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2日目~1



 目が覚めた僕は、まずいつものベッドにいないことに驚いた。

 だがすぐ、依頼を受けてテントに泊まったのだと思い出す。


「依頼が夢だったら良かったのに……」


 テントから出て目の前の屋敷を見た瞬間、昨日までの出来事が現実だったと改めて思い知らされた。


 奇妙な依頼を受けたこと。

 屋敷の中を探索したこと。

 約束どおり、日が暮れる前に屋敷を出たこと。


 そのあと、夕食も食べたかどうか分からないうちに、泥のように眠ってしまったことも思い出す。


「そうか……昨日は夫人の品を一つも見つけられなかったんだっけ」


 未だ一歩も進展のない状況に、思わずため息が漏れる。

 だが、ここで悔やんでいても仕方がない。時間だけが過ぎていく。


 僕は朝食用のパンをかじり、屋敷に入る準備を始めた。


「今日こそは、夫人の絵でも手紙でもいい。何か見つけないとな」


 ランプを確認すると、思った以上にオイルが減っていた。急いで補充する。

 本来なら半日は持つはずなのに、なぜだろうか。


 不思議なことはそれだけではない。

 昨日は時間の経過も、妙に早く感じた。

 もしかするとあの屋敷には、感覚を狂わせる()()があるのだろうか――。


 ……いや。そんな非現実的なことがあるはずない。

 全部ただの偶然だ。そう、偶然。


 そうでなければ――さすがに逃げ出してしまいたくなる。


 僕はランプに火が灯るか確認し、二日目の屋敷へ足を踏み入れた。




「昨日は一階の客室を調べたから……今日はその奥かな」


 一階奥の通路には食堂があり、更に突き当たりには調理場があった。

 食堂は元ホテルだっただけあり、想像以上の広さだ。一度に数十人は入れそうだった。


 放置されたテーブル、椅子、絨毯。壁や棚に飾られた品々はどれも豪華だった。

 昨日見た客室とは雲泥の差で、エーデルヴァイス夫妻はここに客を呼び、パーティでも開いていたのかもしれない。


「でも……妙だな」


 使い古されたような椅子は奥の一脚だけ。他はほとんど使われた形跡がない。

 まるで、“煌びやかなパーティ会場”というよりも、“広すぎる孤独な食卓”という印象を僕は抱く。


「夫人は、こんな場所で一人で食事してたのかな……」


 ……いや、考えすぎか。

 そう思ってテーブルに触れた、そのとき。



クスクス



 ――何かが聞こえた。

 おそらく、声だ。

 人の声だ。


 だが、確実に人などいなかったはずなのに……。



クスクス


クスクス、クスクス


クスクスクスクスクスクス



 ……間違いない。

 人の――それも、子供の声だ。


 なぜここに子供が?


 僕の呼吸が、心臓の音が、どんどん激しくなっていく。



クスクス



 直後、声は耳元から聞こえてきた。

 恐ろしくて、振り返ることもできない。



――アソボウ?



 笑い声が、言葉に変わった。



わたしといっしょにあそぼう?


ずっといっしょ

ずっとずっとずっと、いっしょに……



 子供の囁きに混ざり、凍えるような冷気が頬を撫でた。

 今すぐ逃げなきゃいけないと、本能が告げた。


「うわああっ!!!」


 僕は悲鳴を上げ、走り出した。

 それが何かも確かめず、食堂から飛び出す。


 無我夢中で玄関まで駆け戻った僕は、慌てながら扉を開けようとドアノブを回した。



……待ってよ、お兄ちゃん



 背後から声がした。


 間違いない。

 女の子の声だ。


 僕は勢いよく扉を開け、そのまま外へ逃げ出そうとした。


 ――そのときだった。



「……これ、落としてるよ」



 思いがけない言葉に、振り向いてしまう。


「え?」


 扉の隙間から差し込む光によって映し出されたのは、白いワンピースの女の子だった。

 暗い廃屋には不釣り合いなほど整った姿で、肩までのブロンドの髪に、大きな青い瞳をしていた。


 彼女は白い指先で、僕の落とし物を持ち上げている。


 ――それは僕がいつの間にか落としていた、ランプだった。


「幽霊……じゃない?」


 煌々と輝くランプに照らされながら、少女はくすりと笑う。


「うん。幽霊じゃないよ。フフ、変なお兄ちゃん」


「で、でもさっき声を……笑い声を……」


 少女はきょとんとしたあと、ぱっと笑ってみせた。


「よく考えて。もしわたしが幽霊なら、お兄ちゃんとお話なんてしないで、すぐ襲うと思うの」

「た、確かに……」


 彼女に言われて、僕はようやく冷静になっていく。


 そういえば、幽霊は透けているため、物に触れられない――と聞いたことがある。

 だが彼女は半透明でなければ、普通にランプを持っていた。


「わたしからしたら、急に屋敷に入り込んできたお兄ちゃんの方がよっぽど怖い人だよ」

「あ……ご、ごめん」


 思わず謝ると、少女はまたしても、くすっと笑った。


「ううん。わたしの方こそ追い返そうと思って、わざと笑い声出してたの。びっくりさせちゃったね。ごめんなさい」


 彼女が頭を下げると、柔らかな髪がさらりと揺れた。


 少女の言葉から察するに、どうやら彼女はこの屋敷に住んでいるらしい。

 まだ十歳くらいの子供なのに、どうしてこんな場所に?


「あの……君、どうしてここに?」


 僕が尋ねると、少女は笑みを消し、寂しそうな顔をした。


「気づいたら、ここにいて……それからずっと、いるの」

「ずっと?」

「……うん」


「お父さんとお母さんは?」


 彼女は小さく首を振る。


 果たして本当に少女が一人で、こんな屋敷で生きていけるのか?

 食べ物も無さそうなのに?

 夜は寒くないのか?


 色々と疑問は浮かぶのに、なぜか考えがまとまらない。

 どうでもいい気がしてしまう。


 誰かが頭の中で囁いている。

 まあ、いいじゃない。と。


 ……確かにそうだ。

 そんなのは些細な疑問だ。


 彼女が幽霊じゃない。それだけで十分だろう。


「じゃあさ。君、この屋敷に詳しいのかな?」

「ちょっとだけなら……」


 少女は指先で、小さな“ちょっと”を作る。


「実は僕、とある人の依頼で、この屋敷の夫人について調べてるんだ」


 そう説明し、僕は頭を軽く下げて頼んだ。


「それでね、よかったら一緒にこの屋敷の探索を手伝ってくれないかな?」


 いたいけな彼女を探索に巻き込むのは正直、気が引ける。

 しかし、誰か居てくれた方が心強いのも事実だし、少女にとっても共に行動していた方が良いはずだ。


 少女は少し迷ったあと、小さく頷いた。


「わかったわ。わたしも手伝ってあげるね」

「本当に? いいの?」

「うん。誰かと一緒なの、久しぶりだから……うれしいの」


 自分から言っておいてなんだが、こんな相談を承諾してくれると思っていなかったため、僕は素直に嬉しかった。

 これで探索も楽になりそうだ。


「あ、そうだ。自己紹介しなくちゃね。僕はオットー、よろしくね」


 そう言って僕は彼女に向け、手を差し出す。


「わたしはね、アンって言うの。よろしくね」


 少女――もといアンは、快く握手を交わしてくれた。

 氷のようにとても冷たく、小枝のようにとてもか弱そうな、少女らしい掌。

 僕はその手をしっかり握り、笑顔を浮かべた。


 ――その瞬間。


 アンはほんの一瞬だけ、

 三日月を貼り付けたような笑みを浮かべていた。




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