刑事の執念①
「この黒い車は?」祓川が呟いた。
車? 親子の背後は、アパートの駐車場になっていて、住人のものだろう、車が停まっている。中に一台、安アパートに不似合いな黒塗りの高級車が見切れるように写真に写っていた。しかも、ナンバープレートまで写っている。
「そうです。そうなんです。調べてみました。大当たりでした」
「う~む」祓川が唸った。
田川は事件当時、ホテルに近いレンタカー屋で黒のセダンを借りて使っていたことが分かっている。捜査員は藤田祐樹の誘拐に、このセダン車を使用したと考えているが、生憎、車は既に廃車となっていた。
写真に写っている車のナンバープレートは、廃車となったセダン車のものだった。
「やつがアパートをアジトとして使い、レンタカーを使って祐樹ちゃんを誘拐したのです」
敷島が晴れ晴れとした顔で言うのを、「まあ、そう結論を急ぐな」と祓川が制した。
「田川がアパ―トにいたということを立証しているだけだ。アパートに祐樹ちゃんがいたことを立証する証拠が無ければ、起訴は難しい」
「はい。分かっています」と敷島さんが笑顔で答えた。
まだ何かあるのだ。一体、この人は、どれだけ靴底を減らして歩き回ったのだろう。服部は尊敬の眼差しで敷島を見つめた。
「部屋で何か変わったことはありませんでしたかと畑さんに尋ねてみました。子供の頃の話です。変わったことはと聞かれても、何も思い出せないと言うことでした。まあ、当たり前でしょう。子供の頃に住んでいたアパートですから。ただ――」
「ただ?」
「前に住んでいた方の忘れ物を預かっていると言うのです」
「忘れ物?」
「引っ越しして直ぐに、前の住人のものと思われる忘れ物を見つけたそうです。大家さんに渡そうと思っていたそうですが、引っ越しのどさくさですっかり忘れていたそうです。気がついたのは、アパートを出て、今の家に引っ越して来てからだそうです。荷解きをしている時に見つけたと言うことでした」
「何を見つけたのだ?」
「鍵です」そう言って、敷島は胸ポケットから証拠品袋を取り出して祓川に渡した。
また鍵だ。袋の中には鍵が入っていた。よく見る両端がぎざぎざになっているタイプではなく、平たい棒状の本体に、穴が幾つも空いているタイプだ。
「前の住人が出た後、大家がきちんと部屋のクリーニングをしなかったのでしょう。畳の間からこの鍵が出てきたそうです。アパートの鍵ではなかったので、前の住人のものだと思い、大家と連絡を取って返そうとして、そのまま忘れてしまったそうです。結局、捨てられなくて、アルバムと一緒に保管してありました」
「そうか」
十年前に見つけたものだ。流石に時間が経ち過ぎている。前の所有者の指紋やDNAが見つかる可能性など、無きに等しかった。
だが、敷島は喜色満面だ。
「この鍵、ディンプルキーと言って、町の合鍵屋では、合鍵を作成できない特殊な鍵でした。合鍵は全てメーカーへ発注して作られます。安アパートには不似合いな鍵です」
「ということは!?」
「そうです。メーカーへ問い合わせをすれば、どこの鍵だか分かることになります」
「当然、問い合わせたのだろうな?」
「はい。この鍵を発注したのは藤田建設でした」
「藤田建設!」
藤田建設は北城大祐がかつて婿養子となっていた藤田不動産の系列会社のひとつだ。
「藤田不動産にも確かめました。無理を言って当時の記録を探してもらいました。結果を聞いて驚きました。この鍵は何の鍵だったと思います?」敷島がにやりと笑う。
「・・・」祓川は答えない。こういう、持って回った会話は苦手なのだ。
「藤田家の玄関の鍵でした。誘拐された祐樹ちゃんが住んでいた目黒の藤田家の玄関の鍵だったのです。祐樹ちゃんは当時、鍵っ子でした。母親は育児放棄状態で、祐樹ちゃんは鍵を持ち歩いていた。学校に行く時も、遊びに行く時も常に持ち歩いていた。誘拐された時にも、当然、鍵を持っていたはずです」
「田川に誘拐され、アパートに監禁されていた時に、祐樹ちゃんが落としたものが畳みの隙間に入り込んでいた訳だ」
「或いは・・・」
「ああ、そうか。祐樹ちゃんは賢い子だった。わざと鍵を畳みの隙間に鍵を押し込んでおいたのかもしれない」
「祓川さん。これで田川と祐樹ちゃん誘拐殺人事件がつながったことになります。物証としては弱いかもしれませんが、やつを追い詰めるには十分な証拠だと思います」
捜し求めていた物証が目の前にあった。今回の事件には鍵がついて回っている。それもこれも、祐樹ちゃんからのメッセージのように思えた。
敷島の話によると、藤田家は事件後、空き家同然になっているそうだ。祐樹の死の責任を取らされる形で、大祐は藤田家から籍を抜かれて追い出された。その後、暫くは夫人が一人で住んでいたが、その後、都内のマンションに生活の拠点を移してしまっている。祐樹の思い出と一緒に居たくなったのかもしれない。
現在、住居は藤田家の関係者が別荘のように使っていると言う。不動産屋とあって、今でも管理は行き届いているそうだ。
玄関の鍵は変えていないという話なので、手元にある、この鍵が藤田家の鍵であることを証明することは難しくなさそうだ。
敷島の話が続く。「事件当時、藤田不動産で社長秘書をやっていた石橋と言う男を探し出して、会って話を聞いてきました。当時、藤田不動産は藤田建設と共に都内のマンション建設の入札に参加していたそうで、北城さんは、いそがしくて仕方がなかったようです。融資の相談など、いくらもあったそうで、田川の写真を見せて尋ねてみたのですが、覚えていないと言う返事でした」
「もう十年の前の出来事だ。覚えていないのも無理はない」
「もうひとつあります。坂本によると、田川は当時、モルト社製のスーツケースを愛用していたそうです。田川に『新しいスーツケースが欲しい』と頼まれ、町田のデパートで坂本が購入したものだそうです。気に入って愛用していたそうで、誘拐事件で身代金の受け渡しに使われたスーツケースでしょう。色は黒だったそうです」
「うむ」と祓川が頷く。
「祓川さん。これで、やっと枕を高くして眠ることができます。この十年、事件のことは、頭の片隅から離れませんでした。もっとやれたはずだ、他に出来たことがあるはずだと自分をずっと責めて来ました。やっとその呪縛から開放されます」
満面の笑顔を向けながら、敷島は泣いていた。両目からは大粒の涙が零れ落ちていた。苦しかったのだろう。同じ警官として、服部は痛いほど気持ちが理解できた。今は祓川の後をついて回っているだけだが、何時か自分もこうして、必死に真相を追い求める日が来るかもしれない。




