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不当防衛  作者: 西季幽司
第一章「誘拐殺人事件」
12/27

写真②

 平田は怪訝そうな表情で、「ええ、住んでいました。朝、私がゴミを出す時間に出勤するところを、何度かお見かけしましたから。『お早うございます』って、にこにこと挨拶してくれましてね。社長さんだったなら、車でお迎えが来ても不思議ではなかったんですねえ~何時も徒歩でした。近所のバス停で、バスに乗っていたみたいでしたよ」

「ゴミの話が出ましたけど、北城さんがゴミを出しているのを見たことがありますか?」

「嫌ですねえ~そりゃあ、ありますよ。変なことを聞きますね」平田が笑った。

 ゴミ箱が部屋になったのは、ゴミ袋に直接、ゴミを入れて捨てていただけのようだ。

「どなたか北城さんを訪ねて来た人はいませんか?」

「さあ? 見張っていた訳はありませんから」

「他に、北城さんと親しかった方をご存じありませんか?」

「さあ? 存じ上げません」

 平田からの事情聴取で分かったことは、どうやら北城大祐はこのアパートに住んでいたらしいということだけだった

 何軒か他の部屋を回ってみたのだが、留守だった。

「ダメですね。職場に回ってみましょうか」と服部が言うと、祓川がむっとした顔をした。

 何処に行って、何をするかは自分で決める――ということだろう。

 それでも、千葉市内にある「北城エステート」へ向かった。

 千葉市内の住宅街の一角に「北城エステート」はあった。民家に埋もれるようにして、二階建てのオフィス・ビルがひっそりと建っている。

 オフィスを訪ねると、そばかすの目立つ若い女性が二人を迎えてくれた。胸につけた名札に「佐藤悦子(さとうえつこ)」とある。小柄でおかっぱ頭のせいか、子供っぽく見えるが、三十歳前後だろう。笑うと、右頬に大きなえくぼができる。

「突然、社長がいなくなってしまい、正直、何をどうしたら良いのか分からなくて困っています。何かしなければと、気ばっかり焦るのですが・・・」笑顔を浮かべてはいたが、意味もなく机の上のペンや書類の位置を直しながら喋っている。

 本当に狼狽しているようだ。

「北城さんのデスクを見せて頂きたいのですが、どちらですか?」

「こちらです」佐藤が案内してくれたのは、部屋の一番奥にある机だった。社長室にふんぞり返るような人物ではなかったようだ。

 机の上は比較的綺麗に整頓されていた。仕事の忙しさを物語るかのように書類が山のようになっていた。机の後ろにはキャビネットが並べられており、そちらにもきちんと整理整頓されたファイルがずらりと並んでいた。

 全て顧客と取り扱っている不動産の資料だと言う。

「職場には生活感がありますね」服部は机の中を調べ始めた。祓川は「そっちはお前に任せた」と書類の山との格闘を任せて、佐藤から事情を聞くことにした。

「北城さんはどんな人でしたか?」

「仕事熱心で、とっても優しい方でした。お客様にはとても親切でしたし、私たちにも色々と気を使っていました。ご覧のとおり小さな会社ですけど、忘年会や社員旅行にまで気を配って頂きました。人が良すぎて、あまり儲かっていなかったみたいでしたけど、私たちのお給金はいつもきっちり払って頂いておりました。とても良い社長さんでした」

 故人の良い評判を聞いても仕方がない。故人で批判されるような人間は、生前の行いが余程悪かったということだ。祓川が尋ねる。「私たち? 私たちと言いましたが、他にも社員がいるのですか?」

「はい。もう一人、奥寺さんという人がいます。社長が・・・その・・・急にあんなことになったものですから、社長の代わりに飛び回っています。私は留守番を任されています」

「奥寺さん、今日、会社に戻ってきますかね?」

「さあ・・・分かりません」

「田川と言う名前に心当たりはありませんか?」

「田川さんですか?」

「ええ、田川敦也と言う人物です。北城さんが殺そうとした人です」

「そんな。社長は人を殺そうとするような、そんなことができる人ではありません!」

「そうですか。まあ、良いです。あなたは北城さんが十年前の誘拐殺人事件の被害者だと言うことを知っていましたか?」

「ええ、まあ。社長はご自分のことは何もおっしゃいませんでしたけど、周りの方から色々とお聞きしました」

 佐藤の説明では、大祐は不動産業界ではちょっとした有名人らしい。聞かなくても、「北城さんって、あの藤田不動産の藤田さんですよね? あの誘拐殺人事件の――」と事件のことを教えてくれる人間が多かったと言う。

「なるほど、まあ、藤田不動産といえば、ちょっとした大企業ですし、十年前とは言え、随分、世間を騒がせた事件でしたからね。

 三日前、北城さんが田川のマンションを訪ねた日ですけど、何時もと変わった様子はありませんでしたか?」

「そうですね。何時も通り、忙しそうでしたけど・・・」

「でしたけど?」

「いえ、時折、ぼうっとしていることがあって、社長にしては珍しいなって思いました。でも、ここ一週間くらいはずっとそんな感じでしたから、その日に限ったことではありませんでした」

 大祐の机の中を探っていた服部が顔を上げた。佐藤と祓川の会話に聞き耳を立てているようだ。

「そうですか? 最近、他に変わったところはありませんでしたか?」

「そうですね~そう言えば、アパートの鍵を無くしたとか言っていました。それくらいです。相変わらず、私たちに必要以上に気を使っていました」

「アパートの鍵を無くした?」

 確か、遺体の近くに鍵が落ちていた。

「鍵だったら、スペアをつくりましょうかって聞いたら、鍵は良いんだけど、キーホルダーがもう二度と手に入らないものだから、もう一度、探してみるよっておっしゃっていました」

 鍵は遺体の側にあった。

「お手間を取らせました」

 祓川は事情聴取を切り上げると、「何か見つかったか?」と服部に声をかけた。

「これと言ったものは見つかりませんでした」祓川にそう答えた後、服部は「すいません。手帳やカレンダーといった社長の予定が分かるものが見当たらないのです。北城さんはこのパソコンでスケジュール管理をしていたのですか?」と佐藤に尋ねた。

「社長はタブレット端末を持ち歩いていましたので、パソコンではなく、タブレット端末でスケジュールを管理していたと思います」

「そうですか。タブレット端末は・・・ありませんね。パソコンは・・・電源を入れてみましたが、パスワードが必要なようです。パスワードは分かりませんか?」

「すいません。知りません」

「そうですか」鑑識に頼めば、パスワードを解読してくれるだろう。

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