【番外編:ジルの物語 1】
悪役令嬢ジルの物語です。
ジルは愛情を知らない子供だった。
母親はジルを産んで間もなく亡くなり、その後は乳母に育てられた。
しかし、乳母もメイドたちもジルに最低限のお世話をするのみで、特に愛情をかけられたり、甘えさせてもらった記憶も無い。
父親であるロザラム公爵の記憶も曖昧だ。
公爵は娘の存在が見えていないかのように無関心で、ほとんど話し掛けられたことも無かった。
そんな子供時代を過ごしていたジルは、成長していくにつれ、次第に我儘に育っていった。
少しでも気に食わないことがあると、金切り声を上げメイドを平手打ちした。
髪型が気に食わない、ドレスのリボンが曲がっている、料理の配膳時に少し零したなど、上げればキリがないほどジルは常に怒鳴り散らしていた。
そんなジルに対しても公爵は振り向きもせず、いつも無関心だった。
メイドに大怪我をさせたときも、公爵はジルを叱る訳でもなく、ただメイドを病院に押し込んだ。
そんなジルが16歳のとき、運命の出会いがあった。
公爵に連れられ王家主催のパーティーに参加したとき、当時王太子だったアイトレアと出会い、一目で恋に落ちた。
初めてのパーティーで緊張し、挨拶もカーテシーも拙いものだったジルにアイトレアは優しく声を掛けてくれた。
そんなアイトレアにジルはますます傾倒していった。
しかし、甘え方を碌に知らないジルは胸を強調するような衣装ばかりを着て、体を擦り寄せるような接し方をするようになっていった。
最初は無下にも出来ず、戸惑うアイトレアだったが次第に口数が減り、ジルの方を見向きもしなくなった。
拒絶されているのだと理解も出来ぬまま、ジルはずっとアイトレアに近付き話し掛け続けた。
ある日、ジルはロザラム公爵から書斎に呼び出された。
照明が絞られ、薄暗い部屋の中で公爵はグラスに赤黒い液体を注ぎ、飲みながらジルの方を見て告げる。
「ジル、お前は由緒正しき上級貴族の娘だ。そして、将来王妃になる身分の者だ。アイトレア王太子殿下の寵愛を得て見初められることがお前の義務である。…いいか?お前は王妃になるんだ。」
ロザラム公爵は力強く言い放った。
ジルは父から初めてまともに話し掛けられたことが嬉しく感じ、初めて父から期待されるということが生きる希望に変わった。
"私は王太子殿下の寵愛を得て、将来は王妃になる"
それは自分に与えられた当然の権利であり、父もそれを期待している。
ジルは次第にそう思い込み、信じて疑わなかった。
その頃からジルの癇癪も日に日に大きくなっていく。
自分は王妃になるという自信が、彼女の傲慢さを加速させていった。
メイドに罵倒はもちろん、殴る蹴るや物を壊す、果てには刃物を持ち出して切り付ける事件まで起こしていた。
それらの事件や出来事は、全てロザラム公爵によって揉み消されている。
そしてジルが20歳になったとき、ついに王妃選びのパーティーの開催が決まった。
ジルはとびきりのドレスを用意するようメイドに命令し、鼻歌混じりに髪飾りを選ぶ。
パーティー当日は深紅の豪奢なドレスに身を包み、白粉をはたき、ドレスと同じ色のアイシャドウを眦につけて会場に向かった。
豪華なシャンデリアに照らされた会場には、美しく気品に溢れた上級貴族の令嬢たちが花のようなドレス纏い、琥珀色のシャンパンを持ち集まっていた。
ジルも入り口でシャンパンを受け取ると、颯爽と会場に入っていった。
読んで頂きありがとうございます!
レモン色の友愛物語のジル視点でもあります。
愛情に飢えたジルの悲しき物語を最後までお楽しみ下さい。
長くなったので3分割くらいにして投稿します。
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