エーデルヴァイス夫人について~元侍女Fの話
私の聞いた話ではね、“あのお方”は幼い頃に自分の霊感の強さに気づいたようでね……。
そのせいで、とてつもない苦労も寂しい思いもしたらしくて。
……それで人との接し方が分からなくなったようなの。
笑えなくなってしまった“あのお方”は、エーデルヴァイス様とご婚約された後も、酷い扱いをされ続けた。
旦那様は、ご自身の部屋――とは名ばかりの折檻部屋に“あのお方”を閉じ込めては、虐待を続けていたのよ。
理由もなく叩かれ、罵倒され続けた。
あの部屋は特別仕様だったらしくて、彼女の悲痛な叫びが外へ漏れ出ることは決してなかったの。
そして旦那様からも、絶対に誰にも告げ口するなと釘を刺されていた。
助けを求めることも出来ない。逃げる勇気もない。
毎日苦しい思いをしていた、そんな矢先。
アンナという幽霊に出会ってしまった。
アンナ……アンと名乗ったその子もまた、“あのお方”と同じく両親から酷い扱いを受けていたらしくてね。
それでいて甘いお菓子が好きで、可愛いものが好きだった。
しかも“アン”という愛称にも運命を感じた。
“あのお方”はアネット・エーデルヴァイスというお名前でね。
小さな頃は“アン”と呼ばれていたそうなのよ。
そんな同じ境遇で同じ趣味を持つアンは、話しているうちに、“あのお方”にとって娘のような、友人のような話し相手になっていった。
孤独感を埋めてくれる、唯一無二の存在となっていったの。
時を同じくして、旦那様は原因不明の病を患い、逃げるようにして屋敷から出て行ったそうよ。
おそらく、その頃からアンの“呪い”と“魅了”に屋敷は憑りつかれていたのね……。
憑りつかれた“あのお方”は、じわじわとアンを認め、心を許し、彼女を求めるようになった。
まるで自分の分身のように……なりたかったあの頃の想いを叶えるかのように、甘やかしてしまった。
そんな好意が、少女の霊を悪霊へ変えてしまうとも気づかずに……。
アンナが力をつけ、悪霊へと成り果てた頃には、“あのお方”は完全に乗っ取られ、壊れてしまっていた。
心身は囚われ、自分から逃げることも出来ず。
それでも辛うじて残っていた理性で……私や他の従者をこっそり逃がし、助けてくれていた。
けれど、それも限界に達した頃。
……最期は目を逸らしたくなるような顔で亡くなっていたと、人づてに聞いたわ。
葬儀に行きたかったけれど、私は屋敷に近づくことさえ出来なくなっていた。
どんなに屋敷へ向かってもね、気が付いたら町へ戻されていたのよ。
私はね、あれからずっと……“あのお方”の魂を探しているの。
助けられなかったことが、ずっと心残りだったから。
……だからせめて、魂だけでも呼び寄せて、安らかに眠ってほしかった。
けれど……“あのお方”の魂はおそらく、死してなお、あの屋敷に囚われたままのようね。
屋敷から出ることも出来ず、アンと共に、幽霊のまま住み続けているんだわ。
……私の命は、もう長くない。
“あのお方”を助けてくれなんて、息子の貴方にそんな無謀なお願いは出来ないけれど……。
けど、せめて……。
せめて“あのお方”の――エーデルヴァイス夫人の、満面の笑顔を最期に見たかったわ……。




