十七年前の事件②
アパートから徒歩で十五分程度歩いたところにある雑居ビルの一階にイーグルホームがあった。ガラス張りで間口は広くとってあったが、中は意外に狭い。書棚とデスクが二つ、ところ狭しと並べてあり、入り口近くにかろうじて応接スペースが確保してあった。
応対に出た頭髪の薄くなった丸顔で年配の社員に、「鷲尾さんからお話をお聞きしたい」と伝えると、「社長は外出していますが、直ぐに戻ると思います。そちらでお待ちいただけますか」と応接スペースを進められた。
年配の社員が煎れてくれたお茶を飲みながら、鷲尾が戻って来るのを待った。十分程度、待たされてから、鷲尾が戻って来た。
「おや、いらっしゃいませ」
鷲尾は丸顔で頭頂部が薄く、応対に出てくれた年配の社員と顔が似ていた。血縁関係があるのかもしれない。鷲尾の方が年下だろう。寄り目で目が小さく、眼鏡をかけているのだが、銀縁で両端が吊りあがったデザインで、本人は気付いていないのか、強欲な印象を人に与えてしまう。
服部は警察バッジを見せながら、「北城さんについて、お話を聞かせてもらえませんか」と告げると、「ああ、連絡をいただいた刑事さんですか。北城さん。本当に、惜しい人を亡くしました」と悲痛な表情をして見せた。
鷲尾が二人の前に腰を降ろす。
「北城さんとは親しかったのでしょうか?」
「いえ、まあ。店子の一人に過ぎませんが、まあ、同業者ですから、何度か話をしたことがありました。あちらはうちよりちょっと客層が上でしたからね。安アパートを探しているお客さんを紹介してもらったことも、一度や二度じゃありません。うちからお客さんを紹介したことは無かったんじゃないかな。そういう意味でも、惜しい人でした」そう言って、鷲尾はくっくっと笑った。
見かけ通り、強欲な人間なのかもしれない。
「北城さんに坂本さんを紹介したとお聞きしました」
「ああ、そう言えばそうでしたね。何時も紹介してもらってばかりでは悪いですからね。坂本さんとは、仲良くさせてもらっています。北城さんから出資をしないかと誘われましてね。お話をお聞きしたのですが、どうにも・・・」
「どうにも?」
「ちょっとした博打に思えました。わたしどもには、リスクが大き過ぎました。上手く行けば良いけど、失敗すれば、一気に財産を失ってしまう。この会社もどうなることか分かりません。正直、もう、博打を打つような年じゃありませんから」
「それで、出資を断るかわりに坂本さんを紹介したと言う訳ですね?」
「ええ、まあ。それに、坂本さんの出方を見てから、出資を決めても良いだろうと考えました。坂本さんとは昔からの知り合いです。北城さんに『ちょっと考えさせてくれ』と言ったら、『誰でも良いから、出資してくれそうな人を紹介してもらえないか?』と言われました。それで坂本さんを思いつきました。彼はこの業界で顔が広いから、例え自分が乗り気にならなかったとしても、きっと他に良い人を紹介してくれるんじゃないかと思いました」
「なるほど・・・」
「結局ね、後で坂本さんから、出資を断って、別の人を紹介したと聞いた時には、『金を出さなくて良かった』と思ったものでしたよ」
「それで、坂本さんが紹介した田川という人物をご存知でしたか?」
「いいえ、知りません。そうそう、週末にテレビに出ていたそうですね」鷲尾は「小田さん」と年配の社員を呼ぶと、「ほら、テレビに出ていたあの人、小田さん、近所で見かけたんですよね?」と声をかけた。ここでも田川の目撃情報だ。
小田と呼ばれた社員が立ち上がって、「はい。見かけました」と答えた。
「どちらで見かけたのですか?」
「北城さんが住んでいたアパートです。ハウスクリーニングがあってアパートに行った帰りに、テレビで見た人とすれ違いました。アパートに入って行ったので、誰だろうと思ったので、覚えていました。住人の方は大体、顔を覚えていますので――」田川が北城のアパートを訪ねたことは間違いないようだ。
これといった収穫のないまま、鷲尾からの事情聴取を終えた。