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不当防衛  作者: 西季幽司
第二章「二度あること」
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十七年前の事件④

 香川県警は過失致死で起訴したかったが、最終的に検察では正当防衛として不起訴処分とした。

「ここまでが当時の話だ」と野上が言う。

 当時、検察の判断が不満だったのか、北城大祐の転落死を知った香川県警では当時の事件について、改めて聞き込みを行ったようで、その結果を連絡して来ていた。

 ここで山地という男が登場する。

 山地宗佑(やまじそうすけ)は当時、四十代、色黒で髭剃り跡の濃い山賊のような顔をしている。これで、体格が立派だったら、威圧的に見えるのだろうが、小柄で当人は至って大人しい人物だ。常に無表情で、口数が少なく、何を考えているのか分からないところがある。

 当時、スーパーマルタで働いていた。

「江川さんは本当にお気の毒でした。当時は色々、言えないことがあったりして、大変、失礼しました」と妙にひっかかる言い方をしたらしい。

「江川さんの事件で、何か話したいことがあるのですか?」と聞くと、「こんなこと、刑事さんにお話して良いものかどうか・・・」と言い訳しながら、「もう終わったことですし・・・いえね、私はね、大学を卒業してから、スーパーマルタ一筋で、人生を捧げて来たつもりでした。社長からも信頼していただいて、大事な仕事を任せてもらっていたと思っていたんですけどね・・・それが、その、あの事件の後で、なんだかんだと社長から難癖を付けられて、あっさりクビを切られてしまいました」と話し始めた。

 秘密を暴露することで、田川への恨みを晴らそうとしたのだろう。ここからは山地の話だ。

「過去、五年間の監査報告書を見せてもらえますか?」

 最初の極秘会談から、江川は自信満々だった。田川の話を聞くより、会社の財務諸表を見せてもらえば、会社のことは大体のことは分かると、ある意味、尊大だった。

 話はとんとん拍子に進んだ。

 スーパーマルタの経営譲渡に関する覚書を取り交わし、後は公式発表を待つだけの段階になった。そんなある日、江川が顔を真っ赤にしながら、社長室に乗り込んできた。

「事件調書には江川が資金難から経営譲渡を取り消したいと言い出し、口論になったとある。だが、事実は少々、異なっていたようだ」野上が話を続ける。

「田川さん、話が違うじゃないですか!」

 スーパーマルタの監査報告書には重大な誤謬があり、経営譲渡の話はご破算にしたいと江川は鼻息を荒げた。スーパーマルタは大量仕入れによるリベートを架空計上していると言うのだ。

 コンビニの台頭による競争の激化により、売上が激減したスーパーマルタは、一定期間内に商品を大量に仕入れることで、仕入先からリベートと呼ばれる奨励金を得ることを考えた。リベートと言うと賄賂の意味にとられることが多いが、本来は割戻しの意味で適正な範囲内であれば問題はない。これにより、コストを削減することができ、利益を増やすことができる。

 最初はきちんと会計処理を行っていた。だが、経理処理が複雑で外部から分かり難いことに目を付けた田川はこれを悪用することを思いついた。不正にリベートを計上して、会社の業績を実態よりも見栄え良く見せ、高値で江川に売り払おうとしたのだ。

 財務諸表上、リベートは未収入金として計上される。これが不正な会計処理であった場合、将来的に入金は見込めない。つまりはリベートの入金を当て込んでいると、資金繰り躓いて倒産しかねない。

 経営上のトップシークレットともいえるリベートの不正計上を、江川は知っていた。リベートのからくりは、田川以外、経理部長しか知らなかった。

「当然、山地が江川に漏らしたものに違いない」と野上は言うが、山地はそのことを認めなかったらしい。

「江川さん、落ち着いて下さい。不正なんて、冗談じゃない。どこで、そんな変な噂を聞きこんできたのか分かりませんが、わが社の監査報告書に欠陥なんかありません!」

 田川は江川を懸命になだめようとしたが、江川は耳を貸さなかった。

 この時点で、山地は「席を外してくれ!」と社長室を追い出されているので、ここからは田川の供述しかない。

「突然、江川さんが『殺してやる!』と言って、襲い掛かってきました。馬乗りになられて、両手でぐいぐいと首を絞められました。苦しさのあまり、必死に抵抗しました。無我夢中で抵抗している内に、何かが手に触れました。朦朧とした意識の中で、私はそれを手に取りました。そして、本能的にそれで江川さんの頭部を殴ったのだと思います。首を絞める手から力が抜けて、私は激しく咳き込みました。体の上に覆いかぶさってくる江川さんの体を押しのけました。やっと呼吸ができるようになり、床の上に伸びた江川さんを見ると、もう息をしていませんでした」

 こうして、田川は江川を殺害した。

 事件当時、田川が江川を騙した経緯が明らかになっていれば、正当防衛は認められなかったかもしれない。だが、死人に口なしで、当時は一方的に江川から難癖をつけられ、口論になったと言う田川の証言しかなかった。

 事件後、田川は覚書を楯にスーパーマルタを、主を失った江川商会に売却し、その資金を元手にタガワ・コーポレーションを設立した。江川商会はほどなくスーパーマルタを大手の流通企業グループへと売却している。売却に当たり、足元を見られた様で、結局、豪腕経営者を失った江川商会は借金を抱え倒産していた。

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