第五章「素顔の君は」
いよいよ最終回です。
ゲームの中で起きたギルドの事件、
そして、早和子の“仮面”に隠された本当の姿。
それぞれの答えが、ここで明らかになります。
最後まで見届けていただければ嬉しいです。
画面が明るさを取り戻した瞬間、轟音が突き刺さった。
地下要塞。
赤い警告灯が回り続け、コンクリートと鉄骨で組まれた広い通路の奥から、無数の足音が響いてくる。
重い。
人間の足音じゃない。
金属が床を叩く音と、異常に肥大した筋肉が鎧をこすり合わせるような、耳障りな擦過音。
下層レジスタンス。
ナノマシンで身体を強化された兵士たちが、部隊を組んで一気に押し寄せてきた。
どいつも異様だった。
肩幅は人間の倍近く、腕は丸太みたいに太く、服の隙間からは膨れ上がった筋繊維と金属フレームのようなものが露出している。
皮膚の下をナノマシンの光が這い、傷口が塞がるたびに鈍い青白い光が明滅する。
しかも、全員が重火器持ちだ。
マシンガン。
ショットガン。
火炎放射器。
ゲートの向こうに見えていた“敵影”は、思っていたよりずっと近く、ずっと多かった。
【ブラックチャペル】クロム:よし、行け!
クロムの号令が飛ぶ。
八人のパーティが一斉に散る。
レイド開始直後、敵の前列がしゃがみ込み、後列が肩越しにマシンガンを撃ち始めた。
銃弾の線が一気に走る。
「うわっ……!」
思わず声が漏れた。
画面の端で前衛が一人、遮蔽に入るのが遅れて被弾する。
HPが一瞬で半分以上飛ぶ。
【ブラックチャペル】クロム:前出ろ!
【ブラックチャペル】クロム:押し込め!
クロムのキャラが壁を蹴り、天井近くの配管を走って敵の側面に回る。
速い。
サブマシンガン二丁を連射しながら、異様な軌道で戦場を跳ね回る。
確かに派手だし、強い。
でも――。
敵は止まらない。
何体かは頭を撃ち抜いても、そのまま二、三歩進んでくる。
ショットガン持ちが前に出て、こちらの遮蔽物を吹き飛ばした。
【ブラックチャペル】グレイ:うわ、硬っ
【ブラックチャペル】レオン:右、火炎放射来るぞ
レオンの一言の直後、本当に右通路から火炎放射器持ちが二体飛び出してきた。
炎の帯が床を舐め、前衛が慌てて飛び退く。
【ブラックチャペル】クロム:そっちは無視だ!
【ブラックチャペル】クロム:中央落とせ!
指示は早い。
でも雑だ。
中央を削っている間に右から回り込まれ、さらに左からも増援が出てくる。
完全に包囲の形だった。
【ブラックチャペル】アンナ:こっちにシールド置くよ!
僕はアンナで小人を一体展開する。
青白い電磁シールドが前衛の前に張られ、弾幕をいくらか受け止める。
その隙に、回復フィールドを足元へ。
薄い光の輪が広がり、削られたHPが少しずつ戻っていく。
でも、これで終わりだ。
七人の小人にはリキャストがある。
小人要塞のときみたいにジェネレーターで回しているわけじゃない。
今のアンナは、強いスキルを連発できる万能キャラじゃない。
【ブラックチャペル】クロム:よし、そのまま押せ!
【ブラックチャペル】レオン:待て、前出すぎ――
言い終わる前に、前衛が一人吹き飛ばされた。
ショットガンの直撃。
ダウン表示。
【ブラックチャペル】誰か:うわ、落ちた!
【ブラックチャペル】クロム:無視しろ!
【ブラックチャペル】クロム:後で起こせばいい!
無理だ、と思った。
このレイドは、倒れた仲間を放置すると一気に崩れる。
蘇生はその場に近づいて数秒固定されるタイプだ。
つまり誰かが連携して守らないと、その蘇生役ごと落とされる。
そして実際に、そうなった。
ダウンした味方を起こしに行った後衛が、火炎放射器の横薙ぎを食らって倒れる。
二人目。
【ブラックチャペル】クロム:何やってんだよ!
