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不当防衛  作者: 西季幽司
第三章「業火に焼かれて」
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殺意の証明②

 北城大祐が使っていたタブレット端末を調べたところ、スケジュール帳の事件の日の夜と、その五日前の予定に、「田川さん」と書かれてあった。

 日時がはっきりしたので、レストラン周辺の防犯カメラの映像を上田と今村が探し回った結果、レストラン近くのコンビニの防犯カメラの映像に北城大祐が映っているのを確認することができた。

 間違いない。事件前に田川と大祐が会っていたことは確実だった。

 タブレット端末を調べた結果、事件のあった日に妹の由貴菜にメールを出していることが分かった。実家を訪ねた時、由貴菜はメールのことに触れなかった。

 電話で問い合わせると、「すいません。兄が実家にいる時は、パソコンの設定とか、全部、やってもらっていたんですけど、家を出てからは、そういうこと、主人も苦手なもので、最近、メールの調子が悪かったんですけど、直せなくて、ずっと見ていないんですよ」という答えだった。


 由貴菜へ


 あいつだ。ついにあいつを見つけた。あいつの仕業に違いない。

 あの日、廊下であいつが「会社で会ってもらえないのなら、自宅に押し掛けますよ。夜中でも、朝でも、何時でもいい。とにかく話を聞いてくれ」と言って、秘書ともめているのを見かけた。

 あの頃、会社が大変で、毎日、毎日、目が回るような忙しさだった。正直、あいつのような人間が山ほどいた。だから、気にも留めないでいた。あいつのことはすっかり忘れていた。警察にも話していなかったと思う。あいつと会うまで、思い出しもしなかった。

 あいつと会って話をしていて、突然、そのことを思い出した。それに、俺と祐樹しか知らないことを知っていた。これもきっと、天国の祐樹が教えてくれたのだ。

 あの日、あいつはうちに押しかけ、祐樹をさらっていった。きっとそうだ。

 今晩、あいつの家に行って、確かめてくる。

 そして、あいつが、祐樹をさらって殺した犯人だったとしたら、俺はあいつを許さない。絶対に許さない。世間からどう批難されても構わない。俺は祐樹の仇を取る。世界中で俺だけが、祐樹の仇を取ってやることができるのだから。

 由貴菜、ごめん。また迷惑をかけてしまうかもしれない。愚かでダメな兄ちゃんを許してくれ。

 父さん、母さんをまた悲しませてしまうな。二人のこと、よろしく頼む。


 大祐


 タブレットに残ったメールには、こう書かれてあった。

「北城大祐は田川が誘拐犯だと知っていました。お子さんの仇を討つ為に田川のマンションに向かったのですね」

「・・・」祓川は答えない。何を考えているのだろうか。

「アパートに包丁が無かったのは、田川を殺害する為に持ち出したからだったのですね」

「事前に田川を殺害する意図があったかどうか、それは分からない。それに、殺害の意図があったとすると――」

「あったとすると?」

「田川の正当防衛が成立してしまう」

「ああ、そうか・・・」

 北城大祐に襲われ、身を守る為にベランダから突き落としたという田川の主張が通ってしまうのだ。

「だが、それを証明する為には、何故、北城さんに襲われたのかを、かつて自らが犯した犯罪を自白しなければならない」

「究極の選択――ですね」

 誘拐殺人を認めることで、正当防衛が認められることになる。だが、それは田川にとって、出来ない相談だった。

「そこで、あんな、あやふやな証言になったのだ」

 だから、仕事上のトラブルから包丁を持って追い回された――という苦しい説明になってしまったのだ。しかも包丁は自分のもので無ければ、北城大祐の殺意を証明してしまうことになる。正当防衛を主張する為には、殺意を証明した方が良いに決まっているが、そうなると藤田祐樹ちゃん誘拐殺人事件に触れない訳には行かなくなる。

 田川はジレンマを抱えていた。

「藤田祐樹ちゃん誘拐殺人事件への関与を立証することで、田川の正当防衛が認められてしまうのでしょうか?」服部が悲痛な表情で言う。

 刑事にとっても、痛し痒しだ。

 服部の無念に満ちた表情を見た祓川は「まだ鍵がある」と言った。

「鍵がある?」どういう意味だ?

 北城大祐のアパートの鍵が遺体の側に落ちていた。「遺体のポケットに無かったのは妙だ」と祓川は言う。

 鑑識官も言っていた。転落の衝撃でポケットから飛び出しただけだろう。

「北城さんがレストランで田川と会った時、やつが隙を見て北城さんのアパートの鍵を盗んだとしたらどうだ?」

「どうだと言われても・・・」

 まだ祓川の言わんとしていることが分からない。

「田川は当然、北城さんが藤田社長だったことを知っていたはずだ。会いたいと言われて、疑心暗鬼となった。会ってみれば、自分が誘拐事件の犯人であることに気がついているようだった。そこで、どうする?」

「何とかしなければならないと考えるでしょうね」

「そうだ。北城さんを亡き者にしようと考えた。正当防衛を装い、殺害することを考えた。江川信二さんの事件で成功体験がある。上手く行くと思った」

「そう言えば遺体の側にあった鍵、やたら大きくて持ち運びが不便そうでした」

「ソファーに腰を降ろす時にポケットから落ちた。北城さんは鍵を拾って、テーブルの上に置いた。田川はこっそりとテーブルの上にあった鍵を盗んだ」

「秘書の佐藤さんが、北城さんが鍵を無くて困っていたと証言していましたね」

「現場に突然、鍵が現れた訳だ」

「確かに変です。計画殺人だったと言うことですか⁉」

「鍵を盗み、北城さんのアパートに忍び込む。物色したが、何もないアパートだ。凶器になるそうなものと言えば、包丁程度しかなかった。そこで包丁を盗み出した。そして、北城さんをマンションに誘い出した」

 平素、無口な祓川がよくしゃべる。服部を教育しようとしているのかもしれない。

「北城さんをベランダから突き落とし、正当防衛を偽装した」

「北城さんをベランダから突き落とした後、包丁と鍵を遺体の側に投げ捨てておいた。だから、遺体のポケットに鍵が無かったのだ」

 凄い!鍵、ひとつでそこまで考えていたのだ。

「鍵、鍵ですね。鍵から田川の指紋が出れば、それを証明できるかもしれません」

「鑑識に確認しておいてくれ」

「分かりました」と服部は飛んで行った。

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