第四章「仮面の理由」
第四章です。
早和子の真相に少しずつ迫り始める亮平。
画面の向こうで交わされる、もう一つの駆け引き。
そしてブラックチャペルでは、クロムが指揮を執るレイドが始まろうとしています。
この戦いが、何を引き起こすのか――。
今回は、レイド開始前の緊張感と、それぞれの思惑が交錯する章です。
ネトゲものではなかなか見られない、実際にゲームをしている挿絵も入れてみました。
楽しんでいただければ嬉しいです。
翌朝。
教室に入ると、早和子はすでに席に座っていた。
頬杖はついていない。
でも、いつものように前髪の奥へ視線を落としている。
昨日よりは少しだけ柔らかくなったと思ったのに、今日はまた壁を作っているように見えた。
いや、違うか。
壁が消えたわけじゃない。
でも、少しづつ壁が脆くなってきている。
そこを、僕は見てしまった。
だから、もう前みたいに無関心ではいられなくなっていた。
席に鞄を置いて、僕はそのまま早和子の机の横に立った。
「なぁ、澤田」
早和子の肩が、ほんの少しだけ揺れる。
「……何?」
昨日よりは、反応が早い。
それだけで、なんとなく安心してしまう自分がいた。
「一つ聞いていい?」
「……やだ」
即答だった。
僕は思わず少し笑ってしまう。
「まだ何も言ってないだろ」
「じゃあ、なにがききたいのさ?」
顔は上げない。
でも、会話を切ろうとしているわけでもない。
それが少し不思議だった。
「お前ん家ってさ、そんなに厳しいの?」
言った瞬間、早和子の指が止まった。
空気が変わる。
さっきまでのやりとりとは違う、張りつめた沈黙。
「……は? なんで?」
低い声だった。
怒っている、というより、警戒している。
「なんとなく」
「なんとなくで、そんなこと聞くの?」
「いや……」
うまく言葉が続かない。
「なんかさ」
僕は視線を逸らしながら続けた。
「いつも、急かされてるみたいに見える時あるし」
早和子は、ゆっくり顔を上げた。
前髪の隙間からのぞく目が、少しだけ鋭い。
「……意味わかんない」
「ごめん」
「ほんっとに意味わかんない」
それだけ言って、早和子は教科書を開いた。
話は終わり。
そういう態度だった。
でも僕には分かった。
今のは、図星に近い。
ただの雑談なら、もっと冷たく流されていた。
亮平は小さく息を吐いた。
――やっぱり、こっちじゃ無理か。
教室で、澤田早和子に聞くには限界がある。
でも、ゲームの中なら。
レオンなら。
あいつは、少しずつ自分から話し始めている気がする。
チャイムが鳴る。
僕は自分の席に戻りながら、ぼんやりとそう考えていた。
その夜。
PCを起動し、GEワールドにログインする。
白い光の中からアンナが現れる。
ギルドチャットには、すでに見慣れた名前が並んでいた。
【ブラックチャペル】グレイ:今日はどうする?期間限定レイドまでまだ時間あるぞ
【ブラックチャペル】クロム:また暇かよ
【ブラックチャペル】レオン:うるせぇな
いつもの空気。
でも、以前より少しだけ違う。
少なくとも、僕にとってはそうだった。
レオンの短い言葉の裏に、前よりも意味を探してしまうようになっている。
そして、たぶん向こうも。
【ブラックチャペル】アンナ:レオン
【ブラックチャペル】レオン:ん、何?
【ブラックチャペル】アンナ:今日はどこ行く?
【ブラックチャペル】レオン:別に決めてない
【ブラックチャペル】アンナ:じゃあ時間まで一緒にジャンクあさり行かない?
【ブラックチャペル】レオン:……まぁ、いいけど
返事が来るまでの沈黙が、以前より短い。
それだけで少しだけ、関係が変わっているのが分かった。
転送。
今日は廃棄工場エリアだった。
戦闘より探索向きのマップ。
敵はそこそこいるが、戦闘ミッションほどではない。
瓦礫だらけの通路を、アンナとレオンが並んで進む。
レオンはいつも通り、少し前を歩く。
でも、前みたいに置いていくような速さじゃない。
【パーティチャット】レオン:なぁ、お前さ
【パーティチャット】アンナ:ん?
【パーティチャット】レオン:今日変じゃね?
少しだけ心臓が跳ねる。
【パーティチャット】アンナ:どっちが
【パーティチャット】レオン:お前
【パーティチャット】アンナ:えっ、そう?
【パーティチャット】レオン:なんか考えてる感じっつーか
画面の向こうで少し笑う。
こっちの様子を見ていたのは、僕だけじゃなかったらしい。
【パーティチャット】アンナ:レオンに言われたくないな
【パーティチャット】レオン:は?
