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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

友人以上恋人未満の曖昧な彼らの日常

かつての友人に似ている青年は叶わなかった甘美な夢を見せてくれて俺は・・





夕焼けに染まる住宅街、木造の平屋、その縁側で俺は今日も一日、無駄にすごした。

五十半ばにして、なんとか長年、小説家として歩んできたのが、重度のスランプに陥り、もう三ヶ月も筆をとっていない。

「雀の涙ほどの印税で食いつないでいるとはいえ、じり貧だなあ、今さら転職できるとも思えないし、死ぬしかないのかなあ・・」と埒なく頭を悩ませて、隠居した爺さんのように縁側で呆けて過ごす日々。

独身で友人も恋人もいない、身内と親戚とも疎遠という寂しく惨めな中年男が行きつくところなんて、たかが知れている。

人生百年時代と謳われる現代にあって、すっかり生きる気力を失い、実際、死にかけたこともあるのだが、わりといろいろ無視しがちな神は、こんな生きる価値がない男に限って見過ごせないらしい。


ため息をついて縁側に上体を倒したら「要さん、また死んでいるんですか」と冷ややかな声が。

見やると、夕焼けをバッグに若い青年が、生け垣の向こうに立っていた。

一瞬、心臓を跳ねるも、目を瞑って「死なせてくれ・・・」とすすり泣くふりをすれば「はいはい」と慣れたようにあしらわれる。

肩を震わせて嗚咽を漏らすのにかまわず、縁側の開けっぱなしの窓から家にあがりこんで、スーパーの袋をがさがさ鳴らしながら台所へとむかったのだろう。

すこしもせず、冷蔵庫を開ける音、食材や調理器具をだしたり並べる音、包丁を叩き換気扇を回し炒めて煮こむ音が聞こえてきて、それに耳をかたむけ、心安らぎつつも「うーん・・・」と眉間に皺。


彼は一ヶ月前に知りあった、なんの縁もゆかりもない他人だ。

そのときも俺は時間をもて余す無職者のように、みすぼらしく縁側に座っていたのだが、急な腹痛で庭に倒れこんでしまい。

スランプ中は極度に人に会いたくないので、助けを求めるどころか、近所の人に見つかるまいと、どうにか家に這っていこうとしたら「どうしたんですか」と彼が声をかけてきたのだ。

「だいじょうぶだから」と追いはらおうとする暇もなく、救急車を呼ばれて、栄養失調だと診断され、死にたいほどの恥をかいてしまい。

が、彼は呆れることなく「じゃあ、俺が仕事帰り家に寄って手料理を食べさせます」と医者に宣言。

澄まし顔で強引にことを進められ、スランプ中でまともな判断ができない状態の俺は抗うことができず、流されるまま、今に至る。


彼にどんな下心があるにしろ、今のところ俺は損をしていないし、むしろ無料で夕食を提供してくれるから俺だけが得しているし、人に会いたくない病は、不思議とあまり発動しないし。

