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不当防衛  作者: 西季幽司
第二章「二度あること」
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恩返し①

 驚いた。田川敦也がテレビに出ていた。

 人気の報道番組だ。事件が起こってしまえば、休みなど無いに等しい。とは言え、最近は働き方に煩い。

 祓川が報告を上げようとしないので、係長に野上に報告を行った後、上田と今村と情報交換を行い、週末は交代で休むことにした。

 服部は独身、一人暮らしだ。土曜日の午前、束の間の休息を迎え、朝寝坊を楽しんだ服部は、腹が空いたのを思い出してベッドから起き出し、テレビをつけたところだった。

 黙って座っていれば見栄えの良い男だ。リビングのソファーにどっかり腰を降ろした田川と美人アナウンサーのツーショットは絵になった。

「今日は一人の男性が転落死を遂げた事件について、現場となりましたマンションから、住人の方とのインタビューをお送りします」

 女性アナウンサーの緊張した第一声でインタビューが始まった。

「こちらにお住まいの田川さんです」

 緊張した面持ちの女性アナウンサーとはうって変わって、田川は余裕綽々だ。「田川敦也です」とフルネームで自己紹介した後、カメラに向かった微笑む余裕すらあった。

 捜査中の事件だ。被害者の名前は公開されているが、加害者である田川の個人情報は伏せられたままだ。捜査関係者から漏れたとは思えない。テレビに出ているとすれば、田川本人がテレビ局と連絡を取ったのだ。ともすれば殺人犯と思われ、敬遠されるかもしれないのに、むしろ、自分から積極的に表に出たがっているようだ。

 余程の目立ちたがり屋なのだろう。

「田川さんは、どんなお仕事をなさっているのでしょうか?」

「私ですか。そうですねえ、昔ふうに言えば投機家ですね。今風に言えば個人投資家、いや、トレーダーと言った方が良いかな。株式や外国為替なんかに投資を行っています」

 話が長くなりそうだと思ったのだろう。アナウンサーは「事件について、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」と事件の話題をふった。

「ええ、何でも聞いてください」

「お亡くなりになられた北城さんとは、どういうお知り合いだったのでしょうか?」

「北城さん――でしたっけね、亡くなられた方。知り合いと言っても、会ったのはあの日が始めてでした。どこかで私の噂を耳にしたらしくてね。時間をくれ、話を聞いてくれと押しかけてきました」

「北城さんの方から連絡があったのですね?」

「そうですよ。もうけ話があると言うので、聞く気になったんですけどね。聞いてみたら、まあ、計画が杜撰で、とても金になりそうな話じゃありませんでした。まあでも、発想は悪くなかったんですよ。もうちょっと綿密に細部を詰めてから、話を持って来てもらわないと、こちらとしても判断のしようがありませんでしたね」田川は憑かれたようにしゃべる。

 この辺り、投機家として名を売る為に、宣伝しておきたいところなのだろう。

「それで、北城さんとの間で、その、トラブルになった訳ですね?」

「トラブルだなんて!? 投資の話をお断りしたら、あちらさんが一方的に怒り始めてしまってね。そりゃあね、こっちも売り言葉に買い言葉で、多少、きついことを言ったかもしれませんよ。『顔を洗って出直してこい!』なんて言ったような気がします。そしたら、いきなり襲い掛かってきました。全く、たまったもんじゃない」

「もみ合いになったと言うことでしょうか?」

「ええ、まあ。なんとか振りほどくと、あの男、台所に行って、包丁を持ち出してくるじゃありませんか。私ね、『殺される~!』と怖くなりました。部屋中、逃げ回りましたよ。こっちも必死です。あの男、包丁を持っておいかけて来ました」

 確かに、リビングは逃げ回ることができるほど広い。

「それで、ベランダにお逃げになったのですね?」

「逃げようと思ってベランダに逃げた訳じゃありませんけどね。部屋の隅に追い詰められて、たまたま、ほら、あのガラス戸を開けて、ベランダに逃げたんです。きっと、ベランダに出て、ガラス戸を閉めてしまえば、助かると思ったんですね。あの時」田川があごをしゃくって、ベランダを指し示す。