【ブラックチャペル】クロム:前出ろって言ってるだろ!
その言葉で、僕は一瞬固まった。
口調が、似ていた。
焦って、苛立って、責任を全部他人に押しつけるみたいな言い方。
前までのレオンと、そっくりだった。
【ブラックチャペル】グレイ:アンナ、左守るよ
【ブラックチャペル】アンナ:お願い!
グレイの分身が三体展開される。
青白い残像のようなコピーが敵の前に割り込み、無防備なアンナへ向かう弾を引き受ける。
その隙に、僕はダウンした味方に駆け寄った。
蘇生開始。
ゲージがゆっくり伸びる。
遅い。
遅すぎる。
横からショットガン持ちが迫る。
【ブラックチャペル】グレイ:持たない!
【ブラックチャペル】アンナ:……っ
蘇生完了と同時に、回復フィールドを置こうとして――止まる。
まだ戻っていない。
リキャスト中。
【ブラックチャペル】アンナ:まだ、戻ってない……!
【ブラックチャペル】クロム:何してんだよ!
【ブラックチャペル】クロム:早く回復出せって!
出せるなら、とっくに出してる。
でもそんなことを打ち返す暇はない。
敵の増援は止まらない。
前線は崩れ、後衛は蘇生に走り回り、クロムは一人でアクロバットみたいな戦い方を続けている。
確かにクロムは強い。
壁を蹴り、天井の梁を走り、二丁サブマシンガンで敵の頭を次々撃ち抜いていく。
でも。
一人で撃って倒せる硬さじゃない、減らない。
個人戦なら強い。
でもこれは、集団戦だ。
クロムが前へ前へと突っ込むほど、味方との距離が開く。
その空白に敵部隊が入り込み、残った仲間が包囲される。
気づいたときには、クロム自身が敵の中央に取り残されていた。
【ブラックチャペル】クロム:は?
【ブラックチャペル】クロム:なんで誰も来てねーんだよ!
来られるわけがない。
こちらは蘇生と退避で手一杯だ。
しかもクロムの周囲には、筋肉肥大したレジスタンス兵が五、六体。
ショットガン持ちが二体、火炎放射器持ちが一体、後ろにはマシンガンの制圧射撃。
完全に詰みの形だった。
【ブラックチャペル】クロム:……っ!
クロムのSMGの弾が切れる。
リロード動作。
その一瞬で、火炎が迫る。
まずい、と思った瞬間――
【ブラックチャペル】レオン:全員、下がれ
短い一文だった。
でも、それだけで空気が変わった。
レオンのキャラが前へ出る。
黒いコートを翻し、二丁拳銃を構える。
いつもの派手な動きじゃない。
むしろ静かだった。
戦場全体を一瞬で見渡して、必要なことだけを切り取るみたいに。
【ブラックチャペル】レオン:アンナ、クロムの右にシールド
【ブラックチャペル】レオン:グレイ、分身で左釣れ
【ブラックチャペル】レオン:前衛二人、倒れてるやつ起こせ
【ブラックチャペル】レオン:火炎持ちから落とすぞ
指示が、具体的だった。
無駄がない。
しかも全員がすぐ動ける言葉になっている。
【ブラックチャペル】アンナ:了解!
