞬間、目をしっかりと見開きこう言った。「俺も、俺も一緒に。林松さん、一緒にやっていきたいです。これからもずっと。」林松は、当然といったような自信に満ちた表情を浮かべながら、「おう。それじゃ、一緒に頑張っていこうや、ははは。内定断ったら、うちにすぐ来いや。」と、すんなり香純を受け入れた。おかみは何も言わず黙って聞いていた。しかしこの二人のやり取りから、これは林松が最初から二人で仕事をするつもりだったのであろうなと考えつつ、その気持ちを深く感じとっていた。
「まあ、しばらくぶりだし。これくらいにして、今日はとことん呑むか。ははは。」と、林松は珍しくほんのりと顔を赤く染めながら言った。続けて、「でもよ。香純。おれと一緒にやる仕事は、今まで以上にきついぞ。それでもやるのか。」と、一応確認した。それを聞いた香純は、持っていたグラスを静かに置き、こう言った。「何を言ってるのですか。今までだって、相当大変なことだらけでしたよ。でも、これからは以前とは違いますから。なんでも挑戦してみようかなと思ってますので。」この香純の答えを聞き、さらに気を良くした林松は、「おおい。おおい。」と、厨房にいるであろうトクに向けて、大きな声を発した。その頃、鍋の準備をしていたトクは、その声を聞き静かに微笑んだ。その直後、「香純が大好きだってよお。はははあ。仲良くやりななあ。ははは。」林松のはっきりしたその声が聞こえてきた。白菜を切るトクの、その包丁の手は一瞬止まった。しかしなるほど、こういうことが幸せということなのかと感じつつ、切った材料を鍋に入れた。しばらくして、鍋から次第に煮汁がこぼれてきた。トクはそれを見ると再び、おもいきり微笑んだ。
「俺達は、これでいく。」と、心に決めた香純達。しかしここで、大きな問題が・・・。次回、闘い・・・2。お楽しみに。