辛い恋愛①
捜査会議を終え、田川と大祐が以前からの知り合いだったようだ――と係長の野上に報告を上げた。祓川の後をついて歩いているだけだが、野上への報告が服部の仕事になっていた。野上だって、祓川がバックにいることが分かっている。
報告を聞き終わると、「モアイ、田川のマンション周辺の聞き込みに行って来い」と野上は指示した。警視庁で伝説だった祓川には直接、言えないことも、服部には気軽に指示できる。
最後に、「最近、どうだ?」と野上に聞かれた。祓川とのコンビのことだ。
「勉強になります」と答えると、「そうか」と満足そうに頷いて、「しっかり勉強して来い」と送り出された。
野上の後は上田と今村だ。孤立している祓川に代わって、一課内の捜査状況を収集しておかなければならない。
野上もそうだが、服部が話す捜査状況に、上田も今村も、聞き耳を立ててくれる。祓川の成果を横取りしているようなものだが、自分が一人前の刑事になった気分だった。
「係長から田川のマンション周辺を聞き込んで来いという指示でした」と祓川に伝えると、無言で腰を上げた。
置いて行かれないように、後を追う。
無言だったが、田川のマンションに向かっているようだった。野上の指示を守ってくれるようで、ほっとした。
「上田さんと今村さんに聞いてみましたが、田川のマンションで、北城大祐の姿を見たという目撃証言は皆無だということでした。夜中でしたので、誰にも目撃されなかったようです。勿論、事件前の目撃証言もありません。ああ、それから、タブレット端末については、田川は『見た覚えがない』と答えているそうです」今度は服部が一課内で集めた情報を祓川に報告する番だ。
スパイのようなものだ。
「ふむ」と祓川は頷いただけだった。
道中、沈黙はたまらない。嫌がられても話しかけることにした。「考えてみると、少し妙な気がします。北城さんは訪ねて行った田川の部屋から転落死しています。初対面の相手を部屋に上げて話をするなんて、かなり無用心ですよね。田川は金持ちのようですし。実際、やつは北城さんに追い回されて、殺されかけたと証言しています」
「金が絡んだもうけ話だった。他人に聞かれたくなかっただけかもしれない」
「ああ、そうですね。田川は自宅を事務所代わりに使っていました。自宅で商売の話をすることが多かったのかもしれませんね」
「ふむ」と祓川はまたひとつ頷くと、「田川は金を持っていた。初対面の人間を部屋に上げるのは、確かにリスクがある」と呟いた。
「そうですね」としか答えようがない。
「あの日、初対面でなかったとしたらどうだ。タブレット端末を持って行かなかったとしたら、商売の話は済んでいたのかもしれない」
「そうですね」
「どこか他に、外で会っていたとしたら・・・」
「そうですね。以前、別の場所で会っていたとしても不思議ではありませんね。要は他人に話を聞かれなければ良い訳ですから」
「初対面の相手と外で落ち合うとしたら、何処に行く?」
「僕だったら・・・そうですねえ・・・閑散とした隠れ家的な喫茶店があれば、そこを使うかもしれません」
「隠れ家的喫茶店か」
「祓川さんならどうです? どんなところを選びますか?」
「反対に混み合ったファミリーレストランを待ち合わせ場所として指定する」
「ああ、そうですね。店員は忙しくて、客の顔なんていちいち覚えていないでしょうし、隣の席の会話に聞き耳を立てる人もいないでしょう。暇な喫茶店だと、逆に店員に会話がまる聞えになってしまいます。かと言って、額を寄せてひそひそ話をしていると、目立つし」
事件前に二人が遭っていれば、どこかに痕跡が残っているはずだ。
駅前からマンションにかけて、北城の顔写真を持って、聞き込んで回った。通りに面した店を一軒、一軒、虱潰しに当たり、目撃者を探した。
照りつける陽射しが、じりじりと地面を焼くような日で、額から汗が滴り落ちた。
鄙びた喫茶店を見つけた。小太りで愛想のないマスターは北城の写真を見せても、「さあ、見たことない顔です」とそっけなく答えた。
ファミリーレストランが近くにあった。こちらはアルバイトだろう、学生らしい細身の若い店員に北城の写真を見せると、「すいません。僕は見たことがありません。ホールはバイトがシフトで入っているので、何月何日の何時頃にいらしたか分かれば、誰が店にいたのか分かります。そしたら、何か分かるかもしれません。ですが、毎日、色々なお客様がいらっしゃいますから、全部、覚えているかどうか・・・」と困惑した表情で答えた。
若者の言葉に、服部は返って、外で落ち合うとしたら、ここかもしれないと言う思いを強めた。
「この間の近所のマンションから人が転落死した事件ですか?」と若者は興味津々の様子で尋ねて来た。
「すいません。事件の詳細はお話できないんですよ」服部が申し訳なさそうに言うと、「あの、転落事件のあった部屋の住人の方なら、よくうちにお見えになりますよ」と若者が言った。
「転落事件のあった部屋の住人を、ご存知なのですか?」
「うちの常連さんです。転落事件のあった部屋の住人だったと言うことは、この前のテレビを見て知りました。近所であった事件ですし、見慣れた顔の方がテレビに出ていて驚きました」
またテレビだ。テレビの影響は大きい。田川は自己顕示欲からテレビに出たのだろうが、墓穴を掘ったようだ。
「よくこの店に来るのですか?」
「はい。昼、夜、うちに食べに来られることもあります。うちの人間なら、みんな顔くらい知っていると思いますよ。ほら、あそこ、一番、隅っこのあの場所が指定席です。あの席が空いてないと、『出直すわ』と言って帰られることもあります。『席を取っておいて』と頼まれたことも、何度かあります」
そう言って若者が店内の隅にある四人掛けのテーブルを指差した。部屋の形から、奥の窪んだ場所にあり、三方が窓と壁に囲まれて、個室のようになっている。広々とした店内で唯一、圧迫感がある場所と言え、ファミリー客には人気がないのだと言う。
「お一人のお客様が好まれますね。あの人も、この場所が落ち着くと言って、何時もそこに座っています」
「それで、その人が誰かと一緒にいるところを見たことがありますか?」
「そうですねえ・・・大抵、お一人なんですけど、そう言えば誰かと一緒にいたのを見たことがありますよ。二、三度は、そんなことがあったんじゃないかな?」
「それは、この人ではなかったですか?」上田が北城の顔写真を再び見せた。
「さあ、相手の方の顔は覚えていません」
「最近のことですか?」
「いえ、大分、前のことだったと思います。まあ、僕のシフトでない時間に誰かと来ていたら、分かりませんけど・・・」
「分かりました。お話を聞いてみたいので、他のアルバイトの方の連絡先を教えてもらえませんか?」
「連絡先ですか!? ちょっと店長に聞いてみないと・・・」若者が顔を曇らせる。
「いや、ちょっと待って下さい。お宅のように全国展開しているレストランなら、きちんとした防犯システムが作動していますよね?」
「ええ、まあ。はい」
結局、店長の許可を得てから防犯カメラの映像を提供すると言うので、一旦、レストランを出た。