 リビングの南側は一面、ガラス戸になっていて、横にスランドさせて開けると、ベランダが広がっている。

「ところが北城さんはベランダまで追って来た?」

「ええ、ええ。咄嗟のことで、考えが甘かったんですよ。考えてみてください。ガラス戸は中からなら施錠できますけど、外からは鍵をかけることができない。ベランダから必死にガラス戸を押さえたのですが、簡単に開けられてしまいました。『万事休す~!』なんて、あの時は思いましたよ」田川が両手を上げておどけて見せた。

「それで、どうなったのですか?」

「それがね」と田川は声を潜めると、「何せ、一瞬のことだったんで、僕にもよく分からないのです。あの男が包丁を持って襲い掛かってきたので、咄嗟に身をかがめたら、『あれ~!』なんて、悲鳴を上げたかどうか覚えていませんが、目の前から男の姿が消えていました」

「田川さんを襲うとして、バランスを崩して転落したと言うことですね」

「多分、そんなとこじゃないかな」

「それから、どうなされました?」

「どうもこうも、暫くじっとしていました。最初はあの男が転落したことが分からなくて、部屋のどこかに潜んでいるかもしれないと思ったものですからね。やっと、あの男が転落したことに気がついて、そこからは気を失ったように、このソファーでぐったりしていました。九死に一生を得た訳です。朝になったら、回りが騒がしくなった。外に出たら、刑事さんが聞き込みを行っていたので、『私がやりました』と名乗り出た訳です。

 警察で長々と事情を聞かれましたけどね。ほれ、正当防衛って言うんですか? それが認められたみたいで、無罪放免ですわ。ははは――」

 逮捕、勾留する事由が固まっていないだけで、現時点では、まだ正当防衛が認められた訳ではない。服部はそうテレビに言い訳した。

「なるほど」

「正当防衛です。私にゃあ、罪はありませんよ。あの男が殺そうと襲ってきて、それを避けただけなのですから。あの男が勝手に転落して死んだだけです」

「事件当日の状況を再現してもらってもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいですよ。あの日も同じように、最初はここにこうして座って話をしていました。計画を聞いているうちに、その杜撰さに嫌気がさしてしまいましてね。色々、言っているうちに、何か気に障ることを言ったのかもしれません。突然、あの男が急に飛び掛ってきて、首を絞められました。ほら、私の首を絞めて」田川はアナウンサーに北城役を命じた。

 アナウンサーが田川の首を絞める素振りをする。田川は「うっ!くっ!」と嬉しそうに悲鳴を上げた。

「それから、台所に行って包丁を持ち出してきたのですね?」とアナウンサーが尋ねた。

「うーん、もうちょっとばたばたあったと思います。もみ合いになって、ほれ、こうして――」と田川は足を折りたたんで見せながら、「あの男を蹴飛ばしてやりました。そしたら、あいつ、台所に行って、包丁を手にしたのです」と言った。

 北城役のアナウンサーは「あれ~!」と蹴飛ばされる芝居をしながら、台所に向かった。台所は綺麗に片付いている。と言うか、食器や調理器具が少ない。

「自炊なんてしませんから、台所には何もありません。食器や調理具は一通り揃えていますけど、料理なんてつくったことがありませんね。使っているのは、それこそ冷蔵庫と電子レンジくらいじゃないかな」ソファーに座ったまま田川が言う。

 確かに、テーブルの上には包丁の刺さった包丁スタンドがぽつんと置いてあるだけだった。

「この包丁スタンドから包丁を抜き取って、襲い掛かって来たのですね」

「そうそう。それから、あの男が包丁を持って、襲い掛かって来た。私はベランダのほうに慌てて逃げました。さあ、私をおいかけて」田川は「こっち、こっち」とアナウンサーをベランダへと導いた。

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