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【名付け】

区切るのが難しく、前回より長くなってしまいました。

申し訳ないです。


人魚にはほとんど女性しかいない。


男性体も生まれるが極稀なことで、おまけに長くは生きられず、ほとんどが生まれてから10年の内に亡くなる。


他にも元々の病や体質のせいで、生まれたときから短命が決まってしまっている者もいる。



白い人魚もこの国で生まれた。

父母はいない。


人魚は真珠から生まれるからだ。


人魚の国の王宮に大きな真珠が祀られていて、その真珠から淡く七色に輝く雫が落ち、落ちた雫が海水と混ざり人魚となる。


白い人魚もこの雫から生まれたのだ。



同じ日に生まれた他の人魚乙女たちは、朱や藍、桃や菫など色とりどりの鮮やかな鱗と髪を持ち、まだ小さな子供体(人間で言うと5歳くらい)でありながら、優雅に泳いで行った。


しかし、自分の体は他の人魚たちと違い、鮮やかな色を持たず真っ白で、瞳だけが柔らかな琥珀色だった。


周りから奇異の目で見られる日々が始まった。



人魚は生まれたら色の近しい者同士で集まり、名付けを行う。

しかし、白い人魚には仲間がおらず、名付けをしてくれる者もいない。




生まれてから10年ほどが経ち、自分が周りと違う特徴が色だけでは無いことが段々と判明していった。


人魚の乙女のように胸の膨らみは無いが、白くキメ細かい肌と腰のくびれがあり、男性体だと背中にも鱗があるのだがそれも無し。


鮮やかな色が無いだけでなく、女性体でも男性体でも無い中途半端な体だったのだ。


この無性とも呼べる半端な体と無個性な白。


白い人魚はますます肩身が狭くなり、周りからも疎まれ、人目を避ける生活を続けていた。




そんなある日、人魚の国の街中に大きな声が響き渡った。


桃色の人魚乙女のルナが鮫に襲われたのだ。


白い人魚も急いで様子を見に行くと、人魚の国を囲む城壁にある小さな門のそばにルナが尾ヒレから血を流して倒れていた。


意識はあるようで、すすり泣いているのが見える。



白い人魚が近付くと、周りに集まっていた者たちが一斉に振り向いた。


その目は怒りに満ちていて、その内の一人が白い人魚に向かって指をさす。


「お前のせいで…」


何のことか分からず狼狽える白い人魚に向かってルナが叫んだ。


「その白い奴のせいで鮫に襲われたの!無理矢理、外へ連れ出されたのよ!そいつのせいよ!!!」


白い人魚は咄嗟に違うと叫んだが、誰も聞く耳を持たない。


そのまま城の牢屋へ連れられ、国外追放を言い渡された。

本来なら人魚の国から外へ出ることは許されないが罪人なら別だ。



人魚の国で罪を犯すと断頭台で、首を刎ねられる場合と今回のような国外追放がある。


しかし、国の領土から出てそのまま遠くの海を目指して彷徨っても、陸に上がろうとしても深い海には獰猛な鮫がうじゃうじゃいる。


おまけに白く目立ちやすい見た目は、すぐに鮫に見つかり襲われる可能性が高い。


その為、国外追放と言っても事実上の"処刑"だった。



人魚の国の誰もが白い人魚はすぐに鮫に喰い殺されるだろうと思っていた。


白い人魚は国を追い出されてから海を彷徨い、鮫に見つかっても岩の柱や沈没船に隠れたりして必死に逃げた。


無我夢中で逃げる内に浅瀬の岩にぶつかり気を失い、気が付いたら砂浜に倒れていた。


そこでルーロライト王国の警備兵に見つかったのだ。




ーー「と、言うことです。」



白い人魚は長く喋ったのに疲れたのか、ふぅとため息をついた。


アイトレアは壮絶な内容の話に唖然としていた。

イオも同じだ。


「無実にも関わらず冤罪を被せられたのか。何故ルナは君を犯人だと決めつけたんだ?」


「ルナは私と同じ日に生まれた者同士だったのですが、幼い頃から目の敵にされていました。気味が悪い、と。おそらくルナは好奇心から警備の手薄な門から外へ出たのだと思います。そして偶然近くにいた鮫に襲われた。もし、無断で外に出たのがバレたら大目玉です。そこで私の姿を見つけて犯人にしたのでしょう。」