まあ、理由は分かっているのだが。

はじめて目にしたとき、思ったのだ。

高校のときの友人と似ていると。


いっしょにいれば、なにをしても愉快になれる、唯一無二のような友人で、進路が別れてもつきあいはつづくものと疑わなかったのだが。

「どうして高校卒業ですっぱり縁を切ったんだっけ?」と思いだそうとすると、こめかみが痛くなる。

友人に重なる若き彼を見ていて、すこし苦々しい思いがするに、そう愉快でない記憶なのだろう。


「今日は細かく野菜を刻んだカレーとスープです、これなら、いい年して好ききらいが多い要さんも食べれるでしょ」


子供を諭すように中年男に生意気な口を叩きつつ、お盆から食欲をそそる匂いを漂わせる。

テーブルに料理を並べるのを見て、のっそりと立ちあがり、コップ二つに水を注いで持っていった。

「ありがとうございます」と背筋を伸ばして正座をし、律儀に礼を口をする彼は、気難しいほど糞真面目だ。

「現代の武士か?」と思うほどで、でも、あいつなら「水を持ってきただけで、シェフみたいに偉そうな顔すんな」とだらしなく座り、意地悪っぽく笑うだろう。

「やっぱ似ているのは顔だけだな」と残念なようなほっとするような、胸を悶々とさせながら、彼が美しい合掌するのにあわせて「いただきます」といい、カレーを口に運ぶ。

ジムトレーナーで、顧客の栄養管理もするという彼の料理は味気なく、ぶっちゃけ、旨くはないが、胃に染みるようだった。


今日も今日とて、代わり映えない無為な一日を終えそうになっている夕方。

「そろそろ、くるかな」と尻をもぞもぞさせて、彼がくるほうの道を見ていたら「あの・・・」と反対側の道のほうから声をかけられた。

ふりかえったら、彼と年が近そうな、うら若き、かわいらしい女性。

「見覚えがあるような・・・」と目を細めて見て、二つ隣の家、四人家族の次女だと思いだす。

どこからどう見ても、いい年こいたニートっぽい俺を、もちろん近所の人は避けているが、彼女だけは顔をあわせると、にこやかに挨拶を。

「いい子だなー」とあくまで親戚の叔父さん的感覚で感心していたとはいえ、久しく異性と口を利いていないおっさんは、いざ若い女の子と向きあって、どぎまぎ。


「ど、どうしたのかな?

あ、もしかしてゴミだしとか、近所のルール違反のようなこと俺した?」


変な期待をするなと自分にいい聞かせつつ、みっともなく慌てふためいて聞いたら、彼女は目を伏せて組んだ手の指をしばし擦りあわせてから「あの・・・!」と意を決したように口を切った。


「このごろ、夕方ごろ家にくる男のかた、いらっしゃるじゃないですか!

あの人は、尾島さんの身内か、親戚ですか!?」


頬を染めて目を輝かせて唇を震わせながら聞いてくるのに「そういうことかー」と内心、自嘲。

わずかでも心を乱された自分が恥ずかしくありつつ「いや、あの子、かっこいいし、二人はお似合いだし」とうんうんとうなずき、でも、かすかに胸を痛める。

記憶につながる痛みと承知しながらも、思いだしたくないから、目の前にいる彼女に意識を集中させ、彼について説明。

絶賛スランプ中で人生崖っぷちの小説家崩れに、働き盛り遊び盛り男盛りの彼がかまう不思議さを彼女は覚えることなく、うっとりした目つきで聞きいって、最後におずおずと尋ねた。


「ほぼ毎日、夕食をつくりにくるということは・・」


「ええ、そうですね。彼女はいないでしょう」と応える代わりに、ぎこちなく笑えば「なにやってんですか」とやや刺のある声が。

さっきまで話していた、ジムトレーナーのじつは脱いだらすごいんです的な男前くんがご登場。

俺が紹介する前に「わたし、尾島さんの二件隣に住む、金城美代といいます!」と彼女はフルネームをお披露目し、猛アタック。

「毎日、夕食をつくるって料理が好きなんですか!?」「わたしも好きで、ネットにレシピを!」「お仕事はどちらに!?」「体型が気になってきたから、わたし通おうかな!」と耳まで真っ赤にして、目を爛々とさせ、しきりに肩を揺らして質問を畳みかける。


「当たり前だけど、俺に対する熱量との差よ・・・」と落ちこむよりは、自分がお邪魔虫に思えて居たたまれないったらない。

といって、自分の家の縁側にいるから「じゃあ俺はこれで」とどこかに行くわけにもいかないし、室内に引っこんで窓を閉めるのも不自然だし。

所在なく座ったまま、二人から視線をそらし、あまり聞き耳を立てないように。

正直、彼の表情や反応を目にしたくなく、受け答えを耳にいれたくなかったから。

まあ、返事は小声で短く、彼女のはしゃいぐ甲高い声にかき消されているが。

「あの・・もっとお話ししたいんで連絡先、交換しませんか?」と彼女が申し出て、やっと一段落するかと思いきや「いやです」とにべもなく一刀両断。

「いやいや!その気がなくても礼儀として交換するもんだろ!」と俺のほうが焦るも、一瞬、視線が交わった彼は目を細めてから、彼女と向きなおり、容赦なく、とどめをさしやがった。


