冬避行
私は死んでしまおうと思った。
十八になったばかりの冬。窓の外では吹雪が轟々と鳴っている。
受験勉強というこの国の強制力は、怠惰な私にとって耐え難い苦痛だった。解いても解いてもわからない問題、昨日覚えたはずなのに記憶から零れ落ちる英単語。それらに出会うたび、私の脳内では百足が這い回るようなむず痒い感覚が走る。
明日に試験を控えた夜。頭の中で、願いを込めたミサンガが自然と綻び切れるように、何かがぷつんと途絶えた。
「死んでしまおう」
凍死が良いと思った。マイナス十度を超える猛吹雪の中、誰にも悟られないよう携帯電話を部屋に置き、わずかな現金だけを掴んで家を出た。鍵をポストに落とし、二度と開けることのないドアに背を向ける。
降り頻る雪は、私の人生の幕引きを祝福するように白く輝いていた。
――わざと軽装にはしなかった。楽に死ぬのは癪だったのだ。じんわりと体温が奪われていく過程を、何も考えずに味わいたかった。しかし皮肉なことに、歩き始めると運動のせいで体が火照り、ダウンジャケットが少し暑く感じられた。
大通りに出ると、丑三つ時だというのに大型の除雪車が唸りを上げていた。果てしない量の雪をなぎ倒していくその姿は、闇の中で人間に奉仕する怪物のようだ。ふと、自動販売機の光が目に留まる。厚着をした中年の男が、缶コーヒーを片手に誰かと電話をしていた。
誰かと繋がっている。それは、私とは違う「生きる活力」を持っているということだ。少しだけ、羨ましくなった。
道路脇の雪だまりに目をやる。新雪は繊細に煌めき、無数のビーズを敷き詰めたようだった。私はその雪のベッドに身を投じてみた。どす黒い空から雪が落ちてくる。眼球に触れる結晶のひんやりとした感触が、妙に心地よかった。
「ここで死んだら、朝一番の通行人に見つかってしまうな……」
ぼんやりと考え、私は再び立ち上がった。もっと山奥で、誰にも邪魔されずに終わりたい。
少し歩いた先に、赤提灯のようなラーメン屋の灯りが見えた。「最後の晩餐はこれにしよう」と決め、暖簾をくぐる。店内の熱気が、冷え切った肌を刺すように温めた。持っていた現金のほとんどを使い、いつもより豪華な一杯を注文する。
運ばれてきた麺を口に運んだ、その時だった。
おかしい。気づけば、目から涙がこぼれ落ちていた。
次から次へと麺を啜り、スープを飲み干す。熱い液体が胃に落ちるたび、「生きている感覚」が腹の底から満ちてくる。こんなに美味いものだったか、食べることとは。
スープを完飲した頃には、あんなに強固だった死への誘惑は霧散していた。
「何をしていたんだろう」
たかが受験勉強に嫌気がさしたくらいで。そんな自分にまた嫌気が差すが、今度はそれが痛みとして私を鼓舞した。
店を出て、来た道を戻る。
私が横たわっていた場所だけ、雪が自分の形に凹んでいた。その抜け殻のような形を、私は豪快に蹴り散らした。
自販機横の中年の男は、未だそこにいた。変わらず誰かと電話を続けていた。
先ほどまでの私は、彼を「生きる活力がある存在」として羨んだ。けれど今は違う。
この猛吹雪の中、冷めた缶を握りしめて立ち尽くす姿は、滑稽で、孤独で、どこか必死に夜をやり過ごしているだけに見えた。
馬鹿馬鹿しく思い、鼻で笑って記憶の片隅にも残らない存在にしておくことに決めた。彼の横を通り過ぎる時、私の足取りは先ほどよりもずっと軽くなっていた。
家の近くに着く頃、空はほんのりと明るみを帯び、次の日の準備を始めていた。
ドアを開けようとして、私は凍りついた。開かない。
……そうだ。鍵はポストに入れたんだった。
私は呆然とした。ある意味、店に入る前よりも凍え死にそうな絶望感だった。仕方なく、施錠されていない物置に潜り込み、母が起きるのを待つことにした。
朝、物置のドアが開く。
「あんた、何してるの」
母の呆れた声と、凍えた私を迎え入れる家の中の匂い。
布団に入り、一晩の愚行を振り返る。恥ずかしさと情けなさがこみ上げてきて、布団の中で、
私は死んでしまおうと思った。