【ブラックチャペル】グレイ:はいはい
僕はクロムの右側に小人を展開する。
青白い電磁シールドが炎を受け止め、わずかな空白ができる。
グレイの分身が左へ走り、敵の視線を引き剥がす。
その隙に、レオンの片翼の翼の跳弾がマシンガン持ちの頭を撃ち抜いた。
【ブラックチャペル】レオン:クロム、下がれ
【ブラックチャペル】クロム:……っ
【ブラックチャペル】レオン:早くしろ
クロムが一瞬ためらい、それから壁を蹴って包囲圏から離脱する。
その瞬間を待っていたみたいに、レオンが次の指示を飛ばした。
【ブラックチャペル】レオン:中央に集める
【ブラックチャペル】レオン:ショットガン持ちは足止め
【ブラックチャペル】レオン:アンナ、回復は温存しろ
【ブラックチャペル】レオン:次の波に合わせる
それを見て、僕は思わず息を呑んだ。
やっぱり、この人はギルマスなんだ。
ただ口が悪いだけじゃない。
ただ強いだけでもない。
この chaos みたいな戦場を、ちゃんと“戦場”として見ている。
僕は蘇生に走る。
グレイの分身が時間を稼ぎ、その間に倒れたメンバーを一人起こす。
回復フィールドはまだリキャスト中。
でも、レオンが“使う場所”を限定してくれたおかげで、次の展開が読める。
火炎持ちを落とす。
ショットガン持ちを分断する。
前衛を戻す。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
崩れていた線が、戻っていく。
最後に残ったのは、奥に控えていた指揮官だった。
一際ゴツい重機みたいな巨体。
顔の半分が機械化され、背中にはナノマシン噴出用の装置がついている。
部下を盾にしながら前へ出てくるその姿は、人間というより兵器だった。
【ブラックチャペル】レオン:頭じゃない
【ブラックチャペル】レオン:背中の装置だ
【ブラックチャペル】アンナ:了解!
【ブラックチャペル】グレイ:やっぱそこか
集中砲火。
レオンの跳弾が装置に当たり、グレイの分身が敵の向きをずらし、アンナの射撃が弱点を貫く。
最後に、前衛の一撃。
巨体がゆっくりと膝をつき、重い音を立てて崩れ落ちた。
ミッションコンプリート
システムメッセージが鳴る。
でも、達成感より先に、妙な静けさが来た。
勝った。
確かに勝った。
でも、それはクロムの勝利じゃない。
レオンが立て直して、アンナとグレイが繋いで、みんなで必死に撃ってなんとか拾った勝利だった。
【ブラックチャペル】クロム:……
【ブラックチャペル】グレイ:まあまあ、よく生き残ったよ
【ブラックチャペル】誰か:マジで死ぬかと思ったわ
【ブラックチャペル】誰か:いやこれヤバかっただろ
レオンが、短く息を吐くみたいにチャットを打った。
【ブラックチャペル】レオン:だから言っただろ――
そこで、僕はすぐに打ち込んだ。
【ブラックチャペル】アンナ:クロムもちゃんとやってたよ
レオンのチャットが止まる。
【ブラックチャペル】アンナ:最初の押し込み自体は悪くなかったし
【ブラックチャペル】アンナ:相手がきつすぎたんだよ
もちろん、半分は嘘だ。
いや、半分は本当かもしれない。
でも今ここで、クロムを完全に叩き潰すのは違うと思った。
少し間があって、レオンの新しいチャットが落ちる。
【ブラックチャペル】レオン:……まあ
【ブラックチャペル】レオン:次は考えてやれ
さっきまで言おうとしていた言葉とは、たぶん違った。
クロムはしばらく黙っていた。
それから。
【ブラックチャペル】クロム:やってられねーわ
その一文で、空気がまた変わる。
【ブラックチャペル】クロム:こんなギルド無理
【ブラックチャペル】クロム:好きにやってろよ
誰かがすぐに反応するわけじゃなかった。
でも。
【ブラックチャペル】誰か:……じゃあ、俺も抜けるわ
【ブラックチャペル】誰か:あー、まあ
【ブラックチャペル】誰か:こっちの方が気楽だしな
やはり、そうなるか。
でも、いるんだよ。
こういう時、空気でついていく人はいる。
別なゲームでも何度も見てきた。
システムログが続けて流れる。
【SYSTEM】○○がギルドを脱退しました
【SYSTEM】○○がギルドを脱退しました
【SYSTEM】クロムがギルドを脱退しました
レイド勝利のあととは思えない静けさだった。
レオンは何も言わない。
いつもなら、何か一言くらい叩きつけるはずなのに。
今はただ、黙っている。
【ブラックチャペル】グレイ:……まあ
【ブラックチャペル】グレイ:こういうのは止められないよな
その言葉も、あまり慰めにはならなかった。
少しして、グレイがパーティに招待を飛ばしてくる。
【SYSTEM】グレイがあなたをパーティに招待しています
【SYSTEM】グレイがレオンをパーティに招待しています
三人パーティ。
専用チャットに切り替わる。
【パーティチャット】グレイ:お疲れさん
【パーティチャット】レオン:……
【パーティチャット】グレイ:まあ、抜けるやつは抜けるよ
【パーティチャット】グレイ:あんたのせいだけじゃない
レオンは、しばらく返事をしなかった。
【パーティチャット】レオン:俺がもっと上手くやってれば
【パーティチャット】グレイ:それは結果論
【パーティチャット】グレイ:ていうか、よく持ち直したじゃん
【パーティチャット】レオン:……別に
強がりみたいな返事だった。
でも、勢いはない。
グレイは少しだけ間を置いてから、軽く打ち込んだ。
【パーティチャット】グレイ:アンナ
【パーティチャット】アンナ:なに?
