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 閑話 サイド志織


「痛ててっ」


 もう私の自転車は古いのかもしれない。ちょっとした石ころを踏んだだけでハンドルを取られる。車輪が少し歪んでるんだと思う。けど、乗れる限り乗りたい。これは亡くなったお婆ちゃんが買ってくれたものだから。うぅ。派手に転んだから目眩がする。最近勉強ばっかりしてたから運動不足なのかもしれない。


 え、風? 強風? 雲一つないのに、こんな風初めて。体がもってかれそうになる。うわっ。私の体は浮き上がり、横断歩道を戻ってた。な、なにが起こったの?


「え、なに、ワープした?」


 わ、私、瞬間移動した。何かに目覚めたの? いや、違う。背中と足に固い感触がある。えっ、私、抱っこされてる。

 

「横断歩道で立ち止まったら危険ですよマドモアゼル」


 仮面を付けた人。え、この人、陸くん? 気取った事言おうとしてるけど、声が高いから台無しだよ。けど凄い。痩せてるのに、よく私を瞬間に持ち上げられたわね。あ、その仮面、たしかアイドルのひばり坂が動画で付けてたのと同じのだ。仮面を付けて女の人たちが踊るのがなんか無気味だったのが印象的で覚えてる。


 キキーッ。


 ブレーキの音。さっきまで私がいたとこに車が突っ込んできてる。そのままだったら轢かれてた。まだ青だったのに。もしかして……


「助けてくれたの?」


「いや、落ちてたから拾っただけだ。報酬として、一割請求する。今日からお前の体の一割は俺のものだからな」


 えっ、顔が熱くなる。あたしが陸くんのもの? こんな事言われたのは生まれて初めてだよ。けど、一割でいいの? 確か拾得物は三割まで請求できる。

 この前の鳴子坂高校武装強盗立てこもり事件の時も陸くんのお蔭でみんな無事だった。いつも大人しい陸くんが仮面をはめたら別人みたいになってた。まるでアメコミのヒーローみたいで何が起こったのか理解できなかった。今でも夢だったんじゃないかと思う。あの時の事を思い出だけで顔が熱くなる。だってあの時みんな華ちゃんと陸くん以外下着だけにされたんだから。

 なんか恥ずかしいのとドキドキし過ぎて頭がぼーっとする。まるで推しのアイドルが目の前にいるみたい。何かお礼と一緒に訳わかんないこと言いまくってたけどしがみついてなんとか陸くんを家に誘う事に成功する。

 陸くんは仮面を外したらいつもの陸くんに戻った。もっと早くしっかりお礼を言いたかったんだけど、警察の人から陸くんは犯罪組織に狙われてる可能性があるから最小限しか関わらないようにって言われてたから我慢してた。けど今はもうそんな事関係ない。だって二回も命助けて貰ったんだよ。陸くんは一割しかいらないって言ってるけど、私は私全部陸くんのものになっても構わないわ。私には大した取り得はないけど、無駄に胸が大きい。大きくて良かったって思った事は一度もないけど、しっかりしがみついたら、なんか陸くん嬉しそう。だから、恥ずかしいけど頑張る。

 何回スマホをかけてもママがでない。せっかく陸くんを捕まえたから気合い入れてご飯つくって欲しいのに。けど、ママのご飯はなんでも美味しいから問題ないわ。今日は休みでパパもいるはず。パパも陸くんにお礼を言いたいって言ってたから連れて帰ったら喜ぶと思う。


 家に入ると、なんか嫌な予感がする。音がしない。リビングに入った途端、引きずり倒される。当たった花瓶が落ちて割れる。口になんか貼られて声が出せないって思った時には後ろで手を縛られてた。無理矢理私を立たせたのはマスクをした人。陸くんみたいな綺麗なのじゃなくて、昔のホラー映画みたいな。


「頼む。娘の命だけは助けてくれ」


 縛られたパパがこっちを見上げている。その隣にはママも……


「だから、それはお前次第だって言ってんだよ」


 首にヒンヤリしたもの、もしかして包丁!?

 あと二人金庫のとこにマスクがいる。どこから入って来たの? もしかして強盗!?


「おら、早く言わねーと。かわいいお嬢ちゃんが、ミンチに変わっちまうぞ」


 髪を引っ張られて、バルコニーに引きずられていく。外からは強い風。怖いどうなるの……


「わかった。コードは6427だ」


「残念でしたー。遅すぎましたー。はいバンジー」


 うっ、荒々しく掴まれたと思ったら、私は宙に投げ出されていた。落ちていく。私は死ぬのね。やりたい事たくさんあったのに。怖い。ぎゅっと目を閉じる。来るべき衝撃が来ない。なんか死ぬ時には走馬灯を見るって話だったけど、私は見ないのね。下からの空気が物質みたいに体に当たる。もうすぐね……え、手が動く。痛っ。口のテープが剥がれた。後頭部と膝裏に何かが当たる。ゴツゴツしてるけど温かいもの。覚えてるこれは……


「え、なに、なにが起こってるの」


 目を開けると、仮面の王子様。


「また、拾ったから更に一割だな」


「え、陸くん? 夢?」


 今見てるのは夢に違いない。私と陸くんは風に吹かれてどんどん上昇していく。本当に驚いた時って出ないんだ言葉。

 陸くんはバルコニーに降り立つと、私を優しく床に置く。そして、強盗たちをお汁粉の缶を一振りでやっつけてくれた。わたし、飲む、お汁粉。毎日飲むわ。


「おじさんは、警察を呼んでくれ。志織、楽しいランチだった。またな、アディオース!」


 陸くんは強盗たちを縛ると、バルコニーからひとっ飛びで身投げした。追いかけると、両手を広げてムササビのように自由に空を駆け巡る陸くんが見えた。王子様、いや、ヒーローって本当に居たんだ……

 わたしの頭に浮かんだのは華さん。知ってる陸くんが華さんをチラチラ見てるのは。負けない。絶対に負けないわ!!



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