【パーティチャット】アンナ:そっちこそ、最近変だし
レオンは少し沈黙した。
それから、目の前のドローンを二丁拳銃で一気に撃ち抜く。
無駄がない。
ショットガンでもないのに、飛んでいるドローンを正確に射抜く。
やっぱりうまい。
【パーティチャット】レオン:……別に
【パーティチャット】アンナ:最近元気ないってグレイも言ってた
【パーティチャット】レオン:あいつ余計なことしか言わねぇな
【パーティチャット】アンナ:それはそうだけど
少しだけ間が空いて、レオンから意外な一言が来た。
【パーティチャット】レオン:アンナさ
【パーティチャット】アンナ:なに?
【パーティチャット】レオン:なんでそんな余裕なの?
また、その質問だった。
【パーティチャット】アンナ:余裕に見える?
【パーティチャット】レオン:見える
【パーティチャット】アンナ:別に余裕じゃないよ
【パーティチャット】レオン:は?
僕は少し考えてから、できるだけ軽く打った。
【パーティチャット】アンナ:あたしも結構ダメだし
【パーティチャット】レオン:どこが
【パーティチャット】アンナ:勉強とかめんどいし
【パーティチャット】レオン:そうだけどさ
【パーティチャット】アンナ:親にもたまに怒られるよ
【パーティチャット】レオン:……
少し、沈黙。
【パーティチャット】アンナ:ゲームくらい楽しくやりたいじゃん
【パーティチャット】レオン:……まあな
それだけだった。
でも、その「まあな」は今までで一番まっすぐな返事だった。
工場跡の屋上に出る。
視界が開けて、遠くの廃墟が見えた。
レオンはフェンスに寄りかかる。
アンナも、少し離れたところで立ち止まる。
【パーティチャット】アンナ:リアルでそんなに嫌なことあるの?
【パーティチャット】レオン:ある
【パーティチャット】アンナ:学校?
【パーティチャット】レオン:それもあるけど
【パーティチャット】アンナ:それ“も”ってことは他にも?
また少し、長い沈黙。
チャットのカーソルが点滅するのを見ながら、僕は待った。
【パーティチャット】レオン:……家とか
【パーティチャット】アンナ:家?
【パーティチャット】レオン:別に大したことじゃないけど
【パーティチャット】アンナ:うん
【パーティチャット】レオン:ちゃんとできるのが当たり前っていう空気?
【パーティチャット】レオン:できてないとこだけ指摘されるっていうか
【パーティチャット】レオン:そういうの、だるいんだよ
そこで止まる。
でも、それだけで十分だった。
ちゃんとしていて当たり前。
できなければダメ。
できているところは褒められない……
それがずっと続いてきたのだとしたら。
レオンが、強さに固執する理由も。
ミスを許せない理由も。
なんとなく分かってしまう。
【パーティチャット】アンナ:そっか
【パーティチャット】レオン:軽いな
【パーティチャット】アンナ:いや、重いのは分かるよ
【パーティチャット】レオン:……あぁ
【パーティチャット】アンナ:ただ、ずっとそれだと疲れるでしょ?
【パーティチャット】レオン:疲れてる
【パーティチャット】アンナ:だろうね
レオンはしばらく何も返さなかった。
その代わり、近くに湧いた敵を撃ち落とす。
いつも通り、速い。
だけど今日は、ただ速いだけじゃなくて、少し荒れて見えた。
そこへ転送エフェクト。
グレイだった。
【ブラックチャペル】グレイ:あれ、また一緒?
【ブラックチャペル】レオン:うるせぇ
【ブラックチャペル】グレイ:仲良しだねぇ
【ブラックチャペル】アンナ:暇だったから
【ブラックチャペル】グレイ:はいはい
グレイは少し離れた場所に腰掛け、二人を見比べる。
【ブラックチャペル】グレイ:なぁ、ギルマスさ
【ブラックチャペル】レオン:何?
【ブラックチャペル】グレイ:アンナのこと信頼してるよね
【ブラックチャペル】レオン:は?
【ブラックチャペル】グレイ:そう見えるけど?
【ブラックチャペル】レオン:別に
【ブラックチャペル】グレイ:ふーん
その「ふーん」に、妙な含みがある。
でもレオンは深追いしなかった。
たぶん、したくなかったんだと思う。
そのとき、ギルドチャットにクロムの名前が流れた。
【ブラックチャペル】クロム:最近さ
【ブラックチャペル】クロム:ギルドつまんねーんだけど
嫌な空気が走る。
【ブラックチャペル】レオン:嫌なら抜けろよ
【ブラックチャペル】クロム:そういうとこだよ
【ブラックチャペル】レオン:何が?
【ブラックチャペル】クロム:俺ら楽しめないっていうかさ
【ブラックチャペル】クロム:前の方がマシだった
【ブラックチャペル】レオン:は?
グレイが小さくため息をつく。
僕はチャット欄から目を離せなかった。
【ブラックチャペル】クロム:アンナのせいじゃね?
【ブラックチャペル】アンナ:……え、なんで?
【ブラックチャペル】クロム:最近ずっと一緒じゃん
【ブラックチャペル】クロム:寄生してるだけだろ
その瞬間、レオンの返事は驚くほど速かった。
【ブラックチャペル】レオン:クロム
【ブラックチャペル】クロム:何だよ?
