対決①
上田が優位を占めつつあった。獲物をなぶる肉食獣のようなものだ。徐々に田川を追い込んで行く。
「あなた、そのファミリーレストランを事務所代わりに使っていましたよね。頻繁に訪れていたと店員が証言しています。人を連れてお店に来ることもあったとか。店の隅のテーブルがお気に入りだったようですね。そこで、ひそひそと話をしている姿を見かけたと店員が言っていました」
「ああ、確かにそのレストランにはよく行っているよ。だからと言って、北城さんを連れて行ったとは限らないだろう?」
「田川さん。最近はね、レストランもトラブル防止の為に防犯カメラを設置しているところが多いのですよ。大手のチェーン店だと、その辺はしっかりしています。聞いてみたら防犯カメラがありました。早速、ほら、ここ、よく見て下さい。この『田川さん』と書いてある日の防犯カメラの映像を借りて来て確認したところ――」上田はまるで将棋の王手を指すかのように、机の上に軽やかに二枚目の紙を置いて見せた。
「うっ、ぐう・・・」紙には防犯カメラの映像が印刷されていた。そして、そこには田川と北城の姿がはっきりと映っていた。
「田川さん、ここに映っているのはあなたですよね。そして、こちらは、おや、北城さんだ。どうやらお二人は事件の五日前に、このレストランで会っていたようですね」
画像解析に時間がかかったが、鮮明化の結果、北城の顔がはっきりと認識できた。
「はは、刑事さんも人が悪いな。そう言えばレストランで北城さんと会った気がします。すいませんねえ~何せ忙しいもので、忘れていました」
苦し紛れに田川が言い逃れをする。
「忘れていた? レストランで会った時に、お互い、相手のことを思い出したのではありませんか? そう、十年前に会っていたことを――」
「さっきも言ったでしょう。北城さん、ああ、当時は藤田さんでしたけど、藤田さんとは、彼が忙しくて会うことが出来なかったのです。お約束はしていたんですけどね、ドタキャンを食らわされてしまいました。当時の会社の人に聞いて下さい。十年前のことですけど、誰か覚えているかもしれません。彼の顔なんて知りませんよ」
「当時、北城さんの秘書をなさっていた方を探し出して、話を聞いてみたのですが、覚えていませんでした。本当に、ドタキャンされたのですか?」
「じゃあ、逆に、その人、私のことを覚えていたのですか? 藤田さんと会ったと証言しているのですか?」痛いところをつかれた。
「いいえ、あなたのことは覚えていないそうです」
「はは、ほら~やっぱりそうでしょう。古い話だ。会ったか会っていないか、分からないと言うことだ。刑事さん、私は藤田さんと会っていません。会っていないのですから、秘書の方が覚えていないのも無理はありません」
「あなたは会社を訪ねたが、北城さんと会うことができなかった。だから、彼の家の前で待ち伏せしようとした。違いますか?」
「そんな訳ないでしょう」
「秘書の方は覚えていませんでしたが、北城さんは覚えていたのですよ?」
「えっ⁉」と田川が驚いた顔をした。
上田は三枚目の紙をテーブルに置いて田川に見せた。
「これは北城さんが、あなたを訪ねる前に妹の由貴菜さんに出したメールのコピーです。ほら、ここ。あなた、会社で会ってもらえないのなら、自宅に押し掛けますと脅していますね」
「ば、馬鹿らしい。これ、私のことだと断定できるのですか? 誰かよその人間でしょう」
なかなかしぶとい。上田は矛先を転じることにした。
「あなたのお話では、北城さんは包丁を持って、あなたを追い回した。北城さんの遺体の側に包丁が落ちていました。この包丁です」
上田は証拠袋に入った三徳包丁を机の上に置いた。「あなたは、この包丁があなたのものだと証言されていますが、間違いありませんか?」
「ええ、うちのものです。前にも包丁のことを聞かれましたが、そう答えましたよね。いやあ、びっくりしましたよ。藤田さん、あっ、北城さんか。まあ、どっちでも良いや。とにかく彼が台所の包丁を持って、襲い掛かってきたのですから」
「本当に、お宅の包丁ですか?」上田の問いに、田川は「えつ!?」と不思議そうな顔をした。
