【番外編:ジルの物語 最終話】
ジルの物語、最終話です。
部屋の中にはローズとシトリー、そしてローズに抱かれる幼いルザナの姿があった。
三人の前に立ち塞がるようにして騎士とメイドが武器を構えて立っている。
ローズが、あの憎い女がアイトレアとの子を抱いて怯えた目でこちらを見つめていた。
ロザラム公爵はシトリーを要求するが護衛の二人は応じない。
公爵が指を鳴らし、それを合図に兵士たちが横に広がり、シトリーたちを囲むように動き出す。
兵士の一人がゆっくり護衛騎士の背後に近寄り、不意を突いて蹴り技を仕掛ける。
騎士は壁まで吹っ飛ばされて気を失った。
「もうやめて下さい!!!」
シトリーが叫び、公爵の要求に応じようとするがローズが引き止め、メイドが立ち塞がる。
ジルはだんだんイライラが激しくなり、無意識に歯ぎしりをする。
奥歯にヒビが入るほどの力だがジルは気付かない。
さっさとローズを八つ裂きにしたかったが、公爵の合図が無いと動けない。
そうこうしている内にシトリーが公爵の前までやってきた。
公爵は不気味に笑うと隠し持っていたナイフでシトリーの腹を刺した。
ローズの悲鳴が部屋に響く。
そのせいで眠っていたルザナが驚き泣き叫んだ。
耳障りだ。
シトリーは腹からボタボタ血を流し、膝から崩れ落ちた。
シトリーはジルにとってローズに与した邪魔な存在だ。
死のうがどうなろうが構わなかった。
公爵がシトリーの血を飲む。
――それが合図だった。
ジルはツカツカと足早にローズの元へ行き、王太子を抱いて蹲るローズの頬を平手打ちする。
ローズはフードの取れたジルの顔を見て驚愕していた。
ジルはその顔を、今度は思い切り殴り付ける。
ローズの鼻から血が出たがジルはそれだけでは満足出来なかった。
ジルは王妃になる筈だったのに。
アイトレアに愛される筈だったのに。
父からの期待を叶え、褒められるはずだったのに。
ジルは公爵からプレゼントされたあの短剣を握り締め、ローズに向かって振り上げる。
そこにアイトレアの怒号が響いた。
「貴様ら!!!何をやっている!!!」
ジルにとって愛しい人の登場だが、その顔は怒りに染まりジルと公爵を睨み付けていた。
"違うの、私は何も間違っていないわ。私は王妃に選ばれる優れた家柄の娘なのよ。アイトレア様の横に立っても恥ずかしくないくらい教養も身に付けたのに。アイトレア様に愛される為に、お父様の為に頑張ったのに。誰も、誰も私を見てはくれなかったのに…。なんで、なんでなんで…。"
――この女さえいなければ…。
ジルは再びローズに向き直ると、王太子を必死に守り続けるローズに向かって短剣を振り上げた。
――本当に?
"私はこの女が憎いのかしら?…憎い?…いいえ、憎いのでは無い。この女が、家族から愛されてきたこの女が、周囲から認められる教養があり、王妃としての品格を持つこの女が、アイトレア様から見初められ愛を知るこの女が…
心の底から羨ましかったのだ。
ローズのように周りから愛され、そして愛せる人間になりたかった。
父に、もっと自分を見て欲しかった。"
「…っ!」
短剣を握り締める力が不意に緩んだ瞬間だった。
――部屋中に激しい光が満ちた。
「あ"ぁ"っ"!!!」
目を開けていられず叫び声を上げて顔を覆うと、体中が内から外から焼けるように熱くなってくる。
見ると皮膚が赤く爛れ、腐り始めた。
公爵は"ジルは人魚の血に順応している"と言っていた筈なのに、これは何だ?
「なん、でェ…!?お父様っ、私は"順応してる"って、言ったじゃ…なっ!」
言葉は最後まで発することは出来ず、ジルは苦しみ藻掻きながら薄れゆく意識の中で、空に向かって手を伸ばしていた。
攻撃する為じゃない。
誰かにこの手を取って欲しかった。
ずっと、ずっとそうしたかったのに…。
ジルはそこで事切れた。
***
凄惨な悲劇の後、アイトレアはジルの遺体を火葬し罪人の眠る墓地に埋葬した。
ジルの境遇は悲しいものだったのだろうが、今までしてきたことは許されることでは無い。
しかし、せめて来世は穏やかな人生であることを願い、ジルと同じ名前の"ジルコン"のあしらわれた髪飾りを遺骨と共に供えた。
"ジルコン"には"安らぎ"という意味があり、髪飾りはジルが生前好きで集めていたらしい。
もしジルがロザラム公爵の元に生まれていなかったら、もっと愛のある家庭に生まれていたら、素直な性格のジルのことだからきっと優しい人間になっていただろう。
そうしたらローズとは友達になっていたかもしれない。
本当はジルもそうなることを願っていたのでは無いだろうか。
アイトレアはジルの墓を見つめると、そっと振り返りその場を去った。
墓地に穏やかな風が吹く。
供えられたユリの花が静かに揺れていた。
読んで頂きありがとうございます!
ジルの名前は本当は"ジルコニア"という人工ダイヤモンドが由来なんですが、来世では幸せになって欲しいとの願いを込めて"ジルコン"にしました。
次回は、シトリーの人魚の国でのお話を書きます。
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