「要さんと親しいふりをして俺に取りいろうとする卑怯者に、連絡先を知られたくないんで」


あまりに予想外の展開になったからだろう、彼女は目を見開いたまま硬直。

同調するように俺も石化していたら「じゃあ、そういうことで」となに食わぬ顔をして別れを告げ、こちらにずんずん歩いてくる。

そのままの勢いで俺の腕をつかみ家に引きずりこんで、窓を閉めて台所へ。

シンクに行き当たったところで足を止め、黙ったままでいる背中に「か、彼女のこと・・・いいのか?」とおそるおそる聞くと、肩を跳ねつつ、ため息をついてから振りかえった。

怒ったような表情をしているも、いつになく感情的になっているせいか、どこか幼く見える。

「子供っぽかった、あいつにやっぱ似ているな」と感慨にふける間もなく「俺は親父とはちがう・・・」と呻くように。


「親父とちがって要さんを傷つける女に手心を加えない」


その瞬間、封印していた記憶が甦った。

高校のころ、やたら俺にかまってくる女子がいたのだ。

童貞どころか、奥手も奥手だった俺はまんまと舞いあがり、卒業式の前に、ついに彼女から呼びだしをされて天にも昇る思いに。

ただし、用件は「和広くんに告白するとき、隣にいてくれない?」との依頼だった。


「えっとね、和広くんて要くんのいうこと、けっこう、なんでも信用するじゃない?

だから要くんが、わたしが彼女にふさわしい子だってアピールしてくれたら、交際できる可能性が高くなると思うんだよね」


友人以上の関係に発展させるでもなく、勘ちがいしまま浮かれていた俺が「裏切られた!」と怒る資格はなかったが、さすがにその願いを聞きいれられず。

なんとか彼女に「がんばって」とエールを送ったものを「やっぱ俺って恋愛下手な糞童貞だな!」と割りきれないで、告白後の和広と会いたくなく、お好み焼き屋での打ちあげをドタキャン。