【パーティチャット】グレイ:ちょっと優しすぎ
【パーティチャット】アンナ:そう?
【パーティチャット】グレイ:そう
【パーティチャット】グレイ:まあ、後は頼むよ
それだけ言って、グレイはパーティを抜けた。
【SYSTEM】グレイがパーティを離脱しました
残ったのは、レオンとアンナだけ。
静かだった。
さっきまでの銃声も、警報音も、もうない。
レイド後のロビーには、無機質な環境音だけが流れている。
【パーティチャット】アンナ:……レオン
少し間があって。
【パーティチャット】レオン:なに
【パーティチャット】アンナ:さっきのこと
【パーティチャット】レオン:……別に
【パーティチャット】アンナ:別にって顔じゃなかったよ
【パーティチャット】レオン:顔見えてんのかよ
【パーティチャット】アンナ:なんとなく
少し間が空く。
【パーティチャット】レオン:……抜けたの、俺のせいだろ
【パーティチャット】アンナ:全部じゃないよ
【パーティチャット】レオン:でも原因の一つではある
【パーティチャット】アンナ:うん、それはそう
少し強めに肯定する。
レオンは、そういう曖昧な優しさは嫌うと思ったから。
【パーティチャット】レオン:……だよな
【パーティチャット】アンナ:でもさ
【パーティチャット】アンナ:今日のことだけじゃないでしょ
【パーティチャット】レオン:……
【パーティチャット】アンナ:前から、ちょっとずつ溜まってたやつ
しばらく、返事がこない。
チャットのカーソルだけが、点滅する。
【パーティチャット】レオン:……ああ
【パーティチャット】レオン:多分
【パーティチャット】レオン:俺の言い方、きついし
【パーティチャット】アンナ:きついね
【パーティチャット】レオン:即答かよ
【パーティチャット】アンナ:でも理由あるでしょ
また、沈黙。
少し長い。
【パーティチャット】レオン:……別に
【パーティチャット】アンナ:あるでしょ
【パーティチャット】レオン:……
【パーティチャット】アンナ:家とか
数秒。
それから。
【パーティチャット】レオン:……まあ
【パーティチャット】レオン:ちょっとな
【パーティチャット】アンナ:どんな感じ?
【パーティチャット】レオン:別に大したことじゃない
【パーティチャット】アンナ:親、結構うるさい感じ?
【パーティチャット】レオン:ちゃんとできるのが当たり前っていうか
【パーティチャット】レオン:できてないとこだけ言われるっていうか
【パーティチャット】レオン:そういうの、ずっとでさ
そこで止まる。
そして…
【パーティチャット】レオン:受験に失敗したとき“なんでそれもできないの?”って言われて…
【パーティチャット】アンナ:そっか、それで、ああいう言い方になるんだ
【パーティチャット】レオン:軽いな
【パーティチャット】アンナ:軽く思ってるわけじゃないよ
【パーティチャット】アンナ:ずっとそう言われてたら、そりゃきついよ
【パーティチャット】レオン:……まあな
【パーティチャット】アンナ:でも、ちゃんとやってるじゃん
数秒、完全に止まる。
【パーティチャット】レオン:……は?
