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不当防衛  作者: 西季幽司
エピローグ
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エピローグ

 田川敦也は江川信二の殺害し、藤田祐樹ちゃんを誘拐し、身代金を奪った上で殺害したことを認めた。

 江川信二の殺害については、真鍋が推理した通りだった。

 奈々を救う為に、江川信二を殺害する計画を立て、それを実行した。「奈々は事件に一切、関係ない。彼女は罪に問わない。そう約束してくれ。約束してくれたら、全てを話す」と真鍋に約束させてから、自供を始めた。

 藤田祐樹ちゃんの誘拐殺人事件については、あの日、藤田家の門前、待ち伏せしていたら、祐樹ちゃんが学校から戻って来た。その姿を見た瞬間に、邪な考えが頭を過ったと言う。祐樹ちゃんに、「お父さんから頼まれて迎えに来た。外で夕食を食べようと言っている」と伝えると、疑いもせずについて来たそうだ。

 育児放棄状態に遭っていた祐樹ちゃんは、大祐に連れられて、外食に行くことが頻繁にあったようだった。

 まんまと身代金をせしめたその夜、例のアパートで祐樹ちゃんを絞殺した。

「世話を焼くのに疲れていた。顔を見られていたから、家に戻す訳には行かなくなった」と田川は言った。

 そして、遺体の始末に困った。一旦、ホテルに戻り、ベッドシーツを持ち出すと、遺体を包み、京浜運河に遺棄したのだった。

「計画的ではなかった。家の前で祐樹君と出会ったのも偶然なら、坂本からアパートの話を聞いていたのも偶然だった。偶然が重なっただけなんだ」と田川が言ったが、偶然だろうと計画的だろうと、卑劣な犯罪に変わりはなかった。

 そして、北城大祐の転落死だ。

 初めて会ったのは、あのファミリーレストランだった。

 無論、北城大祐が旧姓、藤田で、祐樹ちゃんの父親だということは知っていた。会わずに済ませたいと断っていたが、ふと、気になった。自分のことを誘拐犯だと疑って、会いたがっているのではないかと勘繰ってしまった。

 それが墓穴を掘ってしまった。

 ファミリーレストランで、大祐から空き家をリフォームし、別荘として貸し出す案件の説明を受けた。その時、大祐のポケットからキーホルダーがはみ出していた。

「ポケットから、何かはみ出していますよ」と注意すると、大祐はキーホルダーを取り出して、「これ、息子がサッカー大会に出た時の記念品で、こうしてキーホルダーとして使っているのです」と説明した。

 大祐が嬉しそうにサッカー大会の様子を話すのを、「へえ~」とか、「そうですか」と適当に受け流していた。(子供はもう死んでいないはずだ。何故、今更、そんな話をするのだ。早く、子供の話を終わらせてくれ)と考えながら聞いていたので、「息子がね。試合で凄いシュートを決めたんですよ」と大祐が言った時、うっかり、「ああ、凄いボレーシュートだったんでしょう」と答えてしまった。

「あの時、気づかれた。サッカーに興味が無いので、ボレーシュートが何なのか、よく分かっていなかった」と田川が言った。

 ボレーシュートは空中に浮いたボールを蹴ってゴールを狙う難しい技だ。

 凄いシュートがボレーシュートだとは限らない。まだ小学生だ。凄いシュートだと聞いて、普通、ボレーシュートを思い浮かべたりしないだろう。実際に試合を見ていなければ、祐樹が試合でボレーシュートを放ったことなど分からないはずだ。もし、知っているとすれば、それは、祐樹自身から聞いたことになる。

「ああ、日曜日にサッカーの試合があったとかで、あの子から、ボレーシュートを放ったんだ。凄いだろうという話を何度も聞かされたよ。それが記憶に残っていたんだな。悪いことは出来ないものだ」と田川はしみじみ言った。

 だが、その場では北城に変化が見られなかった。

 不安になった田川は北城のアパートを訪ね、様子を伺った。二、三日、張り込んで様子を見たと言う。だが、変わったところは見られなかった。

「それで安心してしまった」

 そして、北城にもう一度、話を聞いてもらいたいと言われ、あの夜、会う約束をした。面会時間を夜中にしたのは、「いざという時のため」と田川が言った。

 もし、自分が誘拐犯だと気がついているようなら、北城を殺害するつもりだったのだ。包丁ではなく、ゴルフバッグからドライバーを一本、引き抜いて、部屋の隅に立て掛けておいた。そして、テーブルの上には江川信二殺害で使ったガラスの灰皿、下にはロープを潜ませておいた。

 準備万端、北城をマンションに呼んだ。

 田川の証言では、北城はバッグに包丁を忍ばせてやって来た。まさか、北城の方から襲って来るとは考えていなかった。「祐樹の仇!」と部屋中、追い回され、ベランダに追い詰められた。

 大祐が襲い掛かって来た瞬間、蹲った。すると、大祐は勢い余って、ベランダから転落して行った。そう証言した。

「鍵はどうしたのです? 何故、鍵にあなたの指紋が残っていたのですか?」と問い詰めると、ベランダに落ちていた。襲い掛かった時に、ポケットから落ちたのだと思う。持っていると厄介なので、ベランダから投げ捨てた。その時、指紋がついたのだと思うと田川は答えた。

「誓って、鍵を奪っていない。彼の転落死は、本当に正当防衛だったんだ。俺は殺されかけたんだよ」と田川は喚いたが、殺意を持って北城大祐を部屋に誘き寄せたことは明白だ。

 偶然、鍵を拾った――と言われても、信用できない。犯行は計画的だった。全ては虚言だと判断された。

 北城大祐の転落死については、正当防衛は適用されない見通しだ。

 こうして事件は終わった。


 真鍋は十七年越しに江川信二の殺人事件を解決し、晴れ晴れとした表情で高松に戻って行った。そして、敷島も、「やっと無念を晴らせました」と野上始め、調布署の面々に挨拶すると、仕事に戻って行った。

 そして、祓川は――異動になった。

 田川の事情聴取が行われている間に、祓川の調布署から異動が決まっていた。服部が気づいた時には、既に祓川の姿はなかった。

 野上が扱い辛そうにしていることは、皆、知っていた。だが、事件を解決できたのは、祓川の功績が大きいことを、調布署の面々は、分かっているはずだ。誰も口にしないが、祓川がいなければ、田川を追い詰めることなど出来なかっただろう。

「不公平です」と服部は言う。

「また会えるさ」と上田は言う。

「祓川さんなら、何処に行っても大丈夫」と今村が言う。

 また会う日までに、祓川に認めてもらえるような刑事になっていたい。いや、そんな刑事になるんだ――と服部は心に誓った。


                                            了

 タイトルからお分かりの通り、「正当防衛」を扱った作品。

――正当防衛を装い、犯行を重ねている連続殺人犯がいたら?

 という発想から生まれた作品。


 作中描かれる三件の事件を全て不当防衛事件にしてしまいたかったのだが、物語に幅を持たせる為に、ひとつは誘拐殺人事件とした。

 身代金受け渡しのトリックは知恵を絞った。出来には満足している。

「面白い作品を」、「読者の興味を引く作品を」と意外性ばかり追求していた時期の作品なので、小説を書き始めた当初の「横溝作品をもう一度、読んでみたい」という宗旨からは随分、かけ離れてしまっている。

 原点回帰を目指したのが、この次に書いた「呪い谷に降る雪は赤い」になる。おどろおどろしさを目指したが、結局、ここでも意外性を重視してしまった。

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