表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

第四章「仮面の理由」

第四章です。


早和子の真相に少しずつ迫り始める亮平。

画面の向こうで交わされる、もう一つの駆け引き。


そしてブラックチャペルでは、クロムが指揮を執るレイドが始まろうとしています。

この戦いが、何を引き起こすのか――。


今回は、レイド開始前の緊張感と、それぞれの思惑が交錯する章です。

ネトゲものではなかなか見られない、実際にゲームをしている挿絵も入れてみました。


楽しんでいただければ嬉しいです。

 翌朝。


 教室に入ると、早和子はすでに席に座っていた。


 頬杖はついていない。

 でも、いつものように前髪の奥へ視線を落としている。


 昨日よりは少しだけ柔らかくなったと思ったのに、今日はまた壁を作っているように見えた。


 いや、違うか。


 壁が消えたわけじゃない。

 でも、少しづつ壁が脆くなってきている。


 そこを、僕は見てしまった。


 だから、もう前みたいに無関心ではいられなくなっていた。


 席に鞄を置いて、僕はそのまま早和子の机の横に立った。


「なぁ、澤田」


 早和子の肩が、ほんの少しだけ揺れる。


「……何?」


 昨日よりは、反応が早い。


 それだけで、なんとなく安心してしまう自分がいた。


「一つ聞いていい?」


「……やだ」


 即答だった。


 僕は思わず少し笑ってしまう。


「まだ何も言ってないだろ」


「じゃあ、なにがききたいのさ?」


 顔は上げない。


 でも、会話を切ろうとしているわけでもない。


 それが少し不思議だった。


「お前ん家ってさ、そんなに厳しいの?」


 言った瞬間、早和子の指が止まった。


 空気が変わる。


 さっきまでのやりとりとは違う、張りつめた沈黙。


「……は? なんで?」


 低い声だった。


 怒っている、というより、警戒している。


「なんとなく」


「なんとなくで、そんなこと聞くの?」


「いや……」


 うまく言葉が続かない。


「なんかさ」


 僕は視線を逸らしながら続けた。


「いつも、急かされてるみたいに見える時あるし」


 早和子は、ゆっくり顔を上げた。


 前髪の隙間からのぞく目が、少しだけ鋭い。


「……意味わかんない」


「ごめん」


「ほんっとに意味わかんない」


 それだけ言って、早和子は教科書を開いた。


 話は終わり。


 そういう態度だった。


 でも僕には分かった。


 今のは、図星に近い。


 ただの雑談なら、もっと冷たく流されていた。


 亮平は小さく息を吐いた。


 ――やっぱり、こっちじゃ無理か。


 教室で、澤田早和子に聞くには限界がある。


 でも、ゲームの中なら。


 レオンなら。


 あいつは、少しずつ自分から話し始めている気がする。


 チャイムが鳴る。


 僕は自分の席に戻りながら、ぼんやりとそう考えていた。


 その夜。


 PCを起動し、GEワールドにログインする。


 白い光の中からアンナが現れる。


 ギルドチャットには、すでに見慣れた名前が並んでいた。


【ブラックチャペル】グレイ:今日はどうする?期間限定レイドまでまだ時間あるぞ

【ブラックチャペル】クロム:また暇かよ

【ブラックチャペル】レオン:うるせぇな


 いつもの空気。


 でも、以前より少しだけ違う。


 少なくとも、僕にとってはそうだった。


 レオンの短い言葉の裏に、前よりも意味を探してしまうようになっている。


 そして、たぶん向こうも。


【ブラックチャペル】アンナ:レオン

【ブラックチャペル】レオン:ん、何?


【ブラックチャペル】アンナ:今日はどこ行く?

【ブラックチャペル】レオン:別に決めてない

【ブラックチャペル】アンナ:じゃあ時間まで一緒にジャンクあさり行かない?

