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第二章「小人要塞」

第二章更新しました。


暴言ギルマス、ついに地獄の高難易度へ。

意地と挑発がぶつかる迎撃戦。


――そして発動する《小人要塞》。


強さは火力か。

それとも準備か。


ゲームの中で、関係性が一歩動きます。


ぜひ最後までお読みください。

 体育館の床を滑るボールの音が、やけに遠く聞こえた。


 あの一言が、頭の中に居座っている。


 気のせいだ。偶然だ。


 そう言い聞かせてみても、駄目だった。


 昨晩のチャットの語順。

 温度。

 それから、名前。


 クロム。


 学校にいないはずの名前。


 昼休み。

 僕は自分の席でパンの袋をいじりながら、何度目か分からない溜息を飲み込んだ。


 視線は、教室の隅へ向く。


 澤田早和子は、いつも通り俯いたまま静かに座っていた。

 前髪の影で、表情は読めない。


 ――さっきのことを、覚えているんだろうか。


 彼女が口にしたのは、独り言みたいな小さな声だった。

 周りは誰も気づいていない。


 気づいたのは、僕だけ。


 それが、余計に怖い。


 確かめたい。

 でも、確かめたくない。


 その両方が胸の中でぶつかって、結局僕は、放課後まで何もしないまま時間を消費した。


 そして放課後。


 教室がほどけていくタイミングで、早和子が鞄を持ち上げた。


 立ち上がる動きが、昨日より少しだけ遅い気がした。


 僕は、気づいたら席を立っていた。


「澤田さん」


 呼びかけた自分の声が、思ったよりはっきり響いて、心臓が跳ねる。


 早和子が一瞬だけ動きを止めた。


 視線は上がらない。

 でも、耳はこっちを向いた気がした。


「さっきの体育、すごかったね。

 あのスパイク……びっくりしたよ」


 あえて軽い話題を選ぶ。


 レオンのことは言わない。

 クロムのことも言わない。


 代わりに、バレーボールで見た“フォローのうまさ”だけを拾う。


 早和子は数秒固まったあと、やっと口を開いた。


「……別に」


 その一言だけ。


 声は小さいのに、温度は冷たかった。


 そして、振り向くこともなく教室の外へ歩き出す。


 拒絶というほど強くはない。

 でも、これ以上近づかないで、と言われた気がした。


「そっか、ごめん」


 それ以上追わなかったのは、賢かったからじゃない。

 単に、追う勇気がなかった。


 背中を見送り、僕は自分の席に座り直す。


 ……やっぱり、気になる。


 おとなしい子が、なぜゲームではあんな暴言を吐くのか。


 そこが、どうしても引っかかる。


 女の子だからとか、そういう話より先に。

 理解できないものが、目の前にある感じがした。


 そして、その夜。


 いつもの流れで夕飯を済ませ、僕は部屋のPCを起動する。


 ログイン。


 白い光に包まれ、アンナが現れる。


 ギルドチャットは、もう動いていた。


【ブラックチャペル】グレイ:アンナ、今日もいる?

【ブラックチャペル】アンナ:いるよ

【ブラックチャペル】グレイ:よかった。レオンがまたやってるw


 また、やってる。


 嫌な予感がした。


 嫌な予感というより――昨日の続きを見に行くような、妙な引力。


 視界の端で、ギルドメンバーのログが点滅している。


 レオンがいる。

 クロムもいる。


 僕はパーティ画面を開く前に、チャットログを上へスクロールした。


 もう始まっている。


【ブラックチャペル】レオン:昨日のイベントの話なんだけどな


 嫌な予感がした。


【ブラックチャペル】クロム:またそれ?

【ブラックチャペル】レオン:三回目の崩壊波

【ブラックチャペル】レオン:あれ普通は落ちないよな?

