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 フルムーン・インサニティ 2


「ねーちゃん、ゴメンで済めば警察いらんのやで、とにかく、今は警察呼ぼかー?」


 なんか事故ったみたいだなー。ランニングドライブを楽しんでたら、人が多いとこに出たので、歩き始めたとこだ。短いパーマをかけたサングラスのオッサンがペコペコ頭を下げる女の子に因縁ふっかけてる。どっかの新しい喜劇みたいだ。今どき見ない厳ついゴツゴツした車の横にチャリが転がってる。

 うわ、可哀想。多分、女の子は路駐してた車に当てちまったんだな。けど、ここはほとんど歩行者天国のような裏路地、見通しが悪いこんなとこに車止めてる方も悪い、ていうかオッサン、誰かぶつかるの待ってたんじゃねーか?


「普通だったら、チャリと車だと、車の方が悪くなるんやけど、ワシは完全に止まってたさかい、こりゃ、10:0(じゅうぜろ)で、ねーちゃん悪ぅなるなー」


 なんか遠巻きで人が見てる。可哀想だと思ってるけど関わりたくないと思うのが一般市民。まあ、俺も気にはなるが、これはどうしても女の子の方が分が悪いだろう。


「すみません。警察、警察は勘弁して欲しいです。修理費、お幾らでしょうか?」


「じゃ、詳しい話は事務所でしよかー。チャリを邪魔ならんとこ置いて、車に乗れや」


 女の子、聞いた事ある声。華さんじゃねーか。だから人あつまってんのか。おいおい示談はまずいだろ。幾らふっかけられるかわかんねーぞ。しょーがねーなー。助けてやるか。


「こんなとこで会うとは、奇遇だね。お困りですかお嬢さん」


「陸くん!」


「いや、今はプリンスと呼んで欲しい。目立ちたくないからな」


「はぁ、なんだおめー。ねーちゃんの知り合いかぁ? ふざけてんのか、その仮面取りやがれ」


 ん、さっきまでエセ関西弁じゃなかったか? なんでこの手の人って関西弁使いたがるんだろ?


「私の知り合いが、あなたに迷惑をおかけしたかと見受けられる。華さんが乗ってた自転車が、あなたの車に傷をつけた。これで間違いないかな?」


「はぁ、そうだが、それがどうした。もしかして、兄ちゃんが払ってくれるのか?」


「幾らだ?」


「100万。100万払って貰おかー。びた一まけへんでー」


 オッサン、心に余裕が出来たのか関西弁復活したなー。


「ええーっ、100万! すみません、それって高すぎないですかー?」


「今、ねーちゃんワシの車見てー、こんなオンボロが100万かかる訳ないやろって思ったやろ。たしかにワシのリンカーンは年代もんや、せやから、逆に銭かかんねん。大丈夫やで、ねーちゃん未成年やろ、ちゃんと合法な、しのぎ紹介するさかい。ねーちゃんみたいなべっぴんさんなら引く手あまたやでー」


 オッサン、こんな変な若造がポンと100万出せないと思って、華さんにターゲット変えたな。


「少し待ってて貰えるか」


 僕は辺りを見渡す。あった宝クジ売り場だ。金は少しあるな。売り場でスクラッチを買ってきて、オッサンに差し出す。


「100万だ受け取れ」


「ギャハハハハッ。兄さん冗談上手いなー。40年生きてきて、金をスクラッチで返そうした奴初めてやで。見た目だけでなく、頭の中もわいてんちゃうかー?」


 遠巻きの人からも失笑が漏れる。


「陸くん、私のためにしてもらって悪いけど、からかい過ぎだよ。そんな事したら逆効果だよ」


 微妙に震えている華さんの手を握ってやる。


「華さん、大丈夫。君が信じる俺を信じろ。オッサン。当たってなかったらその十倍払ってやるよ」


「げひゃげひゃげひゃ。兄さんおもろいなー。言質取ったで、一千万、どないな事しても払って貰うからな」


「ごたくはいい。早くしろ」


「おう。一千万円、一千万円」


 オッサンはニヤニヤしながら爪で削り始める。100万円だから大切にしろよ。


「おお、さすがだなー。麦わら帽と浮き輪のダブルリーチ」


「当然だ。早くしろ」


 なんか人が増えてきてる。目立つのも嫌だしこれ以上人が集まると警察も来かねん。


「ほらほら、兄さん焦んなよ。ダブルリーチよくあんねんけど、いっつも300円や。マジで破り捨てたくなるよな。ほーら、浮き輪が出るぜーっ」


 確か麦わら帽子図柄が100万、浮き輪図柄は300円。当然普段の俺には浮き輪ですら夢のまた夢だ。だからスクラッチを買うのはこれでまだ二度目だ。


「そうやなー。腎臓一個と、そうだな変態ばばあの相手もしてもらうぜー。良かったな。兄さん薔薇色の未来が待ってるぜ」


「陸くん。大丈夫なの」


 華さんの手が汗ばんでる。有名配信者なのに緊張に弱いんだな。


「オッサン、やたら煽ってくるな。世知辛い世の中でストレス溜まってるんだろ。私が今から、夢、見せてやるよ」


「ひゃーひゃっひゃっ。見てろ! 浮き輪ご開帳ーーーーっ!」


 オッサンが最後のマスを削る。辺りがシンとなる。


「へ、麦わら……」


 オッサンのつぶやきが沈黙を破る。


 辺りがどよめきにつつまれる。


「り、陸くん……」


 華さんが僕を見つめてくる。なんか目がキラキラしてないか? もしかしてやっちまったか。まあ、俺様だからしょうがねーか。


「プリンスだ。もう、大丈夫そうだな。じゃ、またな。アディオーース」


 俺は華さんの手を離し駆け去る。


「プリーーーーンス!」


 呼ばれても振り返らない。ヒーローとは孤独なものなのだ。

 

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