「…許せないな、ルナも周りの者たちも。肌や髪の色で差別するのは愚かな行為だ。」



アイトレアは拳を握ったが、白い人魚は微笑んだ。


「いいんです。あそこに私の居場所は無かった。それに捕まったとはいえ、あなたたちみたいな優しい方のもとへ来れてラッキーって思ってます。拷問されるかもと身構えてましたが、話をちゃんと聞いて下さいますし。」


「随分肝の据わった人魚だな。」


アイトレアは人魚の瞳をしっかりと見る。

陽の当たり具合からまるで宝石のような輝きを放つ、燃えるような琥珀色。


「よし、私が君に名前を付けよう。それでもいいか?」


「え?」


白い人魚は初めて口をぽかんと開けた。


「君の瞳は美しい琥珀色だな。まるで夕陽を閉じ込めたような色だ。…そうだな、宝石の"シトリン"を知っているか?」


「シトリン?はい、知ってます。」



「君の名前はそこから取って"シトリー"はどうだろう?瞳の色のように美しい名前だ。」



"シトリー"はしばらく口を開いたまま微動だにしなかった。


すると、両目から大粒の涙が溢れる。


その涙が湯桶の水に落ちる直前、不思議な変化が起きた。


涙の雫はキラキラと光ると、淡い薔薇色の宝石へと変貌したのだ。



「シトリー、それは…?」


シトリーは気付いていないのか、ポロポロと目から涙の宝石を零している。


「シトリー」


アイトレアが肩を揺すると、ようやく我に返って手で涙を拭いた。


そして、自分の涙から作られた宝石を見つめて驚愕した。


「これは、宝石?何故、私の目から…」


「すごいな、涙が宝石に変化したのだ。そんな能力があったのか?」


「いえ、こんなことは初めてで…。名付けて頂いたのが嬉しくて、気持ちが昂って…」



イオも驚愕の表情だったが、冷静さを取り戻すと恐る恐る薔薇色の宝石を手に取る。


「これは、ロードナイトですね。薔薇輝石とも呼ばれる宝石です。シトリーは涙が宝石に変化する特異体質なのでしょうか。」



アイトレアはシトリーの稀有な能力を目にして、驚きと共に危険な匂いを感じた。


シトリーは冤罪をかけられて人魚の国を追い出されている。

戻ることは出来ないし、この国にいるにしても何の後ろ盾も知識も無い人魚が普通に生活出来る可能性は限りなく低い。



「イオ、シトリーに着せる服を兵士たちに持ってこさせなさい。シトリーの今後のことは王宮に戻ってから話そう。」


イオは外に待機する兵士に服やタオルを持ってくるのと、メイドを2名ほど連れてくるよう指示すると、シトリーに付けられていた鎖を外す。


アイトレアがシトリー自身に攻撃性などの危険が無いと判断したからだ。



しばらくして、服とタオルが届き、アイトレアとイオは一度退室。

その間、メイドが手伝いながらシトリーは着替えた。


尾ヒレなど下半身が完全に乾くと人間の足に変化出来るようで、着替え終わったとメイドに呼ばれて部屋に入ると、そこには見た目年齢15歳ほどの少年のような危うさと、少女のような妖しさを併せ持つ美貌の人物が立っていた。



