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不当防衛  作者: 西季幽司
第三章「業火に焼かれて」
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恋の代償①

 颯爽と取調室に現れた真鍋を見て、誰と勘違いしたのか、「あれ? 刑事さんは来ないのかい?」と田川が言った。

 第三ラウンドの開始だ。

 新手の刑事が次々と現れる。一人で相手をしなければならない田川は、疲れ切った表情を浮かべていた。

 もうひと揺すりすれば落とすことができる。そんな状況だった。

「香川県警の真鍋です」と真鍋が名乗ると、「ああ、やっぱり刑事さんだったのかい」と田川が不満そうな顔をした。真鍋はもう一度、「香川県警」にアクセントをおいて、「香川県警の真鍋です」と名乗った。

「香川県警・・・わざわざ香川からやって来たってことかい?」田川が眉をひそめる。

「今日は江川信二さんの殺人事件に関して、お話をお聞きしたくて、高松から参りました」

「おいおい。いい加減にしてくれよ。あの事件はもう終わったことだろう? 十年以上も前の話だ。正当防衛が認められて、俺は無罪になったはずだ。今更、そんな昔の事件を穿(ほじく)り返して、何をしようって言うんだ。ははあ、転落死やら誘拐事件やら、未解決事件を全部、俺の仕業にして、警察の手柄にしようって訳だな。警察権力の横暴だ!」

 田川がまくし立てたが、真鍋は冷静に、「江川さんの事件は、あなたの正当防衛が認められて不起訴となっただけです。無罪判決が下された訳ではありません。今般、新たな事実が浮かび上がって来ましたので、再捜査をすることになりました」と答えた。

「うっ・・・新しい事実が浮かび上がって来ただと。どうせ警察のでっちあげだ。今更、新しい事実なんて出て来るはずがない」

「田川さん、『大吉兆』と居酒屋をご存知ですね? 路地裏の居酒屋で、マスターが一人で切り盛りしています」

 田川は一瞬、眉をひそめたが、「あの親父、生きているのか!? まだ店をやっていたなんて、驚きだな」と減らず口を叩いた。

「ええ、ご健在ですよ。あなたは何時も隅のカウンターで熱燗とオムライスを注文されていたとか。親父さん、よく覚えていました」

「ああ、『大吉兆』のオムライス! 懐かしいなあ~もう一度、食べたくなった」

 田川が油断したのを見届けたかのように、真鍋はズバリと切り込んだ。「田川さん。あなた守口奈々さんをご存知ですよね?」

「守口?」

「おや、結婚されたことをご存知ありませんでしたか? 今は守口を名乗られていますが、江川奈々さんと言った方が、あなたには分かり易いかもしれません。大吉兆のマスターが奈々さんのことを、覚えていました」

「そうか・・・そうだよな、結婚したのか・・・しかし、あのマスター、たった一度、連れて行っただけなのに、よく覚えていやがったな・・・」威勢の良かった田川が急に萎れる。

「彼女、あなたに連れて行ってもらったお店が気に入ったようで、その後も、一人で何度か顔を出したそうです」

「そうかい。そりゃあ、良かった。紹介した甲斐があったってもんだ。それで、刑事さん、今、彼女は幸せなのかい?」田川が真顔で尋ねた。

「ご本人に確認した訳ではありませんが、私には幸せそうに見えましたよ」

「うん、うん」田川が満足そうに頷く。

「事件から五年後に、奈々さんは――」真鍋が言いかけるのを遮って、田川が言った。「刑事さん。詳しい話は聞きたくないな。お互い、年をとったからね。思いでの中の彼女は、いつまでもあの頃のままだ。その方が良い。彼女が幸せそうに見えたのなら、それで十分だ」

 意外にロマンチストな一面を持ち合わせているようだ。

「分かりました。事件当時、あなたと奈々さんが親しい関係にあったと言うことを、我々は知りませんでした。ですが、あなた方二人が親しかったとなると、事件に対する見方ががらりと変わってきます。

 事件を整理してみましょう。江川商会と言う会社を経営していた江川さんは小売業への進出を考え、あなたが所有していたスーパーマルタに目を付けた。スーパーの経営に乗り気でなかったあなたは、江川さんに売り渡すことにした。

 覚書を交わした後、突然、江川さんが乗り込んできて、金が足りなくなったと言い出した。そして、譲渡代金の減額を要求されて口論となり、江川さんが襲い掛かって来たので、テーブルの上にあった灰皿で殴りつけて死亡させた。それに間違いありませんか?」

「ああ、その通りだよ」田川は投げやりだ。

「スーパーマルタで経理部長を勤められていた山地さん、ご存知ですよね?」

「山地? 名前まで、覚えてないなあ。陰気なやつが経理をやっていたことくらいしか、覚えていないよ」

「山地さんの証言では、あなたはスーパーマルタの経営に飽きていた。そこで、こっそり買い手を捜し、江川さんを見つけてきた。あなたがどうやって江川さんと知り合ったのか、山地さんにも分からなかったようですが、あなたと奈々さんが知り合いだったのなら、話は簡単です」

「それは違うな」と田川が言った。「スーパーマルタの買収の話が決まってから、一度、江川さんの自宅に食事に招かれた。その時に彼女と知り合った。大体、買収の話は、江川さんの方から持ち掛けて来た話だ」

「ほう~そうですか」と真鍋は軽く、聞き流すと、「次に、あなたは、事件当日、『金がない』と言って、江川さんが会社に乗り込んできたと証言していますが、山地さんの証言では、江川さんは『話が違う』と言って会社に怒鳴り込んできたと言うことでした。

 私は詳しくはありませんが、山地さんに教えて頂いたことによれば、スーパーマルタは大量仕入れによるリベートを架空計上していた。不正にリベートを計上し、業績が良く見えるように偽装し、会社を高値で売り払おうとした。それを知った江川さんが怒って、会社に乗り込んできた。山地さんはそう証言しています」と言った。

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