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それを守るために・・・。  作者: ナトラ
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互いの想い②

 外は雪が降り出した。まるで花びらが舞うかのように、それは大きくゆるりと回転し、ひらひらと舞い降りてくる。店の前にある看板の上には、少なくとも5センチは積もっている。そんなある冬の夜だった。今日も、一日の営業を終わろうとしていた頃、おかみはいつものように「そろそろ片付けでも始めようかね。」と、トクに話しかけた。するとトクも、「そうですね。」といつものように返事をし、やがて片付けをし始めた。その時、一本の電話が店に鳴り響いた。「あらま、もう店は終わる時間なのに。あ、そうだ。私、奥、片付けてきちゃうね。悪いけど、とくちゃん。電話に出てくれる。」と言い残し、おかみはさっさと、小走りで奥の座敷へと行ってしまった。「え。あ。はい。」と、まともに返事をする時間もなく、トクは少し慌てながら電話に出た。「は、はい。お、お電話ありがとうございます・・・。」そう言うと、トクは少し黙った。しばらくして、「え・・・。」と電話の向こうにトクが返事をすると、自分の顔が次第にほてっていくのを感じずにはいられなかった。「あ・・・。はい・・・。え、でも・・・。」そのまま下を向き、再び少し黙っていたが、その後ゆっくりトクは口を開いた。「は・・・い。それは、大丈夫です・・・。わかりました。伝えておきます。はい。では・・・。」受話器をなんとか両手で置いたトクは、突然その場にペタンと座り込んでしまった。いったい誰からの電話なのか、すぐに理解した。その声を耳元で聞いた瞬間、トクの体はまるで力が入らなくなり、同時に頭の中が真っ白になってしまうような、大きな衝撃を今も一人感じていた。「とーくちゃん、電話何だって。」と、おかみがトクにその内容を早速尋ねてきた。トクはその声を聞くと一瞬。体をびくりとさせた後「あ、あ、あの・・・。」と、言葉に詰まっていた。おかみはその様子を見ると、両手の皿やビール瓶を持ちながらトクのすぐそばにまでやってきて、「なに、なに。どうしたの。」と、さも興味がありそうな様子でさらに尋ねた。トクは、おかみをそっと見上げ、「来るって。」と、一言吐き出すように言った。それを聞いたおかみは、わざと驚いた表情を浮かべながら「え。誰が来るって。」と、もう一度聞き返した。するとトクは、すでに居た堪れない気持ちで一杯となり、さらに大きな声を張り上げて、「だから、あの人が今から来るって。」と、地べたに座ったまま必死に伝えた。当然、トクとは対照的に、おかみは落ち着いていた。自分が持ってきたものをそっと、静かにカウンターに置きながら「あら、本当。じゃ、さっそく準備しましょ。ほら、立てる。」と、座ったままのトクのそばへ行き、その両手を優しく引くようにして、ようやくトクの小さな体を起こした。おかみは、密かに微笑んでいた。



 

 「本当に、びっくりしたわ。」と、おかみに支えられ、やっとのことで立ち上がったトクは、静かに話を始めた。そしてほんの一瞬、ためらうような表情を浮かべたが、すぐにおかみの目をじっと見つめながら「・・・。あの人の声を、こんなにはっきりと耳元で聞いた・・・。」と、まだ頬をいくらか赤く染めて呟いた。「とくちゃん、とくちゃん。」その言葉を聞くと、おかみはすぐさま耳元で何度も呼びかけた。おかみはとても楽しそうだったが、トクは全くそれどころではなかった。「私、あの人の声を聞いて、すぐにわかったんです。あのう・・・。という、あの人の低い声を聞いたとたん、私の全身の力が抜けてしまったようでした。ね。おかみさん。これから行きますって。ね、どうしよう、おかみさん。」しばらくの間、二人は普段とまた違った明るい雰囲気で、香純が店に来る準備を始めたのであった。



 しばらくすると、ひょっこり香純が暖簾をくぐってきた。おかみの姿を見つけた香純は、「あ。おかみさん。どうも、お久しぶりです。しかし、毎日寒いですね。」と、軽く一礼をして、いつものように低い声で言った。「あらあ、久しぶりねえ。本当、毎日寒いけど、元気。今日もゆっくりしていってね。」と、香純の胸元をぽんと叩きながら、おかみはいつもと同じように答えた。「は。はあ。」香純は、おかみに手を引かれるまま、店の奥に向かって一緒に歩いていった。すると途中で、厨房から小さくひょこっと、トクが恥ずかしそうに顔を覗かせた。「い、いらっしゃいませ。」香純にそう伝えると、すぐさま、さっと身を隠すようにして再び厨房の奥へと行ってしまった。手を引いているおかみに香純は、「ねえ、おかみさん。やっぱり、急でしたかね・・・。」と、やや心配そうに尋ねた。おかみは何も表情を変えず、「あら。やあね、大丈夫よ。照れているだけよ。」と、あまり構わないといった口調で、きっぱりと答えた。「それなら、いいのですが・・・。」と答えたが、香純は何か落ち着かなかった。二人が厨房を過ぎ、いつもの座敷に近づく頃になると、おかみは香純の手を離してくるりと振り返ったかと思うと、今度は急に声を密かにして、「こないだは、急な電話で悪かったわねえ。」と、香純に自分の片目を閉じながらささやいた。「は、はあ。大丈夫です。ちょうど、タイミングが良くて・・・。」香純はおかみと同じように小さな声でその続きを話しだそうとしていたのだが、それを突然遮るようにしておかみが話し始めた。「ねえ、ちょっと待って。それより・・・さ。あの人・・・。今日、来るよね。」これまでとは全く違った真剣な表情を浮かべながらも、どこか心配そうに香純に尋ねた。「ええ。約束してあるので、大丈夫だと思いますよ。」と、香純は何気なく答えた。しかしおかみは、なにやらその香純の答えに納得がいかないようで、「思います、か・・・。」と一言、呟くように繰り返した。おかみは、それまで香純の目を見ていたが、その言葉を聞いたとたん、くるりと背を向け再び大きくため息をついた。その様子から香純は、ここは何かを加えた方がいいなと次第に思えてきたので、「も、もうすぐ。きっと来るころですよ。」、と慌てて一言を付け足すように言った。それを聞いたおかみは、すがすがしさを感じるほどの笑みを浮かべて振り返り、そっと襖を両手で静かに開けた。「そ、そう。じゃ、今ビール持って来るから、待っててね。」と言うとおかみは、頬を染めて厨房の方へスキップしていった。その後姿を見つめながら、香純は「おかみさんも、どこか変わったな。」上着をさっとハンガーに掛け、一人呟いた。

 香純のある話に、おかみとトクは驚きを隠せない。次回、互いの想い③。お楽しみに。

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