【ブラックチャペル】レオン:……まぁ、いいけど


 返事が来るまでの沈黙が、以前より短い。


 それだけで少しだけ、関係が変わっているのが分かった。


 転送。


 今日は廃棄工場エリアだった。


 戦闘より探索向きのマップ。

 敵はそこそこいるが、戦闘ミッションほどではない。


 瓦礫だらけの通路を、アンナとレオンが並んで進む。


 レオンはいつも通り、少し前を歩く。


 でも、前みたいに置いていくような速さじゃない。


【パーティチャット】レオン:なぁ、お前さ

【パーティチャット】アンナ:ん?

【パーティチャット】レオン:今日変じゃね?


 少しだけ心臓が跳ねる。


【パーティチャット】アンナ:どっちが

【パーティチャット】レオン:お前

【パーティチャット】アンナ:えっ、そう?

【パーティチャット】レオン:なんか考えてる感じっつーか


 画面の向こうで少し笑う。


 こっちの様子を見ていたのは、僕だけじゃなかったらしい。


挿絵(By みてみん)


【パーティチャット】アンナ:レオンに言われたくないな

【パーティチャット】レオン:は?

【パーティチャット】アンナ:そっちこそ、最近変だし


 レオンは少し沈黙した。


 それから、目の前のドローンを二丁拳銃で一気に撃ち抜く。


 無駄がない。


 ショットガンでもないのに、飛んでいるドローンを正確に射抜く。

 やっぱりうまい。


【パーティチャット】レオン:……別に

【パーティチャット】アンナ:最近元気ないってグレイも言ってた

【パーティチャット】レオン:あいつ余計なことしか言わねぇな

【パーティチャット】アンナ:それはそうだけど


 少しだけ間が空いて、レオンから意外な一言が来た。


【パーティチャット】レオン:アンナさ

【パーティチャット】アンナ:なに?

【パーティチャット】レオン:なんでそんな余裕なの?


 また、その質問だった。


【パーティチャット】アンナ:余裕に見える?

【パーティチャット】レオン:見える

【パーティチャット】アンナ:別に余裕じゃないよ

【パーティチャット】レオン:は?


 僕は少し考えてから、できるだけ軽く打った。


【パーティチャット】アンナ:あたしも結構ダメだし

【パーティチャット】レオン:どこが

【パーティチャット】アンナ:勉強とかめんどいし

【パーティチャット】レオン:そうだけどさ

【パーティチャット】アンナ:親にもたまに怒られるよ

【パーティチャット】レオン:……


 少し、沈黙。


【パーティチャット】アンナ:ゲームくらい楽しくやりたいじゃん

【パーティチャット】レオン:……まあな


 それだけだった。


 でも、その「まあな」は今までで一番まっすぐな返事だった。

 

  工場跡の屋上に出る。


 視界が開けて、遠くの廃墟が見えた。


 レオンはフェンスに寄りかかる。


 アンナも、少し離れたところで立ち止まる。


【パーティチャット】アンナ:リアルでそんなに嫌なことあるの?

【パーティチャット】レオン:ある

【パーティチャット】アンナ:学校?

【パーティチャット】レオン:それもあるけど

【パーティチャット】アンナ:それ“も”ってことは他にも?


 また少し、長い沈黙。


 チャットのカーソルが点滅するのを見ながら、僕は待った。


【パーティチャット】レオン:……家とか

【パーティチャット】アンナ:家?

【パーティチャット】レオン:別に大したことじゃないけど

【パーティチャット】アンナ:うん

【パーティチャット】レオン:ちゃんとできるのが当たり前っていう空気?

【パーティチャット】レオン:できてないとこだけ指摘されるっていうか

【パーティチャット】レオン:そういうの、だるいんだよ


 そこで止まる。


 でも、それだけで十分だった。


 ちゃんとしていて当たり前。

 できなければダメ。

 できているところは褒められない……


 それがずっと続いてきたのだとしたら。


 レオンが、強さに固執する理由も。

 ミスを許せない理由も。


 なんとなく分かってしまう。


【パーティチャット】アンナ:そっか

【パーティチャット】レオン:軽いな

【パーティチャット】アンナ:いや、重いのは分かるよ

【パーティチャット】レオン:……あぁ

【パーティチャット】アンナ:ただ、ずっとそれだと疲れるでしょ?