【ブラックチャペル】レオン:黙れ
【ブラックチャペル】クロム:は?
【ブラックチャペル】レオン:アンナは、俺より役に立ってる
数秒、チャットが止まった。
僕まで固まっていた。
レオンが、庇った。
あんなに露骨に。
【ブラックチャペル】クロム:……マジで言ってんの?
【ブラックチャペル】レオン:言ってる
【ブラックチャペル】クロム:じゃあさ
【ブラックチャペル】クロム:このあとのレイド、俺が仕切るわ
【ブラックチャペル】レオン:は?
【ブラックチャペル】クロム:下層レジスタンスのレイドだろ?
少し間があったあと、クロムが続けた。
【ブラックチャペル】クロム:ギルマス様より上手くやれるか見せてやるよ
その一言で、チャットが静かになった。
グレイが、少し楽しそうに書き込む。
【ブラックチャペル】グレイ:ほぉ
【ブラックチャペル】クロム:文句ある?
【ブラックチャペル】グレイ:いや別に、面白そうじゃん
僕はモニターを見ながら、レオンの反応を待った。
少し沈黙が続く。
そして。
【ブラックチャペル】レオン:……いいよ、やってみろよ
【ブラックチャペル】クロム:ビビってんなら来なくていいぞ
【ブラックチャペル】レオン:そっちこそな
グレイが間に入る。
【ブラックチャペル】グレイ:はいはい、そこまで
【ブラックチャペル】クロム:うるさい
【ブラックチャペル】レオン:黙ってろ
アンナも打つ。
【ブラックチャペル】アンナ:やめなよ二人とも
【ブラックチャペル】クロム:アンナは黙ってて
【ブラックチャペル】レオン:黙るのはお前だろ
空気が最悪になる。
ギルドチャットの文字が、ただの文字じゃなくて火花みたいに見えた。
そして。
【ブラックチャペル】クロム:じゃ決まりな
微妙な空気のまま、期間限定レイドの時間になった。
このミッションは、下層武装レジスタンスと正面衝突する、かなり難しい内容だった。
かなり強いボスを中心に、下層の身体強化された兵たちが一気に押し寄せてくる。撃ってくる。
要するに、力押ししてくるわけだ。
雑魚ですら正面から撃って倒せる相手ではなく、的確に指示し、包囲して個別撃破していくしかない。
【ブラックチャペル】クロム:俺が部屋立てる
次の瞬間、システムログが流れた。
【SYSTEM】クロムがレイドクエストを開始しました
【SYSTEM】パーティメンバーを募集しています
【ブラックチャペル】レオン:行くぞ
その言葉は、怒りというより決意に近かった。
でも、その奥にあるものは、たぶん怒りだけじゃない。
意地。
不安。
焦り。
いろんなものが混ざっている。
僕はしばらく考えてから、一行だけ返した。
【ブラックチャペル】アンナ:うん、行くよ
レイドクエストは、八人用。
ギルドメンバーが一人、また一人と部屋に入ってくる。
【SYSTEM】パーティに参加しました
【SYSTEM】パーティに参加しました
そして。
気づけば、八人。
全員そろっていた。
レイドゲートの前。
地下施設へ続く巨大な隔壁。
赤い警告灯がゆっくり回っている。
その向こうには――
下層レジスタンスどもが、大勢待ち構えている。
【ブラックチャペル】クロム:よし
【ブラックチャペル】クロム:みんな俺の指示で動けよ
【ブラックチャペル】レオン:……はいはい
【ブラックチャペル】クロム:文句あんの?
【ブラックチャペル】レオン:別に
【ブラックチャペル】レオン:任せるって言ったろ
クロムのキャラが、レイドゲートの前に立つ。
その背中は、どこか得意げだった。
たぶん。
ずっとやりたかったんだろう。
ギルマスじゃなくても。
自分が中心になれる瞬間を。
クロムが、チャットを打ち込む。
【ブラックチャペル】クロム:行くぞ
レイドゲートが、ゆっくりと開いた。
地下要塞の奥から、赤い警告灯が漏れてくる。
その先には、レジスタンス部隊。
そして――
部下を引き連れた指揮官。
僕はマウスを握り直した。
クロム。
レオン。
そして、このレイド。
たぶん――
何かが起きる。
そんな予感がしていた。
【ブラックチャペル】クロム:突入
八人のキャラクターが、ゲートをくぐる。
その瞬間。
画面が暗転した。
第四章を読んでいただきありがとうございます。
今回のレイドは、よくある「巨大ボス戦」ではなく、
集団戦術を仕掛けてくる敵との戦闘という設定にしてみました。
MMOでよくある
「HPの多いボスをみんなで殴るだけ」ではなく、
・敵も部隊として動く
・指揮によって戦況が変わる
という形のレイドがあったら面白いかなと思っています。
次の第五章では、いよいよ戦闘が本格的に始まります。
クロムの指揮、レオンの動き、ブラックチャペルの戦いがどうなるのか。
そして早和子の秘密があきらかになります。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。