【パーティチャット】アンナ:ギルド回してるし
【パーティチャット】アンナ:あの状況、立て直したのレオンだし
【パーティチャット】アンナ:ちゃんとできてるじゃん
また、沈黙。
今度は、さっきより長い。
【パーティチャット】レオン:……そんなこと
【パーティチャット】レオン:言われたことない
少しだけ、胸が締まる。
【パーティチャット】アンナ:じゃあ、あたしが言っとく
【パーティチャット】アンナ:ちゃんとやってるよ
しばらくして、ようやく返ってくる。
【パーティチャット】レオン:……なんか
【パーティチャット】レオン:変な感じ
【パーティチャット】アンナ:でしょ
【パーティチャット】レオン:……まあ
【パーティチャット】レオン:ちょっとだけ楽
その一文を見て、少しだけ安心する。
【パーティチャット】アンナ:よかった
【パーティチャット】レオン:……アンナ
【パーティチャット】アンナ:なに
【パーティチャット】レオン:明日もログインするよね?
一瞬、指が止まる。
【パーティチャット】アンナ:うん
【パーティチャット】アンナ:もちろん行くよ
【パーティチャット】レオン:……そっか
それだけだった。
でも、それで十分だった。
ログアウト。
UIが消え、音が消え、青い光だけが暗い部屋に残る。
現実に戻ってきたはずなのに、まだ向こうの空気が胸の中に残っていた。
翌日。
教室。
早和子は、いつも通り暗い雰囲気だった。
前髪の奥に隠れた横顔。
机に置かれた教科書。
何も変わらないように見える。
放課後、クラスのみんなはもう誰も残っていない。
今日も一日、終わろうとしていた。
でも、僕はこのまま終わらせたくなかった。
早和子が立ち上がりカバンを手に取ろうとしたとき話しかけた。
「澤田、ちょっといいかな」
早和子が振り向く。
少しだけ驚いたような顔。
「……なに」
いつもより、反応が早い。
「あのさ…」
言葉を探す。
うまく繋がらない。
「昨日、ちょっと考えてて」
「なにを」
「いや、その……」
一瞬迷ってから、続ける。
「お前、結構無理してるよな」
早和子の指が止まる。
「……は?」
「なんか、いつも急かされてる感じっていうか」
「意味わかんない」
いつもの返し。
でも、完全に拒絶してるわけじゃない。
「いや、なんとなくさ」
視線を逸らしながら続ける。
「ちゃんとやらなきゃいけないみたいな」
そこで、早和子がゆっくり顔を上げる。
前髪の隙間から、まっすぐこっちを見る。
「……なんで」
「え?」
「なんで、そんなこと言うの」
嫌な感覚が走る。
でも、止まらない。
「ちゃんとできて当たり前って言われてる感じっていうか」
言ってしまった。
「できてないとこだけ見られると、きついよな」
完全に、同じだった。
教室の音が、急に遠くなる。
早和子の表情が止まる。
じっと、こっちを見ている。
「……なんで知ってるの」
声は小さい。
でも、逃げられない。
僕は言葉を失う。
何か言おうとして、何も出てこない。
その沈黙で、全部伝わってしまった。
早和子が俯く。
肩が小さく震える。
ぽたり、と机に雫が落ちた。
僕は、そこでやっと理解する。
バレた。
「……アンナ、なの?」
小さな声。
責める響きじゃない。
ただ、確かめるような声。
僕は何も言えない。
「なんで」
もう一度。
「なんで、だまってたの?」
泣いている。
でも、それは怒りじゃない。
戸惑いと、安心と、いろんなものが混ざった泣き方だった。
「ごめん」
やっと出た言葉は、それだけだった。
早和子は首を振る。
「違うし……」
涙を拭いながら、続ける。
「そうじゃなくて……」
言葉が詰まる。
「ずっと助けてくれたの、アンナだったし……」
胸が締め付けられる。
僕は、何もできないまま立っている。
早和子は少しだけ息を整えて、それから顔を上げた。
目は赤い。
でも、ちゃんとこっちを見ている。
「……最悪」