【パーティチャット】レオン:疲れてる

【パーティチャット】アンナ:だろうね


 レオンはしばらく何も返さなかった。


 その代わり、近くに湧いた敵を撃ち落とす。


 いつも通り、速い。


 だけど今日は、ただ速いだけじゃなくて、少し荒れて見えた。


 そこへ転送エフェクト。


 グレイだった。


【ブラックチャペル】グレイ:あれ、また一緒?

【ブラックチャペル】レオン:うるせぇ

【ブラックチャペル】グレイ:仲良しだねぇ

【ブラックチャペル】アンナ:暇だったから

【ブラックチャペル】グレイ:はいはい


 グレイは少し離れた場所に腰掛け、二人を見比べる。


【ブラックチャペル】グレイ:なぁ、ギルマスさ

【ブラックチャペル】レオン:何?

【ブラックチャペル】グレイ:アンナのこと信頼してるよね

【ブラックチャペル】レオン:は?

【ブラックチャペル】グレイ:そう見えるけど?

【ブラックチャペル】レオン:別に

【ブラックチャペル】グレイ:ふーん


 その「ふーん」に、妙な含みがある。


 でもレオンは深追いしなかった。


 たぶん、したくなかったんだと思う。


 そのとき、ギルドチャットにクロムの名前が流れた。


【ブラックチャペル】クロム:最近さ

【ブラックチャペル】クロム:ギルドつまんねーんだけど


 嫌な空気が走る。


【ブラックチャペル】レオン:嫌なら抜けろよ

【ブラックチャペル】クロム:そういうとこだよ

【ブラックチャペル】レオン:何が?

【ブラックチャペル】クロム:俺ら楽しめないっていうかさ

【ブラックチャペル】クロム:前の方がマシだった

【ブラックチャペル】レオン:は?


 グレイが小さくため息をつく。


 僕はチャット欄から目を離せなかった。


【ブラックチャペル】クロム:アンナのせいじゃね?

【ブラックチャペル】アンナ:……え、なんで?

【ブラックチャペル】クロム:最近ずっと一緒じゃん

【ブラックチャペル】クロム:寄生してるだけだろ


 その瞬間、レオンの返事は驚くほど速かった。


【ブラックチャペル】レオン:クロム

【ブラックチャペル】クロム:何だよ?

【ブラックチャペル】レオン:黙れ

【ブラックチャペル】クロム:は?

【ブラックチャペル】レオン:アンナは、俺より役に立ってる


 数秒、チャットが止まった。


 僕まで固まっていた。


 レオンが、庇った。


 あんなに露骨に。


【ブラックチャペル】クロム:……マジで言ってんの?

【ブラックチャペル】レオン:言ってる

【ブラックチャペル】クロム:じゃあさ

【ブラックチャペル】クロム:このあとのレイド、俺が仕切るわ

【ブラックチャペル】レオン:は?

【ブラックチャペル】クロム:下層レジスタンスのレイドだろ?


 少し間があったあと、クロムが続けた。


【ブラックチャペル】クロム:ギルマス様より上手くやれるか見せてやるよ


 その一言で、チャットが静かになった。


 グレイが、少し楽しそうに書き込む。


【ブラックチャペル】グレイ:ほぉ


【ブラックチャペル】クロム:文句ある?