【ブラックチャペル】レオン:二回目で修正できただろ


 あぁ……やってるわ。


 淡々としているが、刺さる言い方だ。


【ブラックチャペル】クロム:いや普通に難しかったけど

【ブラックチャペル】クロム:あれ迎撃戦並みにキツいって有名だし


【ブラックチャペル】レオン:難しいのとミスるのは別


 短い沈黙。


 画面の向こうで、クロムがムッとしているのが想像できる。

 胃の奥が、きゅっと縮んだ。


 こういうのが普通のネトゲだ。

 そう言い聞かせたいのに、今日は違う。


 昨日の体育館の一言が、ログと結びついてしまう。


 まだ確かめたわけじゃないのに、早和子の顔を思い浮かべてしまう。


【ブラックチャペル】クロム:じゃあさ

【ブラックチャペル】クロム:そこまで言うならさ


 嫌な方向に空気が傾いた。


【ブラックチャペル】クロム:迎撃ミッション、前衛で完封してみせてよ


 チャット欄が一瞬止まる。


【ブラックチャペル】レオン:……は?


【ブラックチャペル】クロム:あれソロ前衛で回し切れたら認めるわ

【ブラックチャペル】クロム:口だけじゃなくてさ


【ブラックチャペル】グレイ:いや待ってw

【ブラックチャペル】グレイ:あれガチで地獄だからw


【ブラックチャペル】クロム:逃げるならそれでいいけど


 それは悪手だった。


【ブラックチャペル】レオン:逃げねぇよ


 即答。


【ブラックチャペル】レオン:通常版とかぬるい

【ブラックチャペル】レオン:高難易度版でやる


 小さく息を吐く。


 引っ込みがつかなくなった。


【ブラックチャペル】グレイ:ちょ、ちょっと待て

【ブラックチャペル】グレイ:八人揃えないと無理だぞあれ


【ブラックチャペル】レオン:揃えろ

【ブラックチャペル】レオン:俺が前出る


【ブラックチャペル】クロム:アンナいなきゃ昨日終わってたしな


 その瞬間、レオンの返信がわずかに遅れた。


【ブラックチャペル】レオン:……関係ねぇ


【ブラックチャペル】レオン:やるぞ

【ブラックチャペル】レオン:逃げるやつは抜けろ


 僕はキーボードに指を置く。


【ブラックチャペル】アンナ:構成どうする?


 止めない。

 責めない。


 ただ、次を考える。


【ブラックチャペル】グレイ:マジで行くの?w

【ブラックチャペル】アンナ:やるなら準備するよ

【ブラックチャペル】アンナ:迎撃ルート、中央に誘導する?


【ブラックチャペル】レオン:中央でいい

【ブラックチャペル】レオン:俺が全員受けるわ


 強くて、派手で、目立って、人気があって。


 そして――今、意地になっている。


 その背中の片翼が、いつもより重たく見えた。


【ブラックチャペル】レオン:ぜってぇ勝つからな


 宣言というより、引っ込みがつかないだけに見えた。


【ブラックチャペル】クロム:はいはい

【ブラックチャペル】クロム:雑魚ってバレても知らんぞ


【ブラックチャペル】グレイ:レオン、今日は様子見でもいいんじゃ

【ブラックチャペル】レオン:やるって決めた。余裕だっつーの


 決めた。


 その言葉が、妙に重い。


 僕はキーボードに指を置いたまま、迷った。


 いつもなら、空気を整えるだけで終わる。


 でも今日は、違う。


 探りたい。

 確かめたい。


 だけど、確かめ方を間違えると終わってしまう気がした。


 ――だったら、ゲームの中でできることをするか。


【ブラックチャペル】アンナ:じゃあ行こうか。準備するよ


【ブラックチャペル】レオン:アンナは後ろな。出しゃばるなよ


 いつも通りの言い方。


 でも、僕はそれを無視して準備を始めた。

 

