2025/10/14 08:43
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目覚めたら
真夜中の牢屋の中だった。
記憶はある。
私はナスターシャ=トラントラ17歳。
このエバーシアンタ王国の皇太子の婚約者だった。
そう…だった。
王太子の生誕祭で、来年行われる予定の結婚式の発表が行われるはずだった。私と王太子様、共に皆んなから盛大に祝われる筈だったその時…私は突然断罪された。
侯爵である父の横領の証拠。
数々の王宮文官の証言。
私達家族、皆断罪された…。
父も母も、無罪だと訴えた…が、全員牢に収監された。
父母も、兄達二人も妹も。
唯一婚家に居て妊娠中の為にパーティへ参加していなかった姉だけは、隣国に逃れられた…らしい。
結局、裁判など行われる事なく私たちは有罪が確定して刑が執行される事になった。
父母と兄達は斬首。
姉は婚家との縁切りを装って、他国にて匿われているらしい。
未成年の私と妹は別々の修道院へ行く事になった。
最後に一目、会いたかった。
声も交わせなかった。
四人の頭部は刑場に一月晒された後、平原に捨てられたらしい。
刑罰の正誤に異を唱えていた親族達は累が及ぶことを恐れて、最後には口をつぐんだ。
誰も助けてくれない…。
あれから10年の時が流れた。
私は未だ死んだ家族の為に神に祈る。
どうか安らかに。
どうか神の御許に迎えられています様に。
生きているはずの姉と妹が無事であります様に。
そんな頃、修道院に王太子妃の兄である公爵子息がやってきた。
あの事件は冤罪だったと告発されたのだと。
何で今更!!何の罪も無かった4人は亡くなったのだ!!
その身を貶められて!
言い分は何とも身勝手だった。
公爵子息の妹令嬢が王太子と結ばれたいが為、王と公爵が図ったのだと。
ただ其々の利のために。
そんな事のために私達家族は陥れられたのか!
事件後、意気揚々と王太子と公爵令嬢は結婚し仲睦まじく三人の子にも恵まている。
安穏と暮らしていた所に、王と敵対する別の公爵と貴族派がこの10年前の事件を洗い出し詳らかにしたと言う。
なんて今更…本当に
なぜあの時に手助けくださらなかったのか。
公子は厚顔にも、修道院に居る私に弁護を求めてきた。
捕えられた私達が罪を犯したのは事実で、事件についての王家の判断に間違いは無いのだ!と!!
まさか?まさかその様な馬鹿な事あり得ない!何故私がその様な事をしなくてはならないのか?!
更に公子は言い募る。
妹はどうなってもいいのか?と。
なんて事!!言うに事欠いて更に脅迫の様な真似事で一方的に私達を貶めようとは!!
提案を頑として受け入れようとしない私に、公子は私をの胸ぐらを掴み壁に叩きつけた。更に髪飾りを私の髪から引きちぎると私の首筋にあてた。
ギラギラとした目で、脅す様に。
司祭様から頂いたキラキラとした小さな青い宝石のついた銀色の髪飾り。
私の目に怯えが無いと見ると、逆上したのか公子は髪飾りで一気に私の首を引き裂いた。
流れる鮮血。
あっという間にに真っ赤に染まる足元。
倒れ伏した私は最後の力でにっこりと公爵に笑いかけた。
あなたなんて怖く無い。
自分のしでかしに正気に戻ったのか、血の気が引き腰の抜けた公子は声もなくのけぞって座り込む。呆然と私が事切れるのを見ていた。
暗闇がひたりひたり…私は無に帰る。
私がやった事は悪だったのか?
終わった事件。四人の家族が死んでも、まだ生きているならそれで良いだろう?
私達公爵家が生き残るには、事件の冤罪を被せた事実を揉み消さなければならなかった。
だから彼女に証言をお願いした。
10年も前の事だ。
生きて居られるなら証言するくらい簡単だろう?
あの公爵家の生き残りは三人。
長女は他国で行方知れず。二女は修道院で清貧な生活を続けて居たらしい。三女は5年前に拐かされ、これまた行方知れずだ。
美しい娘だったらしいので、どこかの貴族にでも貰われたのではないだろうか?