【ブラックチャペル】グレイ:いや別に、面白そうじゃん


 僕はモニターを見ながら、レオンの反応を待った。


 少し沈黙が続く。


 そして。


【ブラックチャペル】レオン:……いいよ、やってみろよ


【ブラックチャペル】クロム:ビビってんなら来なくていいぞ

【ブラックチャペル】レオン:そっちこそな


 グレイが間に入る。


【ブラックチャペル】グレイ:はいはい、そこまで

【ブラックチャペル】クロム:うるさい

【ブラックチャペル】レオン:黙ってろ


 アンナも打つ。


【ブラックチャペル】アンナ:やめなよ二人とも

【ブラックチャペル】クロム:アンナは黙ってて

【ブラックチャペル】レオン:黙るのはお前だろ


 空気が最悪になる。


 ギルドチャットの文字が、ただの文字じゃなくて火花みたいに見えた。


 そして。


【ブラックチャペル】クロム:じゃ決まりな


 微妙な空気のまま、期間限定レイドの時間になった。


 このミッションは、下層武装レジスタンスと正面衝突する、かなり難しい内容だった。


 かなり強いボスを中心に、下層の身体強化された兵たちが一気に押し寄せてくる。撃ってくる。


 要するに、力押ししてくるわけだ。


 雑魚ですら正面から撃って倒せる相手ではなく、的確に指示し、包囲して個別撃破していくしかない。


【ブラックチャペル】クロム:俺が部屋立てる


 次の瞬間、システムログが流れた。


【SYSTEM】クロムがレイドクエストを開始しました

【SYSTEM】パーティメンバーを募集しています


【ブラックチャペル】レオン:行くぞ


 その言葉は、怒りというより決意に近かった。


 でも、その奥にあるものは、たぶん怒りだけじゃない。


 意地。

 不安。

 焦り。


 いろんなものが混ざっている。


 僕はしばらく考えてから、一行だけ返した。


【ブラックチャペル】アンナ:うん、行くよ


 レイドクエストは、八人用。


 ギルドメンバーが一人、また一人と部屋に入ってくる。


【SYSTEM】パーティに参加しました

【SYSTEM】パーティに参加しました


 そして。


 気づけば、八人。


 全員そろっていた。


 レイドゲートの前。


 地下施設へ続く巨大な隔壁。


 赤い警告灯がゆっくり回っている。


 その向こうには――


 下層レジスタンスどもが、大勢待ち構えている。


【ブラックチャペル】クロム:よし


【ブラックチャペル】クロム:みんな俺の指示で動けよ


【ブラックチャペル】レオン:……はいはい


【ブラックチャペル】クロム:文句あんの?


【ブラックチャペル】レオン:別に


【ブラックチャペル】レオン:任せるって言ったろ


 クロムのキャラが、レイドゲートの前に立つ。


 その背中は、どこか得意げだった。


 たぶん。


 ずっとやりたかったんだろう。


 ギルマスじゃなくても。


 自分が中心になれる瞬間を。


 クロムが、チャットを打ち込む。


【ブラックチャペル】クロム:行くぞ


 レイドゲートが、ゆっくりと開いた。


挿絵(By みてみん)


 地下要塞の奥から、赤い警告灯が漏れてくる。


 その先には、レジスタンス部隊。


 そして――


 部下を引き連れた指揮官。


 僕はマウスを握り直した。


 クロム。


 レオン。


 そして、このレイド。


 たぶん――


 何かが起きる。


 そんな予感がしていた。


【ブラックチャペル】クロム:突入


 八人のキャラクターが、ゲートをくぐる。


 その瞬間。


 画面が暗転した。

 

第四章を読んでいただきありがとうございます。


今回のレイドは、よくある「巨大ボス戦」ではなく、

集団戦術を仕掛けてくる敵との戦闘という設定にしてみました。


MMOでよくある

「HPの多いボスをみんなで殴るだけ」ではなく、


・敵も部隊として動く

・指揮によって戦況が変わる


という形のレイドがあったら面白いかなと思っています。


次の第五章では、いよいよ戦闘が本格的に始まります。

クロムの指揮、レオンの動き、ブラックチャペルの戦いがどうなるのか。


そして早和子の秘密があきらかになります。


引き続き読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