 今回の高難易度ミッションは、廃墟の街区を舞台にした迎撃戦だ。


 敵が、波のように押し寄せる。


 数で潰すタイプのイベント。


 火力で押し返せるうちはいい。

 だが敵はかなり強く、通常ミッションでも頻繁に失敗する難易度だ。


 今回は、その高難易度版ときた。


 押し返せなくなった瞬間に、崩れる。


 パーティが揃い、転送が始まる。


 戦場に降り立った瞬間、視界が赤く染まった。


 敵の数。


 多い。


 だが、レオンが前衛を張るなら、必ず逃げ込む地点があるはずだ。


 壁。

 角。

 狭い通路。


 そして、敵が密集する場所。


 僕はマップを見て、先に走った。


 七人の小人のうち一体に命令を出す。


 命令してから発動まで時間がかかる。

 だから先に置く。


 発動地点は、決め打ち。


 ――ここだ。


 瓦礫で半分塞がれた通路の奥。

 視界は悪いが、射線が作れる。


 僕はそこに、ジェネレーターの構築を開始した。


 小人が床に機材を展開する。


 カチ、カチ、と機械の音。

 目に見えないナノマシンが、空気を組み替える感覚。


 ジェネレーターの組み立てに五分はかかる。


 その間に、レオンたちは正面で波を受け止めるはずだ。


 上からも横からも、音がする。


 銃声が重なる。


 レオンの跳弾が光の線になって走り、障害物の裏の敵を撃ち抜く。


【ブラックチャペル】レオン:押せ

【ブラックチャペル】レオン:止めるな


 最初の波は、火力で押し返せる。


 問題は、二波目、三波目だ。


【ブラックチャペル】クロム:ほらな、キツいって

【ブラックチャペル】レオン:口動かす暇あんなら撃て


 敵が増える。


 押し返す速度が落ちる。


 じわじわと、包囲が狭まっていく。


 僕はアンナで、冷凍地雷を投げた。


 着弾。


 薄い霜が広がり、敵の足が鈍る。


 だが、数が多すぎる。


 鈍っても、押される。


【ブラックチャペル】レオン:アンナ、何してんだ

【ブラックチャペル】レオン:遅い

【ブラックチャペル】レオン:後ろで遊んでんじゃねぇ


 胸の奥が、またきゅっと縮む。


 暴言。

 昨日と同じ温度。


 でも、僕は反論しない。


 代わりに、準備を進める。


 予想通りだ。


 確かにレオンの火力は突出して高い。


 だが、このミッションは戦力が違いすぎる。


 八人全員で撃っても、倒しきれるものじゃない。

 継続して削り切るしかない。


 レオンは意地で前へ出たまま、敵の圧力に負けて少しずつ後退している。


【ブラックチャペル】レオン:なんで倒れねぇんだ!

【ブラックチャペル】レオン:みんな早く倒せよ!


 そして、逃げ込む。


 ――思った通り、僕が仕込んだ通路へ。


【ブラックチャペル】クロム:やっぱ無理じゃん!

【ブラックチャペル】レオン:黙れ!

【ブラックチャペル】レオン:押し返せ!


 押せない。


 敵が雪崩のように迫る。


 レオンのHPが削れる。


【ブラックチャペル】レオン:クソっ、なんでだっ!


 もうダメだ、と思ったその瞬間――


 Generator construction complete...


 機械音声のようなアナウンスが、アンナの周囲で鳴った。


 よし……ようやくジェネレーターが完成したか。


 僕は走る。


 敵の波を回り込みながら、レオンが追い詰められている方向へ。


 ピ、ピ、ピ――


 その音を合図に、次の命令を入れる。


 Electromagnetic shield deploys...

 Electromagnetic shield deploys...

 Electromagnetic shield deploys...


 集中砲火が始まるその瞬間、レオンの目の前に青白い障壁が展開される。


【ブラックチャペル】レオン:……えっ?なんだこれ?