しばらく和広の顔を見れそうになかったのが、翌日、彼女から電話が。

呼びだされた神社に行くと、瞼が腫れた真っ赤な目をしていたから気まずくなるも、苦笑した彼女は、またもや思いがけない提案をしてきた。


「ねえ、わたしたち、つきあわない?地元の同じ大学に行くわけだし。

正直、和広くんの心証をよくするために要くんと仲良くしていたけど、友人つきあいをしていて、いいなあって思うことが何回かあったから」


この心境の変化には、和広の答えが関係しているのではないか。

そう勘ぐって「あ、その・・・告白に対して、和広はなんて答えたの?」と聞いてみたら、きょとんとした顔をして教えてくれたことには。


「ごめん、自分にはほかに好きな人がいるって、ただ、それだけ・・・」


とたんに胸が締めつけられ、でも、すぐに頭が沸騰した。

彼女と別れたあとは、最低限必要なものをリュックに詰めこみ家を跳びだし、電車で県外へ。

つまり進学を蹴って、無計画に無謀な家出をしたわけで、そのあとは波瀾万丈な人生を送り、最終的に小説家におさまって今に至る。

むろん、その間、一回も和広と会わず、連絡もとらず。

あのとき、自分でも訳が分からないまま、居ても立ってもいられず逃げだした理由が、今なら言語化できるように思う。

たぶん、落胆してから恥ずかしくなったのだ。

心のどこかで俺は期待していたのだろう。

曲がったことが大きらいな和広だから「なんで要と仲良くしていたくせに、俺に告白すんだよ!なんだ!?あいつを、だしにしたのか!」と怒ってくれるのではないかと。


「要さん?」と顔を覗きこまれて我に返り、返事をしようとして「んん!?」とまじまじと彼を見つめる。

「いや、だって名字ちがうじゃない!」と悲鳴をあげるように叫ぶと「親父は婿養子なんですよ」と呆れたようにため息。


「やっと気づいたんですか・・。

ていうか気になるなら聞けばよかったのに、べつに俺は隠すつもりなかったですし」


割りと強引に家に押しかけて、旨くはない夕飯をつくって食わせる彼を拒めないのは、旧友に顔が似ているせいと思っていたが、まさか息子だったとは。

彼の正体を知って腑に落ちたようで、むしろ疑問がとめどなく湧いてくる。


「だからって、なんで俺に会いにきてお節介を焼いているんだ?

まさか、父親の過去の過ちを、代わりに償おうとしている?

いやいや、あれは和広がわるいんじゃなくて、俺がつまらんことで死にたいほどの羞恥を覚えて、若かったものだから、もう合わせる顔がないって思いつめちゃって、今から考えれば、笑えるようで・・」


誤解を解かねばと焦って説明するのを「親父は・・!」と彼が涙目で睨みつけ、強く腕をつかんで遮る。


「あの人は、要さんが忘れられないくせに結婚した!

だから俺は二人が再会できるよう仲介しないし、要さんに頼まれても会わせません!」


和広の仲をとりもってくれるでのはないかと、すこしだけ期待していただけに「うっ!」と言葉をつまらせるも「答えになってないやないかーい」と胸のうちでツッコミ。


「昔、痛い目にあった要さんは、俺を橋渡し役にして、焼けぼっくいに火をつけることなんてしないでしょ?」


思いつめたような表情をして迫られては胸が張り裂けそうでしかたなく、しないしないとばかり首をふる。

すぐに和広と再会することは叶わないものとしてあきらめ、再度「どうして俺に接触したのか」と問おうとしたが、骨が軋むほど腕を締めつけられ、一心に見つめられて逆に聞かれたもので。


「はじめに見つけたほうが勝ちってことはないですよね?」


抽象的な発言に理解が追いつかず、さっきの「焼けぼっくいに火」にしても言葉のチョイスに引っかかるも、父親が関わると余裕がなくなるらしい彼と、今はまともに会話ができなさそう。

「そ、そうだな?」と心許なさそうに応じたら、頬をぽっと染めて、笑わずともうれしそうな顔をし「じゃ、いいです。ご飯にしましょ」と腕を放してくれ、シンクに向かう。

ふだん、俺の親父ギャグに、お世辞でも笑わないほど、愛想が欠落しているだけに、肩を揺らし鼻唄を吹いて料理の下準備をしているさまが不気味に見えて、再三、質問を投げかけることはできなかった。

しかたなく縁側に向かおうとして「いや、まだ彼女が呆然としていたりして・・・」と不憫に思い、居間の食卓に座る。

彼が和広の息子と判明したところで、なにも解決してしないような。

もう三十年以上、会っていない父親の旧友、彼にしたら赤の他人同然、得体の知れないおっさんに執着する理由はどう考えたって閃かないが「まいったなあ・・・」と頬を緩ませて頭をかく。


さっき「要さんと親しいふりをして俺に取りいろうとするなんて」と彼が頑として突っぱねたのを思いだいてのこと。

父親がしてくれなかったことを息子が叶えてくれて、胸を弾ませるなんて、大人としては、とってもいけないことのように思う。

昔、つい逃げてしまったように、忽然と消えたほうが彼のためになるのでは?と魔が差しかけるも、今回は易々と逃がしてくれなさそう。

長く腕をつかんでいた手の跡がくっきりとのこっているのを見て、胸が震えるような、背筋が震えるような・・。






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