【不穏な影】
シトリーの傍に不穏な空気が漂ってきました。
シトリーが王宮に来て数日が経ち、アイトレアは部屋で件の王妃候補の書類を眺めていた。
すると、シトリーが扉をノックして入ってきた。
手には紅茶を載せた盆を持っている。
「陛下、あまり根を詰めすぎるとお体に障りますよ。今日は暑いのでアイスティーをお持ちしました。」
「あぁ、ありがとうシトリー。そうだな、少し休憩しよう。」
シトリーが机にアイスティーを置こうとしたとき、ふと置いてある書類が目に入り、突然短い悲鳴を上げた。
「どうした!?」
アイトレアが慌てて駆け寄ると、シトリーは数ある書類の中から一つを指さした。
「何だか、とても禍々しい気配を感じます。何ですか、あれは…」
シトリーが指さした書類は、上級貴族のロザラム公爵家の令嬢であるジル・ロザラムについて記した書類だった。
「あぁ、これは王妃を選ぶ為の選考書類で、上級貴族の令嬢たちの情報が記してある。ジルは、ロザラム公爵家の娘なんだが。…あまり褒められた性格の者ではなくてな。ロザラム公爵家自体が良くない噂の絶えない家なんだが。」
「ロザラム…」
シトリーは"ロザラム"という名前に覚えがあるような気がした。
その名前はざらりとした舌触りを残す。
「シトリーは気配などを感じる感覚が敏感なんだな。よく数ある書類の中からロザラム家のものを見つけたものだ。」
「この書類だけ何だか黒いモヤのようなものが見えました。まるで呪いのような…」
「私には見えないし感じなかったが、そうなんだな。黒いモヤ、か…」
シトリーはアイスティーを机に置く。
「この書類に載っているのは全てお妃様候補の方々ですか?随分とたくさんいらっしゃるんですね。」
「国中の上級貴族の娘たちだからな。この中から王妃に相応しい素養と人格のある者を選ぶんだ。」
シトリーはアイトレアが王妃選びにあまり乗り気では無い様子に気付いた。
人魚の国では女王が君臨しており、番を選ぶ必要の無い種族の為、シトリーは王妃選びというものを初めて知ったのだ。
「どの方にするかもう決めてあるんですか?こんなにいらっしゃると選ぶのも大変ですね。」
「いや、まだ決めてないんだ。…実を言うと、あまり気が進まなくてな。王太子のときに未来の王妃の地位を求めて令嬢同士の争いや啀み合いを見てきたんだ。だから、慎重に慎重を重ねて選ばなければならない。」
アイトレアはアイスティーを一口飲むと、椅子に腰かける。
「その為に書類審査だけでなく、王妃としての素養を見る為の夜会を開こうと思うんだ。シトリー、君にも夜会にぜひ参加してもらいたいんだ。」
「私も、ですか?」
急な話に困惑していると、イオがノックして部屋に入ってきた。
「失礼します。陛下、お呼びでしょうか?」
「一週間後の夜会のことなんだが、シトリーにも参加してもらおうと思うんだ。最低限のマナーや礼儀作法をシトリーに教えてあげてくれないか?」
「承りました。シトリーは言葉遣いの方には問題無いので、礼儀作法も一週間もあれば大丈夫そうですね。」
夜会参加が強制的に決まり、戸惑うシトリーだが人魚の国では参加させてもらえなかったパーティーという響きに内心ワクワクしてきた。
運命のパーティーまで、あと一週間。
とある屋敷の一室で、一人の貴族の男がグラスを片手に窓の外を眺めていた。
グラスにはワインのような赤黒い液体が少しの量注がれている。
男は舐めるように液体を口にすると、手元にある一枚の紙を見て下卑た笑みを浮かべた。
それは国王から送られた王家主催のパーティーの招待状だ。
王妃選びの為に開かれるそのパーティーには男、ロザラム公爵の娘であるジルも参加することになっている。
ロザラム公爵家は上級貴族の中でも筆頭と言われる家柄の一つだ。
パーティーには他にも上級貴族の娘たちが参加するが、ロザラム公爵は自分の娘が選ばれると信じて疑わない。
国王がジルを王妃として選べば、ロザラム公爵家は王家に次ぐ権力を手にすることが出来る。
さらに、後継者として王子が生まれたら国王を亡き者にして幼い王子の摂政として自分が座る。
そうすれば、この国はもはや自分のものだ。
既に国王を亡き者にする計画も立ててある。
その為にもジルには元気な男児を生んでもらわなければならない。
そして、国王が保護したという"白い人魚"のことも…。
国王と同じ姓と伯爵の地位を与えた、という異例の対応には眉を顰める貴族たちも多いと聞くが、ロザラム公爵にとってはそんなことはどうでも良かった。
人魚の血に宿る妙薬についても、涙が宝石に変化する能力も全て手に入れる。
ロザラム公爵は不敵な笑みを浮かべ、グラスの中の液体を一気に飲み干すと部屋をあとにした。
お読み頂きありがとうございます!
前回とは打って変わって短めでした。
区切り方が下手で申し訳ないです…。
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