第三章「仮面の向こう側」
第三章です。
今回は、
現実の教室とゲームの中、
二つの世界が少しだけ近づき始める回になります。
ゲームの中では気軽に話せるのに、
現実ではなかなか素直に話せない。
オンラインゲームをやっていると、
そんな距離感の関係って意外とありますよね。
今回はそんな雰囲気を少し書いてみました。
また、作中シーンをイメージした挿絵も入れています。
三人の関係性が少し見えてくる場面なので、
よければそちらも楽しんでもらえたら嬉しいです。
それでは、第三章
「仮面の向こう側」
よろしくお願いします。
迎撃ミッションの翌日、教室はいつもより静かに感じた。
昼休みが終わり、まだチャイムが鳴る前の時間。
窓から入る光が、机の上に斜めに落ちている。
その光の中で、澤田早和子は頬杖をついてぼんやりしていた。
前髪の奥で、どこか遠くを見ている。
俯いているわけでもなく、ただ遠くを見ているみたいに、どこか焦点が合っていない。
……何かあったのか。
いや、たぶん違う。
何かがあったというより、何かをずっと考えている顔だ。
「澤田?」
声をかける。
反応がない。
「……澤田?」
もう一度呼ぶと、肩が小さく揺れた。
「あ……」
ワンテンポ遅れて、顔を上げる。
目が少し驚いている。
まるで今やっと、教室に戻ってきたみたいな顔だ。
「何かあった?」
一瞬、迷う。
ほんの少し唇が動く。
「……別に」
小さく答える。
でも昨日より、声の温度は柔らかい気がした。
僕は少し迷ってから、机に半分腰掛けた。
「あのさ……」
早和子はチラッとこちらを見る。
「澤田さんってゲームとか、やってる?」
「……は?」
その反応は、ほとんど反射だった。
でも、驚き方が微妙に大きい。
「いや、なんとなく」
「やってない」
即答。
間髪入れない。
でも僕は肩をすくめる。
「そうなんだ」
少し間を置く。
「ネトゲってあるじゃん?」
早和子の指が、机の上で一瞬止まった。
「それにギルドっていう、
プレイヤー同士のチーム機能があって、
ギルドマスターが一番大変らしいね」
「……だからなに?」
「しかも前に出すぎる人とかもいて」
僕は続ける。
「火力は高いんだけど、引き際がないやつとかね」
早和子は何も言わない。
「そういう人ってさ、強いけど、
周りは大変だと思わない?」
沈黙。
教室のざわめきだけが聞こえる。
やっぱり言いすぎたか、と思ったとき。
早和子が小さく呟いた。
「……別に」
「ん?」
「……いいんじゃない?
そういう人、嫌いじゃないし」
顔はこっちを見ていない。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
そのとき、チャイムが鳴った。
授業の始まりを告げる音。
早和子はすぐに姿勢を戻し、教科書を机に置く。
会話はそこで終わった。
でも、僕の頭の中には一つだけ残っていた。
――やっぱり、あいつなんじゃないか。
その夜。
夕飯を食べ終え、僕はいつものようにPCを起動した。
ログイン。
白い光が画面を満たし、アンナの姿が現れる。
ギルドチャットは、もう動いていた。
【ブラックチャペル】グレイ:今日、微妙だね
【ブラックチャペル】クロム:つまんね
【ブラックチャペル】レオン:やることないなら落ちろよ
いつもの空気だった。
イベントもない。
美味しいミッションもない。
いわゆる、何もない日。
こういう日はだいたい、ログインしてもすぐ落ちる人が多い。
僕は少し考えてから、チャットを打った。
【ブラックチャペル】アンナ:レオンさ
【ブラックチャペル】レオン:何?
【ブラックチャペル】アンナ:ジャンクでもあさりに行かない?
少し間が空いた。
【ブラックチャペル】レオン:は?
【ブラックチャペル】アンナ:暇なんでしょ?付き合ってよ。
このゲームには採取コンテンツも存在する。
最近は戦闘ミッションでも資材が手に入るので、
わざわざやる人も減ったんだけど、
装備強化にも拠点強化にも使うので貴重だ。
そしてなにより、戦闘民にとっては面倒くさいだけだ。
一人でやる人は、あまりいない。
【ブラックチャペル】レオン:……
さらに数秒。
【ブラックチャペル】レオン:……別にいいけど
そう返ってきた。
早速、二人で転送。
マップは廃棄都市エリア。
崩れたビルと瓦礫の山。
敵は弱い。
代わりに資源ポイントが多い。
いわゆる採取エリアだ。
レオンのキャラが、瓦礫の上に着地する。
背中の翼がゆっくり揺れた。
【パーティチャット】レオン:いまどき採取とか
【パーティチャット】アンナ:たまにはいいでしょ
【パーティチャット】レオン:だるい
【パーティチャット】アンナ:でも来たじゃん
レオンはしばらく返事をしなかった。
代わりに、目の前のコンテナをエネルギーカッターで開ける。
中には少量の鉄くずと、劣化したナノマシン。
【パーティチャット】レオン:お前さ
【パーティチャット】アンナ:ん?