「ごめん」
「ほんと意味わかんないし」
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
僕は少しだけ迷ってから、言う。
「……今夜も、ログインするよ」
早和子が一瞬だけ目を見開く。
それから、小さく頷いた。
「……うん」
それから少し経ってからのこと。
ブラックチャペルの残ったメンバーで、小さなオフ会が開かれた。
場所は駅前のカフェ。
集まったのは、レオン、アンナ、グレイと、残ったメンバー数人の予定
クロムはいない。
別のギルドを作ったらしいと、誰かが言っていた。
待ち合わせの時間。
店に入ってしばらくして、最後に現れた人を見て、僕は思わず固まった。
「えっ」
スーツ姿の女性、美人のキャリアウーマンという感じだ。
二十代後半くらい。
明るくて、よく笑いそうな顔。
その人は僕たちを見るなり、にやっと笑った。
「はいはーい、お待たせ」
早和子も、隣で同じように固まっていた。
「え、女の人……誰?」
「失礼だなー、グレイよ!」
「えぇー!」
グレイは笑って椅子を引き、当然みたいな顔で座る。
「で」
いきなり、僕と早和子を交互に見た。
「レオン、あんたでしょ?」
早和子が目を見開く。
「で、アンナはそっち」
今度は僕を指さす。
言い当てられて、思わず言葉を失う。
グレイは満足そうに頷いた。
「やっぱりね」
「なんで分かるんですか……」
僕が聞くと、グレイは肩をすくめた。
「なんとなく。若いし、距離感おかしかったし」
それから、にやにやしながら続ける。
「で?」
「は?」
「二人、付き合うことにしたの?」
ぶっと吹きそうになった。
「ち、違っ……」
反射的にそう言いかけて、止まる。
隣を見る。
早和子は顔を真っ赤にしていた。
「……うるさいし」
でも、否定はしない。
グレイはそれを見て、楽しそうに笑った。
「はいはい、若いねぇ」
その言葉に、僕もつられて少し笑ってしまった。
早和子も、小さくため息をつく。
でも、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
最初に教室で見た、遠くて薄い存在感の女の子とは違う。
ちゃんと、ここにいる。
ゲームの中でも。
現実の中でも。
仮面の向こう側にいたその人は、思っていたよりずっと、不器用で、真面目で、優しかった。
そして、たぶん。
これからも、何かあるたびに「……別に」とか言いながら、少しずつ笑うんだと思う。
僕はカップを持ち上げて、向かいに座る早和子を見た。
早和子は視線に気づいて、少しだけ眉をひそめる。
「……何?」
「別に」
そう返すと、早和子は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。
その顔を見て、僕も笑う。
まあ。
明日も、たぶんログインする。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回で「ネトゲの暴言ギルマスがクラスの陰キャ女子だと僕だけが気づいてしまった」は最終回となります。
この作品はいつか書いてみたいと思っていたリアルなMMORPGこと、オンラインゲーム、いわゆるネトゲのお話を形にしてみました。
ネトゲのような作品は数多くありますよね、フルダイブでデスゲームとか、主人公のキャラだけがすっごい能力を持っているとか。
そういうのではなく、本物のネトゲの空気感や、本当におきるネトゲあるあるをふんだんに入れた作品。
実際にプレイしたことがない方も、今プレイされている方も楽しめる作品になっていたらいいなと思います。
みんなが遊んでいるネトゲと地続きの物語。
みんなの周りにもこんなプレイヤーさんがいるかもしれませ、勇気を持って話しかけてみたらこんなドラマが本当におきちゃうかも?
お付き合い、ありがとうございました!




