第一章「放課後のログイン」
初投稿です。
オンラインゲームでよくある「強いけど口が悪いギルマス」が、もし現実では真逆の存在だったら――というお話を書いてみました。
ゲームと現実の温度差を楽しんでいただけたら嬉しいです。
キーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴って、教室の空気がゆるむ。
机の中にノートを放り込む音。椅子が床を引っかく音。
放課後という言葉に引きずられるような笑い声。
僕の名前は田中亮平。高校二年生だ。
今日も騒ぎの端のほうで、鞄のチャックを閉めた。
帰宅部。
特別に急ぐ用事もない。
誰かに「一緒に帰ろう」と声をかけられることもない。
だからといって孤立しているわけでもなく、話しかけられたら返すし、班になれば混ざる。
今日も、それだけだ。
窓際の席から教室を眺めると、グループが自然にできていくのが分かる。
部活の話。スマホの画面。週末の予定。
ひとつの塊になって、次の塊へ溶けていく。
そんな中に、溶けない点がひとつあった。
澤田早和子。
彼女は、今日も机に座ったままだった。
片付けるでもなく、誰かと話すでもなく、ただ時間をやり過ごしているように見える。
黒髪のストレートは肩より少し下まで伸び、前髪は長くて目が半分隠れている。
視線はいつも少し下に落ちていて、顔立ちは整っているのに、本人がそれを隠すみたいに俯いているせいで、存在はいつも薄い。
僕は、彼女のことを「陰キャ」とか「地味」とか、そういう言葉で片づけたくはなかった。
そう呼ぶ人がいるのも知っている。
でも、早和子は、ただそこにいるだけで、無理に誰かを避けているようには見えない。むしろ――
みんなの輪に入りたいのに、入れない。
そんな感じが、たまにする。
気のせいかもしれないけど……
教室の前で、女子が早和子の机の横を通り過ぎる。
小声で何かを言って、笑い合う。
早和子は反応しない。
反応できないのか、したくないのか、分からない。
分からないけれど、彼女の肩がほんの少しだけ縮むのが見えて、僕は視線を逸らした。
助けよう、とは思わない。
何をどう助ければいいのか分からないし、下手に関われば目立つ。
それは余計に、彼女が居づらくなるかもしれない。
そういうことを考えられる程度には、僕はしっかりしている。
だからそのせいで、動けないときもある。
早和子は、やがて鞄を持ち上げて教室を出ていった。
誰にも見られないように、と思っているのかもしれない歩き方だった。
僕も鞄を肩にかけ、廊下へ出る。
校舎の外に出ると、秋の空気が薄く冷たかった。
上履きが外履きに変わるだけで、体の緊張が少しほどける。
今日も家に帰って、夕飯を食べて、オンラインゲームにログインする。
いつもの流れが、頭の中で決まっている。
帰り道、コンビニの前でクラスメイトがたむろしているのを横目に、僕はそのまま通り過ぎた。
みんなで遊ぶのも悪くない。
けれど、今は別に、それがなくてもいい。
何かに参加できれば、それだけでとりあえず楽しい。
僕は、そう考えていた。
家に着いて靴を脱ぎ、制服をハンガーにかける。
冷蔵庫の麦茶をコップに注いで、一息つく。
台所から母の声がして、「今日も早いね」と言われる。
僕は「帰宅部だから」と返した。
夕食は、焼き魚と味噌汁。
食べながらスマホを眺める。
チャットアプリのグループチャットに通知がいくつか溜まっていた。
オンラインゲームのチームメンバーで、連絡用に使っているアプリだ。
『今日はイベント行くぞ』
『21時からでいい?』
『クロム遅刻すんなよ』
スクロールして、僕は小さく笑った。
クロムは、僕が所属しているオンラインゲームのギルドと呼ばれるチーム「ブラックチャペル」のメンバーのひとりだ。
悪いやつじゃないけど、まだ初心者で慣れていないプレイヤーだった。
今日は期間限定イベントの最終日。
失敗が許されない、とまでは言わないが、空気は少しだけ張る。
食器を流しに運び、部屋に戻る。
机の上のPCの電源ボタンを押す。
いつもの手順で、ゲームランチャーを起動する。
画面に表示されるタイトルロゴ。
Gun Edge Apocalyptic World――略してGEワールド。
これが最近、僕がハマっているオンラインゲーム。
大勢のプレイヤーがインターネットを介して一緒に遊べる、いわゆるネトゲだ。
数あるネトゲの中でも、ちょっと変わった内容のゲームで、気に入っていた。
内容はポストアポカリプスの三層都市。
人類が滅びたあと、テラフォーミングを目的に作られた巨大AI塔が暴走し、狂った都市構造と有害なナノマシンを撒き散らしている。
上層はナノマシンを操る者たち。
中層はサイボーグ化した者たち。
下層は異形化した者たち。
銃を握って戦うアクションゲームなのに、やっていることはRPGのパーティプレイに近い。
ソロではどうにもならない局面が多い。
よくあるファンタジーものとは違う、そんなゲームだった。
ログイン。
白い光に包まれて、僕のキャラクターが現れる。
アンナ。
僕が作ったキャラクターだ。
上層出身の少女型アバター。
金髪をツインテールにまとめ、白を基調にした衣装はどこか修道女めいている。
けれど、ベールの代わりに装着されたのは、ナノマシン制御用の薄いヘッドギア。
胸元には、狂ったAI塔の紋章を模したような幾何学模様の装飾がある。
「またそれか」
ログインしてすぐ、ギルドのチャットが飛んできた。
【ブラックチャペル】グレイ:アンナ、その服またそれ?