挿絵(By みてみん)


 三重の電磁シールド。


 通路の入り口に、透明な膜が三層で展開される。


 銃弾が当たるたびに弾きながら消滅するが、

 次の一枚が消える頃には、最初の一枚が復活する。


 そして、合間に飛んでくるロケット弾。


 レーザー迎撃システム。


 シールドの両端に設置された二機の小人が、

 細い光線でロケット弾を撃ち落とす。


 パン、と乾いた音。


 さらに高出力のプラズマ兵器も、目の前で霧散する。


 避雷針。


 エネルギー攻撃の光が床に落ちた瞬間、別方向へ逃げる。


 ダメージが軽減される。


 それらすべてを、ジェネレーターで維持している。


 リキャストはない。


 維持。

 維持。

 維持。


【ブラックチャペル】アンナ:遅れてごめん。向こうも敵がいっぱいいて


 嘘じゃない。


 でも本音は違う。


 最初から、ここに逃げるのを読んでいた。


 散弾銃の下の銃身。

 単発手動装填。


 発射。


 白い弾がレオンの身体に吸い込まれ、HPが持ち直す。


【ブラックチャペル】グレイ:え、なにそれ?

【ブラックチャペル】グレイ:もしかしてSNSで流れてたネタの小人要塞ってやつ?

【ブラックチャペル】グレイ:実践で使ってるの初めて見たわw


【ブラックチャペル】アンナ:無駄口叩いてないで早く撃ち返してよw


【ブラックチャペル】グレイ:アイアイマーム!


【ブラックチャペル】レオン:……

【ブラックチャペル】レオン:あんま調子乗んなよ


 いつも通りの言い方。


 でも、その「……」が妙に長かった。


【ブラックチャペル】クロム:なにそれw

【ブラックチャペル】グレイ:小人要塞に敬礼だろw


 空気が少し軽くなる。


 誰かが笑う。


 そして、撃つ。


 防衛が成立し、前が見える。


 押し返す余裕が生まれる。


 敵の波が薄くなる。


 最後の一体が崩れ落ち、システムメッセージが鳴った。


 クリア。


 ギリギリだった。


【ブラックチャペル】クロム:マジでギリw

【ブラックチャペル】グレイ:アンナ、やば

【ブラックチャペル】グレイ:最初から仕込んでたの?

【ブラックチャペル】アンナ:まぁ、ちょっとだけね


 レオンは、しばらく何も言わなかった。


 数秒後、短いチャットが落ちる。


【ブラックチャペル】レオン:……アンナ

【ブラックチャペル】レオン:次から前に出るなら言え

【ブラックチャペル】レオン:……助かった


 心臓が、一拍遅れて跳ねる。


 謝罪じゃない。

 反省でもない。


 でも、対等扱いに近い。


【ブラックチャペル】アンナ:了解。次は先に言うよ


 それだけ返し、椅子にもたれた。


 昨日の体育館の音が、ほんの少し遠ざかった気がした。


 ログアウト。


 眠りに落ちる直前、ふと思う。


 あの暴言の裏に、何がある?


 強い相手には言わない。

 弱い相手にだけ刺す。


 それは性格というより――余裕のなさ。


 逃げ場。

 仮面。


 そして翌日。


 教室。


 早和子は机に頬杖をつき、ぼんやりしていた。

 前髪の奥で、どこか遠くを見ている。


「澤田?」


 反応がない。


「……澤田?」


 肩が小さく揺れる。


「あ……」


 ワンテンポ遅れて、顔を上げる。


挿絵(By みてみん)


 昨日とは違う。


 俯いていない。


 少しだけ、目がはっきりしている。


「何かあった?」


 一瞬、迷う。


 ほんの少し唇が動く。


「……別に」


 でも、声は昨日よりやわらかい。


 そして。


 ほんのわずかに、口元が緩んでいる。


 無意識の、ほんの少しの笑み。


 気のせいかもしれない。


 でも、僕はその一瞬を見逃さなかった。


 誰にも聞こえないはずの言葉が、僕だけに届いたあの日から。


 僕の世界は、少しずつ二つに割れ、少しずつ重なり始めている。


 ――そんな気がした。

第二章、ここまで読んでいただきありがとうございました。


レオンは少しだけ態度が変わりました。

でもそれは反省ではなく、“理解”の芽のようなもの。


そして早和子も、ほんの少しだけ。


大きな変化ではなく、

目を凝らさないと分からないくらいの変化を、

丁寧に積み重ねていけたらと思っています。


第三章は、もう少し学校側も動かしていく予定です。


引き続き、見守っていただけると嬉しいです。

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