【パーティチャット】レオン:なんでそんな落ち着いてんの
少し意外な質問だった。
【パーティチャット】アンナ:そう?
【パーティチャット】レオン:普通もっとイラつくだろ
【パーティチャット】アンナ:なんで?
レオンは少し間を置く。
【パーティチャット】レオン:……リアルとか
その言葉で、僕は少しだけ手を止めた。
【パーティチャット】アンナ:リアル?
【パーティチャット】レオン:そういうのあるだろ?
【パーティチャット】アンナ:学校とかで?
【パーティチャット】レオン:あぁ、それだけじゃなくてさ……
【パーティチャット】アンナ:授業が退屈なのはわかるけど。
【パーティチャット】レオン:勉強は嫌じゃないんだ
【パーティチャット】アンナ:赤点で補習が詰まっているとか?
【パーティチャット】レオン:馬鹿にしてんの?
【パーティチャット】アンナ:冗談だよ、逆にレオンは完璧を求めてそうだし。
【パーティチャット】レオン:そういうアンナこそ頭良さそうじゃん
【パーティチャット】アンナ:じゃあ何が不満なの?体育の授業とか?
【パーティチャット】レオン:いや、そういうのじゃなくて……
【パーティチャット】アンナ:じゃあ、どういうの?
【パーティチャット】レオン:……別に。
また誤魔化す。
でも続けて、小さくチャットが落ちた。
【パーティチャット】レオン:ムカつくこと多いだけ
それ以上は言わなかった。
僕も追及しなかった。
代わりに、資源ポイントを一つマーキングする。
【パーティチャット】アンナ:こっち
【パーティチャット】レオン:見えてる
そのとき、転送エフェクトが光った。
もう一人ログインしてきた。
【ブラックチャペル】グレイ:あれ
【ブラックチャペル】グレイ:珍しい組み合わせじゃん
【ブラックチャペル】アンナ:暇だったから
【ブラックチャペル】レオン:誘われたから、ついてきただけだし
【ブラックチャペル】グレイ:若いねぇ
【ブラックチャペル】レオン:うるせぇ
【ブラックチャペル】グレイ:怒らない怒らない
【ブラックチャペル】アンナ:グレイも一緒にやる?
【ブラックチャペル】グレイ:俺はいいよ
【ブラックチャペル】レオン:じゃあ何で来たんだよ?
グレイのキャラが、瓦礫の上に腰掛ける。
【ブラックチャペル】グレイ:ギルマス、最近元気なくない?
【ブラックチャペル】レオン:別に
【ブラックチャペル】グレイ:そう?
グレイはそれ以上言わなかった。
でも、その沈黙はどこか意味ありげだった。
そのとき、ギルドチャットが動いた。
【ブラックチャペル】クロム:お前らまだそんなことやってんの?
【ブラックチャペル】レオン:文句あるなら来いよ
【ブラックチャペル】クロム:いやだよ、面倒くさい
短い返事。
でも、そのあとに続いたログが少し気になった。
【ブラックチャペル】クロム:他のやつらはこっち来てるけどな
グレイが小さく呟く。
【ブラックチャペル】グレイ:へぇ
レオンは返事をしなかった。
ただ、目の前のドローンを撃ち落とす。
そのまま次の資源ポイントへ向かう。
僕はその背中を見ながら、少しだけ考えていた。
レオン。
澤田早和子。
まだ確信はない。
でも、もし同じ人なら。
この暴言も、この苛立ちも。
全部――
なにか理由があるんだろうか。
ムカつくことが多い。
そして学校の授業じゃない……
画面の中で、レオンが振り向く。
【ブラックチャペル】レオン:アンナ
【ブラックチャペル】アンナ:なに
【ブラックチャペル】レオン:明日も来る?
僕は少しだけ笑った。
【ブラックチャペル】アンナ:来るよ
その返事のあと、レオンは何も言わなかった。
でも、その背中は少しだけ軽く見えた。
翌日。
教室。
澤田早和子は、また頬杖をついていた。
でも、昨日よりほんの少しだけ表情が柔らかい。
「澤田?」
呼ぶ。
今度はすぐに顔を上げた。
「……何?」
その声は、昨日より少しだけ優しかった。
「なにニヤついて、考え混んでるのかなって」
僕は教卓にもたれかかりながら話しかける。
「は? ニヤついてないし!
あんたこそなんなの、用事でもあるの?」
「……別に」
まだ確信はない。
でも――
たぶん。
僕の知らないところで、二つの世界は少しずつ重なり始めている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第三章では、
・現実の早和子の変化
・ゲーム内でのレオンとアンナの会話
・グレイの少し意味深な立ち位置
この三つが少しずつ動き始めました。
まだお互いの正体には気付いていませんが、
二つの世界が少しずつ重なり始めています。
次の第四章では、
レオンの「仮面効果」に関わる部分に少し踏み込んでいく予定です。
そしてギルド内でも、
少しずつ不穏な空気が出てきます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
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