【番外編:シトリーの前日譚 1】
シトリーがアイトレアたちと出会う前のお話です。
また分割して投稿します。
かつて原初の時代に海の女神の涙から真珠が作られた。
この真珠から七色に輝く雫が落ち、海水と混ざり人魚が生まれた。
ある者は真紅、ある者は藍色など人魚たちは色とりどりの鱗と髪を持ち、鮮やかさを競うように泳ぎ舞った。
やがて人魚たちは海の底に共同体を作る。
そこで慎ましやかに暮らしていたが、ある人魚が陸に興味を持った。
人魚は仲間を募って陸を目指し、人間と出会う。
最初はお互いに怯え敵対心を顕にしたが、言語が通じることが分かると、交流を持つようになった。
人魚たちは潮の流れや魚の習性などを教え漁業を助け、人間たちは人魚の天敵である鮫を捕獲する鮫漁を行い、お互いが適度に共存できる環境を作っていった。
それから長い間、人間と人魚はお互いに干渉し過ぎず仲良く暮らしていたが、ある人間の男が"人魚の血にまつわる秘密"を知ってしまう。
それは"人魚の血は不老長寿の妙薬になる"というものだった。
多くの人間はその秘密を知ったとしても、協力関係にある人魚を害することなど出来る筈も無いが、その男は違った。
不老長寿の血を求め、男は人目のつかない場所で一人の人魚を甘い口車に乗せて誘導し、その口を布で塞ぎ腹に刃物を刺した。
溢れる血を壺に溜めた男は、人魚の死体を山に埋め証拠隠滅を図った。
男は壺を家に持ち帰り、妻と子に見付からないように隠し、夜な夜なひっそりと飲んでいた。
人魚の血を飲んで体の底から漲る力に圧倒された男は、強欲にもそれ以上の力を欲してまた人魚を一人、また一人と殺害して壺にどんどん血を溜めていった。
男の異変に気付いた人魚たちは、仲間を守る為に陸から撤退し、二度と人間に近付くことは無かった。
それからは海の底の共同体を国にまで発展させ、女王を据えて城壁を作り静かに暮らすことになった――。
これは、人魚の国の建国前の歴史について語られた書物の一部である。
目先の欲に囚われ、愚かにも人魚を殺害した男は"ロザラム家"という名前の一族だそうで、もしかしたら今も存続しているのでは、と人魚たちが怯えていた。
人魚たちは生まれて数年で学校のような場所に通い、年上の人魚から国の成り立ちや歴史、人魚の身体の構造など様々なことを学ぶ。
しかし、鮮やかな色を持たない白い人魚、後に"シトリー"と名付けられるこの人魚はその学校に通えなかった。
生まれたときに行う人魚同士の"名付け"をされなかったからだ。
人魚は生まれたら色の近い者同士で集まり、年上の人魚から名前を付けてもらう。
それは一種のステータスであり、存在価値に等しい。
鮮やかな色を持ち、名前を付けてもらって初めて人魚の国で生きることを許される、と言った感じだ。
白い人魚は"異端"だった。
人魚の国に他に白い人魚などいない。
周りから哀れみと蔑みの目で見られる毎日を生きた。
おまけに女性体とも男性体とも言えない中途半端な体であることも侮蔑の対象だった。
「ねぇ、知ってる?陸の国で咲く白いスミレの花言葉って"乙女の死"なんですって!まるであの人魚のことみたいじゃない?」
「やだ、"乙女の死"だなんてまるであの人魚が死神みたいじゃない!気味が悪いわ。」
白い人魚の後ろでわざと聞こえるように話している者たちの中には、白い人魚と同日生まれの桃色人魚の乙女、ルナがいた。
ルナは生まれたときから白い人魚のことを目の敵にしていて、ことあるごとに陰口を叩かれた。
しかし、白い人魚は言い返すことなど出来なかった。
自分は色を持たず、中途半端な体で名前すら無い存在だ。
だから仕方の無いことなのだと、受け入れジッと耐えていた。
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