黒の短いパンツに深緑のロングベスト、黒いシャツには襟元にレースがあしらわれているシンプルな服装だが、パッと見ると貴族の令息に見える。


ドレスでも着たらどこぞの王女様と見間違えてもおかしくない。


シトリーは初めて着る服が珍しいのか、クルクルと回っている。


「すごい、動きやすくて素敵です。」



アイトレアはイオとシトリーを連れて王宮の部屋に帰ると、早速切り出した。


「まず、シトリー。君には姓を与える。"ギルフォード"の姓だ。」


「え!?」


イオが珍しく大声を出した。

それもそのはずだ。国王の姓を、王族の姓を他人に、ましてや人魚に与えるなど前代未聞だ。


「陛下、お考えをお聞かせ頂いても?」



「シトリーが人魚として捕らえられたことは王宮中に知られている。耳の早い貴族ならすぐに行動に移すだろう。それに、涙が宝石に変化する体質の情報も既に出回っている可能性がある。このまま放置するのは危険だ。」


あの場にはメイドの他に兵士たちもいた。

メイドは王族に仕える者なので口が堅いが、兵士は一般の平民出身の者たちだ。

仲間たちに言い触らしていてもおかしくない。


イオはアイトレアの話す危険性の話をすぐに理解したようだ。



「そうですね。"不老長寿"の薬にもなる人魚の血、涙が宝石に変わる特異体質、そしてこの見た目ですから狡猾な人間に誘拐される危険性がありますね。見世物小屋に行くならまだしも、下手したら不老長寿の妙薬として血を絞り取られるなど拷問される可能性だってあります。」


不穏な言葉が飛び交っているが、当のシトリー本人はポカンとしている。


「そこで、だ。シトリーに特例で"上級貴族としての伯爵"の地位を与える。そうすれば王宮内を自由に行き来していても誰も不審に思わない。領地の持たない名目上のものではあるが、"国王と同じ姓"と"伯爵の称号"。これがあれば国王の庇護下にあると主張が出来るし、他の者も手出し出来ないだろう。」


言い方は悪いが"国王の所有物"と示すことが出来ればシトリーは安全だ。


シトリーは話に付いていけていないのか狼狽えた。


「どうしてそこまでして下さるのですか?私は、人魚の国では嫌われ者で誰も助けてくれなかったのに…」



人魚の国では生まれたときから無個性な白を侮辱され、罪を犯していないと叫んでも誰も信じてくれなかった。

あの国ではシトリーはどこまでも孤独だった。


なのにアイトレアはシトリーを保護し、服を着せ、危険な目に遭わないように国王として姓と称号を与え、絶大な庇護を与えてくれた。



シトリーの抑えきれない感情がまた目から溢れた。

先ほどと同じ薔薇色の美しい宝石がシトリーの足元に落ちる。


アイトレアは薔薇色の宝石を拾うと柔らかな笑みを浮かべた。



「もちろん、シトリーを保護する為でもあるが、シトリーを初めて見た瞬間、瞳の色はもちろん美しく輝く白銀の髪と鱗、全てがこの世のものとは思えないほど眩かったんだ。はっきり言ってこんなに美しい者が存在するのかと一目惚れしたんだ。…それに、私やイオの名前の秘密まで教えてくれた。」



シトリーはまだポロポロと宝石の涙を降らしている。


「シトリーの瞳の色と同じシトリンも、このロードナイトも"友愛"という意味がある。シトリーは私たちに友愛の情を抱いてくれた。ならば、私たちもそれ以上の親愛の証で包み込まなくてはなるまい。」



シトリーは涙を拭くと、アイトレアの前で跪いた。


「ありがとう、ごさいます。このご恩は決して忘れません。"シトリー・ギルフォード"は生涯の忠誠をルーロライト王国国王アイトレア陛下に誓います。」


胸に手を当て跪くシトリーは、先ほどまでとの柔らかな雰囲気とは違い、凛々しく気高かった。


「ありがとうシトリー。だが、私は君を家臣として扱うつもりは無いよ。対等な友人のような関係でいたいんだ。もっと気楽にしてくれ。」


アイトレアの"友人"という言葉にシトリーはまた胸が暖かくなった。


読んで頂きありがとうございます。


シトリーは一応、"両性具無"という設定です。


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よろしくお願い致します。

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