「いえね。この包丁、本当に田川さんが使っていた包丁なのですか? よく見て下さい。お宅の台所に高級そうなナイフセットが置いてありますね。そのナイフセットは全て揃っていました。と言うことは、それ以外に、この包丁を持っていたことになります」
「これ、うちの包丁じゃないのですか!?」惚けているのだろうか。
「それをあなたに聞いているのです。この包丁は、あなたが使っていた包丁ですか?」
「料理なんてしませんからね。うちの包丁がどんなだったかなんて、覚えていませんよ。てっきりうちの包丁だと思っていたんですがね・・・待てよ。この包丁がうちの包丁でなかったとしたら、どうなるんだ?」田川が考え込む。
「お宅の包丁でなかったとしたら、北城さんが持って来た可能性が高いですね。たまたまマンションの誰かが、北城さんが転落した時に、包丁をベランダから投げ捨てたとは考えられませんからね」
北城の転落事故には目撃者がおり、包丁が人間と一緒に落ちて来たと証言している。
「待て、待て。あちらさんが包丁を持って来たと言うことは・・・ほら! 彼に殺意があったことの証明になりませんか? そうでしょう? やっぱり私は正当防衛なのです」
「田川さん、北城さんが家から包丁を持って来たと言うことは、殺したいほどあなたを憎んでいたことになるのですよ? 一体、北城さんとの間で、何があったのですか?」
「いや、違う。何もないよ、あちらさんに恨まれることなんて、何もしていない」
「じゃあ、何故、北城さんは自宅から包丁を持ち出したのですか? 恨みを晴らす為ではないとすると、自分の身を守る為、護身の為に包丁を持って来た? 北城さんは、あなたに殺されるのではないかと恐れていた。そして、その通り、ベランダから突き落とされて死亡した。違いますか?」
「ば、馬鹿な・・・よくもまあ、そんな突拍子も無いこと考えますね」
「そうですか? では、何故、自宅から包丁を持ち出したのでしょうか? あなたを殺したいほど、憎んでいた」
「俺はあいつに襲われたんだ。襲われて、部屋中逃げ回って、気がついたらあいつが転落していた。正当防衛だ。身の危険を感じたのは俺の方だ!」
田川は獣のように吠えた。
「ここに鍵があります」上田は証拠袋に入った鍵を見せた。
鍵は持ち歩くには不便な、大き目のキーホルダーに繋がれている。北城大祐のアパートの鍵だ。
「これも遺体の側に落ちていました」
「・・・?」
「変ですね~鍵ですよ。何故、遺体の側にあったのでしょうね?」
「何を言いたいのです?」
「ほら、鍵ですから、普通、ポケットの中にあるでしょう。それが、包丁と一緒に、遺体の側に落ちていたのです」
「そりゃあ、落ちた衝撃でポケットから飛び出したんだろう」
「この鍵、北城さんのアパートの鍵でした。あなたがファミリーレストランで北城さんと会った時、この鍵を盗んだ。違いますか?」
「何故、私がそんなことをしなければならないんだ?」
「北城さんのアパートに忍び込む為ですよ。あなた、北城さんに襲われることが分かっていた。だから、それを逆手に取って、彼を亡き者にしてしまおうと考えた。事前に彼のアパートに忍び込み、包丁を盗んでおいた。後は、彼をマンションに誘き出し、ベランダから突き落として、口を塞いだ。遺体と一緒に、包丁を投げ捨て、そして鍵を投げ捨てた」
「言いがかりだ!」
「それが、そうでもないのです。ほら、このどデカいキーホルダー、ここにね。あなたの指紋が残っていたのですよ。転落の衝撃でポケットから飛び出した鍵に、あなた、どうやって触ることが出来たのですか?」
「し、知らん!」
「あなた、北城さんを殺害した。計画的にね」
「違う。何度、言ったら分かるんだ。俺はあいつに襲われたんだ。あいつに包丁を持って追い回された。あいつは俺を殺そうとした。今度は、本当に正当防衛だったんだ!」
「今度は、本当に正当防衛だった~⁉ あなた、今、そう言いましたね。じゃあ、前回は正当防衛では無かったと言うことですね。江川信二さんの殺人事件は、正当防衛では無かった!あなた、自分でそう認めたのですよ」
上田が勝ち誇った顔でテーブルを叩いて立ち上がった。