僕は笑いながらキーボードを叩いて返す。
【ブラックチャペル】アンナ:好きなんだよ。落ち着くし
【ブラックチャペル】グレイ:落ち着く要素あるか?w
アンナの背後には、七つの小型ロボット――通称「七人の小人」が待機している。
実装当時、最強クラスの性能と言われることもある。
でも命令してから発動までが異常に遅く、先読みが必要だ。
扱いが難しくて人気はない。
強さが分かりにくいから、なおさらだ。
僕自身は、それでいいと思っている。
派手に目立たなくても、やりたいことができるなら、それだけで楽しい。
愛用の武器は上下二連の散弾銃。
上の銃身は連射の効く自動機構。
下の銃身は単発手動装填で特殊弾を撃てる。
回復、煙幕、ナノマシンの攪乱弾――状況を整えるための弾だ。
火力で殴るよりも、味方が動ける状況を作るほうが得意だった。
【ブラックチャペル】レオン:集合。イベント行くぞ
その一文で、ギルドの空気が一段締まる。
レオン――レオナルド・フォン・ダークカテドラル。
表記だけ見ると笑ってしまいそうな名前だが、ギルド内では略してレオンで通っている。
このギルドのリーダー、ギルマスであり、実力者であり、そして……口が悪い。
彼のキャラクターは中層出身の長身美青年。
黒いコートに銀髪ロング。背中には片翼――いや、片翼型の機械兵装がひとつだけ装着されている。
翼はリフレクター兼ドローンとして分離し、跳弾のように銃弾を反射させて障害物の裏を撃ち抜く。
二丁の高威力拳銃をアクロバティックに撃ち回す姿は、目に見えて分かりやすい強さだった。
そういうのは、人気が出る。
ブラックチャペルはアクティブ二十人ほどの中規模ギルドだ。
レオンの派手さと強さに惹かれて集まってきたメンバーも多い。
その一方で、レオンの暴言が出るたびに距離を置く人もいる。
空気は微妙に二層になっていた。
僕は、そのどちらにも属していない。
参加できれば楽しい。それだけだ。
イベントダンジョンに転送される。
期間限定最終日。深層下層の廃墟を舞台にした高難易度戦闘。
ボスは有害ナノマシンの濃霧を撒き、視界を奪い、一定の周期で全体に即死級の「崩壊波」を放つ。
解除条件は複数。誰かがミスすれば終わる。
八人編成。
メンバーは、いつもの顔ぶれだった。
問題は、クロム。
緊張でミスが増えるタイプだ。
いつもは笑って「すまんw」と言うのに、今日は無言が多い。
一回目の挑戦。
崩壊波の解除タイミングで、クロムが遅れた。全滅。
リトライ。
レオンがチャットを飛ばす。
【ブラックチャペル】レオン:クロム、解除遅い
【ブラックチャペル】クロム:すまん
【ブラックチャペル】レオン:次は同じミスすんな
二回目。
クロム、また遅れる。全滅。
チャット欄に、短い空白が落ちた。
【ブラックチャペル】レオン:クロム、二回目
【ブラックチャペル】レオン:一回目で直せたよな?