目の前で死ぬなんて。
しかして、私達公爵家にこの度の事柄から逃れられる方法は無くなった…。
あぁ。
死ぬくらいなら私達のために、証言してから死んでくれたら良かったのに。
そうすれば、我々は生かされて、彼女は良き事を成したとして王や公爵家より感謝され報われたかも知れぬのに…あぁ。
あの目を見て逆上して殺してしまうなどなんて事だ。
相手はもう貴族では無い。
重罰にはならないとは思うが、断頭台には登りたく無い。何とかせねば….
私はナスターシャ。否、野乃井尚美。
ナスターシャは獄中で亡くなった。
それほどのショックだったのだろう。
今は神の御許に居るはずである。
彼女達家族が何をしたと言うのか。
冤罪で非業の死を遂げた。
私は前世で家族に縁が無かった。だからナスターシャの家族が羨ましかった。
愛し、愛されお互いを思い合う尊さ。
何の因果か彼女に入り込んだ私は、彼女の無念を晴らすために頭を巡らせた。
10年かかった。
私は姉を逃がす為、をナスターシャの親身になってくれた侍女に手紙を持たせた。
収監直前に書き殴った手紙は、パーティに来ていなかった義理の兄への嘆願。
一縷の望みを託した。
届く可能性に賭けて。
姉を心より愛していた義兄は一も二もなく姉と共に隣国に亡命に動いてくれたようだ。
妹は私の相談に親身になって下さった修道院長と司祭様の伝手で、他院に身を寄せていた妹を貧民の子として姉の居る国に送って亡命させた。
5ヶ月ほど小汚い格好で過ごして、沢山の人の手を借りて何とか入り込めた様だ。
5年前の事だ。
後は私が逃げるだけ。
でもただ逃げるだけでは死んだ彼達の無念が晴らせない。
だから、貴族派と伝手を作るために五年掛けた。
それが…やっと実った!!
やっと!やっと!やつらの事件が冤罪だと白日の元に晒された!
これで…これで彼女に良い報告ができるかなぁ。私の人生は無駄では無かった!
後は逃げるだけだと思っていたけれど、あの男が恥も外聞も無くとんでもない事を頼んできたので…何とか一泡吹かせてやろうかと思い立った。
あの時のあいつの顔が見れただけで十分だわ。
私はやり遂げたのだ。
心残りは、あの美しく優しい青い色が最期に見られない事…
彼女を愛して居た。
神職にありながら、修道院を巡りながら活動して居た私はただひたすらに家族を愛し神に真摯に祈る彼女に惹かれた。
ただただ純粋に美しかった。
彼女の力になりたくて出家以来離れていた生家の貴族派の力を借りて彼女の姉妹を助け、情報を集めた。
目立たず。ひっそりと。着実に。
姉君は何とか無事に亡命先で出産を終え、二人の妹を心配しながら生活を整えていった。いつか妹達を迎えられる様に。
妹君は年々美しさが増していき、入って居た修道院の貴族家からの横槍が入らない様に気をつけながら院長と共に亡命の準備を行った。
私は国を跨いであちらこちらに飛びながら、布教活動と共に彼女達の手紙を届けた。
用心深く。確実に届く様に。
5年掛け、妹君を脱出させたらあとは彼女を逃すだけ。
そう思っていたら彼女から思わぬ事を言われた。
「私はまた逃げられない。やらなくてはならない事があるの。
お願い。ご迷惑をおかけしますがもう少しだけ手伝って下さいませんか。」
深く、深く頭を下げられた。
変わらず彼女は美しかった。
見た目だけでは無い。
心から滲み出る。全てが美しく強さに圧倒され惹かれる、そして彼女たちの全てが正しく思えた。
5年かけて、貴族派の優位となる証拠証言を集めてあの事件の冤罪を立証した。
これで彼女は解放されるのだ。
長い10年だった。
彼女の顔に、聖女かのような穢れなき微笑みが乗る。
油断だったのか…運命なのか。
公爵子息が面会に現れた。2日後にはこの修道院を出て、隣国に姉妹に会いに向かうはずだった。
「あんな奴に会わなくていい。」そう言ったけれど「最後にあいつらの顔を拝んでくんるわ。」とそう言って彼女はいたずらっ子の様な笑顔で面会室に向かった。
真っ白な服に、長い髪を靡かせて。
清々しい気持ちだと言って。
彼女は、帰って来なかった。
あいつの前で笑って死んでいた。
とても綺麗な笑顔だった。
私の青い瞳からは一雫の涙が溢れた…
いつか、神の御許で




