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不当防衛  作者: 西季幽司
第一章「誘拐殺人事件」
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写真①

 聞いても無駄だと思ったが、「何処に行くのですか?」と尋ねてみた。

「アパートだ」と今度は答えてくれた。

 誰のアパートに行くのですかだなんて聞けない。流れから言って、北城大祐のアパートだろうと想像した。

 道中、祓川の携帯電話が鳴った。

 祓川は慎重の車を路肩に寄せて停車すると、「はい」と電話に出た。

「うん・・・そうだね・・・良いよ・・・そうしよう・・・」と小声だが猫なで声で話す。祓川の家族状況は知らないが、相手は奥さんのようだ。

 意外だ。祓川に家庭的な一面があるのだ。

「今、仕事中だから・・・うん・・・じゃあね・・・てるよ・・・」

 最後は聞こえなかったが、「愛しているよ」と言ったようだった。

 電話を終えると、「余計なことは言うな」と何時もの口調で釘を刺されてしまった。

 行き先は、やはり北城大祐のアパートだった。

 北城大祐が住んでいたアパートは千葉市にあった。四階建てのアパートで、二階の二○三号室が北城の部屋だ。不動産会社を経営している社長の家としては不釣合いな古びた安アパートだった。

 遺体の側に落ちていた鍵はアパートの鍵だということが確認されていたが、管理人から鍵を借りて中に入った。

 モデルルームのように何もない部屋だった。家具や電化製品は、まるで使っていなかったかのように綺麗だ。それに家具が少ない。ベッドやソファーなど、必要最低限の家具があるだけだ。テレビは電源さえ、差し込まれていなかった。冷蔵庫の中をのぞいてみると、ほぼ空の状態だった。食器や調味料、箸やフォークなど、申し訳程度に置いてあるだけで、使った形跡が見られなかった。

 生活感がまるで感じられなかった。

 唯一、生前の大祐を忍ばせてくれたものは、テレビ台の上に飾られていた祐樹の写真だけだった。大事にしていたのだろう。埃の積もったテレビの横で、磨き上げられているかのように綺麗だった。

「僕の部屋とは大違いです。一瞬で家宅捜索が終わりそうだ」と服部が独り言を言った。

 服部は独身、アパートで独り暮らしだ。狭い部屋はベッドにテレビ、テーブルに座椅子に占拠されており、部屋に張り渡された洗濯紐にかかった洗濯物が邪魔で、自由に歩き回ることが出来なかった。

 田川との関係を示すものがないか、探して回った。とにかく物がない。二人で手分けすると、あっという間に見て回った。

「何にもない」祓川が呟いた。

「そうですね。何もありませんね。逆にこれだけ物がないとなると、一体、どうやって暮らしていたのか気になります」

「ここで暮らしていなかったかもしれない」

「他所に女でもいたのでしょうか」

「その可能性は否定できない」

「まるっきりここで生活していなかった訳ではないようです。洗面所の歯磨き粉は使いかけでしたし、冷蔵庫の中の牛乳は三分の二近く飲んでいました」

「ふむ」と祓川が満足そうに頷いた。

「仕事が忙しくて、帰って寝るだけだったのかもしれません」

「有るものを探すのではなく、無いものが何なのかを探してみろ」

「どういうことです?」

「この家に人が住んでいたとして何がないのか? 普通の家にあってこの家にないものは何なのか?――だ」

「そうですね・・・」と服部が考え込む。そして、「そうだ。薬です。薬箱は勿論、風邪薬や胃薬とか、薬が全くありませんでした。普通に生活していると、買い置きや使いかけがあるものでしょう。ああ、それに、文房具がまるで無いのも気になりました。宅配の受け取りや何かでボールペン、一本くらいないと不便でしょう」

「うむ」と祓川がまた満足そうに頷く。

「皿が一枚、お茶碗がひとつ、箸がワンセットあるのに、ナイフやフォークがありません。鍋がひとつあるので、全く料理をしなかった訳ではないと思いますが。まあ、作るのがインスタント・ラーメンくらいだったのでしょう。男の一人暮らしですから。ですが、インスタント・ラーメンの買い置きはありませんでした」

「食べてしまっただけかもしれない」

「まな板はありましたが、包丁はありませんでした」

「うむ」と祓川がひと際大きく頷く。

「それにゴミ箱がありません。生活していてゴミが出ないなんて変です」

「ゴミはゴミ袋に入れて、捨てたのかもしれない」

 なんだか楽しくなってきた。祓川に試されているのかもしれない。

 部屋の捜索を切り上げ、アパートの住人から聞き込みを行うことにした。両隣から聞き込みを始めたが、留守なのか誰も出なかった。

 1LDKなので単身者が多いようだ。聞き込んで回ったが留守ばかりだった。

 ようやく、一人暮らしなのか、一階の角部屋に人がいた。平田という名の七十過ぎに見える老女が在宅していた。皺が多くて、顔が全体的に垂れ下がって見える。そのせいで、老けて見えるが、物言いや足腰はしっかりとしているので、意外に若いのかもしれない。

 祓川が一歩、下がる。服部に事情聴取をやってみろという意味だ。

「二○三号室に住んでいた北城さんについてお伺いしたいのですが? 『北城エステート』と言う不動産会社を経営していらっしゃった人です」と服部が尋ねると、「二階に住んでいらっしゃる方ですね。へえ、不動産会社の社長さんだったんですか?」と大祐のことを知っている様子だった。

「北城さんをご存知なのですね?」

「ご存知っていうか、会えば挨拶をする程度ですよ。北城さんっていうお名前も、今回の事件で知りました。ニュースで見て、びっくりして・・・最近は、隣同士でも顔も知らないような人ばかりですから。確か、四、五年前にこちらに越して来られたと思います。越して来た時、ちゃんと挨拶に見えられましたよ。それからも、会えばきちんと挨拶してくれます。へえ、不動産会社を経営していたのですか? そんなふうには見えませんでしたねえ・・・」

「不動産会社を経営しているような人間に見えませんでしたか?」

「変な意味じゃありませんよ。何時も身なりがきちっとしていましたので、勤め人だと思っていました。こんなボロ・アパートでしょう。社長さんが住むようなところじゃありませんからね。それで、驚いただけです」

「こちらに住んでいたことで間違いありませんか?」

 変な質問だが、あまりに部屋に生活感がなかった。

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