【ブラックチャペル】クロム:ごめん
【ブラックチャペル】レオン:謝ってる暇あったら手動で確認しろよ
僕はアンナで煙幕弾を撃ち、崩壊波の前に視界を切り替えるためのナノ設置を入れる。
七人の小人のうち一体に指示を出し、遅れて発動する支援を「次の波」に合わせる。
間に合うか、間に合わせるか。
先読みのゲームだ。
誰かが「アンナ助かる」と言う。
でもレオンはそれを拾わない。
拾う余裕がないというより、拾わないのが当たり前になっている。
三回目。
クロムが、また遅れる。
全滅の画面に切り替わった瞬間、レオンのチャットが炸裂した。
【ブラックチャペル】レオン:クロム、三回目
【ブラックチャペル】レオン:三回目はフォローしないって言ったよな?
【ブラックチャペル】レオン:これ、俺が何回注意したと思ってんだ
誰も返さない。
返せない。
クロムも返さない。
沈黙の中で、アンナが一行打つ。
【ブラックチャペル】アンナ:次、タイミング合わせよう。煙幕はこっちで入れるね
返事はないが、空気が少しだけ戻った。
【ブラックチャペル】グレイ:……次いこ
再挑戦。
今度はクロムが成功する。
ぎりぎりで解除が間に合い、全員が息を吐く。
ボスの体力が削れ、最後はレオンの跳弾が決まって、討伐。
【ブラックチャペル】レオン:……よし
【ブラックチャペル】レオン:次から最初からやれ
【ブラックチャペル】クロム:マジでごめん
【ブラックチャペル】レオン:反省はしろ。でも終わったなら切り替えろ
終わったあとの雑談が、少しだけ弾む。
僕は画面のログを眺めながら、先ほどの「三回目はフォローしない」という言葉を、もう一度目で追った。
言葉は残る。残るから、刺さる。
でも、こういうのもオンラインゲームだ。
ギルドが続く限り、誰かが怒って、誰かがフォローして、誰かが黙って、そしてまた遊ぶ。
うまくいかないのも、喧嘩するのも、ネトゲだからこその楽しみだ。
ログアウトして、ベッドに倒れ込んだ。
翌日。
体育の時間。
男子はバスケットボール。女子はバレーボールの試合をしている。
僕は列に並びながら、ふと女子コートのほうを見た。
そこに、澤田早和子がいた。
コートの隅で座っているイメージだったが、高く飛び上がり、勢いよくスパイクを打っているのを見て、意外な運動神経の良さに驚く。
前髪が揺れて、目がほんの少しだけ見える。
やっぱり整っている。
整っているのに、視線は床のほうへ落ちている。
別の女生徒がレシーブに失敗し、早和子が咄嗟にフォローする。
そこも見事だった。
二度目の失敗にもフォローが入る。
女子の中で「えーっ」と声が出るも、素早いフォローに「おぉー!」と歓声が上がる。
そして、三回目のフォローが入った、その瞬間――
早和子の口が、かすかに動いた。
僕は聞き逃さなかった。
耳を疑う。
聞こえてきたのは、独り言のような、吐息のような小さな声だった。
「……三回目はフォローしないって、言ったじゃん……昨日のクロムみたい」
……え?
背中が冷たくなる。
昨晩のチャットログが、頭の中でそのまま再生される。
【ブラックチャペル】レオン:三回目はフォローしないって言ったよな?
同じ言い回し。
同じ語順。
同じ温度。
僕は、女子コートから――早和子から、目を離せなくなった。
彼女は何もなかったように俯いたままだ。
自分が今、何を言ったのかも気づいていないのかもしれない。
周りの女子も、誰も反応していない。
聞こえていない。
聞こえる距離にいたのは、たぶん僕だけだ。
心臓が一つ遅れて鼓動を打つ。
気のせいだ。偶然だ。似たような言葉なんて、どこにでもある。
でも、クロムみたいだって……
昨晩、あのチャットを打っていた指。
ギルドをまとめていた視点。
横柄で、強くて、人気があって、時々暴言を吐くギルマス。
レオン。
僕は、早和子の俯いた横顔を見た。
前髪の影で、目ははっきりとは見えない。
でも、その輪郭だけで、なぜか分かってしまいそうな気がした。
気のせいじゃない。
――気づいてしまったのかもしれない。
僕は拳を軽く握ってから、ほどいた。
確かめる理由も、確かめる勇気も、今はない。
ただ、昨日のログが、頭の中に残っている。
消えないまま。
体育館の床を滑るボールの音が、やけに遠く聞こえた。
第一章を読んでいただきありがとうございます。
ここから、亮平が「気づいてしまったあと」どう動くのかを書いていきます。
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