【守りの光】
悪役侯爵も出てきました。
アイトレアたちの運命や如何に。
アイトレアとイオは馬に跨り、騎士たちと共にリヒト村へ向かっていた。
ロザラム公爵領内に入った途端、異様な空気を肌で感じ取った。
シトリーほどでは無いが、感覚が鋭くなっているのか、薄黒いモヤが見えるような気がした。
「不穏な空気ですね。人の気配もありません。ロザラム公爵は一体何をしているんだ…?」
イオが険しい顔で呟くのをアイトレアは聞きながら、リヒト村への入り口を見つける。
「陛下、カーライル公爵閣下、リヒト村はこの先です。」
騎士が先導するのに付いていくと、そこには目を背けたくなるような凄惨な光景が広がっていた。
小さな家々は所々が破壊され、家畜や鼠取り用に飼っていたであろう猫が死んでいる。
道端では老人や女性、そして赤子までもが何者かに切り付けられ、血を流して事切れている。
家の奥にあった大きな道具箱には、おそらく賊兵から逃げ隠れたであろう子供が蹲って死んでいた。
「…なんだ、これは。何が起こっている?」
アイトレアは息をするのもやっとなくらい、心臓がバクバクと脈打っていた。
母親が赤子を庇うように背中を丸めて死んでいる姿に、ローズとルザナを重ねて見てしまい、腸が煮えくり返るようだった。
イオは周りを見渡すが、シャルテン王国の賊兵の姿は無い。
「報告に来た兵士たちはどうした?賊兵の元へ案内させろ!」
アイトレアが叫ぶと森の奥から兵士たちが走ってきた。
何故か顔を見せないようにして、布で顔の下半分を覆っている。
「陛下、こちらの森へ賊兵は逃げた模様です!」
兵士たちが先導するのに、アイトレアとイオ、そして護衛騎士たちが続く。
しばらく進むと木々が生い茂り、視界が悪くなってくる。
「まだか?このままではシャルテン王国の国境に着いてしまうぞ。」
「どうやら二手に別れたようでして…。こちらの道の先におそらく賊兵は逃げ込んでいる筈です。」
アイトレアとイオは無言で目配せをし、護衛騎士たちをもう一つの道の方へ行くよう指示した。
そしてまたしばらく進んで行き、痺れを切らしたアイトレアが兵士に声を掛けようとした瞬間、横に広がる茂みから武装した兵士たちが剣を振り下ろしながら襲い掛かってきた。
だが、イオがアイトレアの前に飛び出し、持っていた剣で相手の腕を切り付ける。
「やはりシャルテン王国の賊兵では無く、ロザラム公爵に金で買われた兵士たちか。」
イオは剣に付いた血を振り払いながら冷たい目で兵士たちを見据える。
兵士たちは顔に付けた布を取り払うと、口を歪めて笑う。
その口からは涎が垂れ流され、目は真っ赤に充血していた。
「村人たちを殺したのもロザラム公爵の指示なのか!?」
アイトレアが怒声を上げる。
すると、一人の兵士がヒヒヒッと笑って答える。
「ロザラム公爵は、良いお方さぁ…。村をぶっ壊して、村人たちを殺し、たら、"力が湧いてくる若返りの薬"を、くれるんだ。そうしたら、国王と側近が、来るから、二人を殺したら、さらに金と地位を寄越して、くれるって、言うんだァ…。」
途切れ途切れに話す兵士の目は焦点が合っていない。
「"力が湧いてくる若返りの薬"?なんだ、それは。…若返り?まさか人魚の血のことか?」
「…もしや、ロザラム公爵は人魚の血を所持しているのですか?大昔、人間と人魚が共生していた時代に人魚狩りをした一族というのは、ロザラム家…?」
「文献が残っていないのは、ロザラム公爵家が揉み消したのか。」
兵士たちは涎を垂らしながらジリジリと近付いてくる。
二人は後退りしながらさらに問い詰める。
「ロザラム公爵はどこにいる?」
「…ヒヒッ、公爵は、公爵は人魚の、とこへ行く、そうだァ。さらに力を得るために、血が欲しいってなぁ…!」
「無駄なことだな。中級貴族の身分では、国王の特別な許可が無い限り、王宮に入ることすら許されない。それに、シトリーたちの元には護衛騎士や隠密部隊の者がいる。」
アイトレアが冷ややかに言い放つが、兵士たちは楽しそうに笑う。
「こ、公爵にはァ、きょうりょくしゃが、たくさんいるからなぁ!らぁ、らぁヴぁる?こうしゃくが、入れてくれるんだと、よぉっ!」
「何…!?」
「ラヴァル侯爵だと!?侯爵もロザラム公爵と繋がっていたのか!」
ラヴァル侯爵は上級貴族なので、特別な許可が無くても王宮に出入りは可能だ。
もし、ロザラム公爵と裏で繋がっているのなら、公爵を無断で王宮に入れることも可能になってしまう。
アイトレアは瞬時に血の気が引いた。
護衛騎士と隠密部隊のメイドがいるとしても、ラヴァル侯爵が協力者なら兵を用意され、とても五人の戦力じゃ敵わないかもしれない。
ローズとシトリー、そして幼いルザナのことが脳裏を過ぎった。
「陛下!!!」
考えに気を取られ、後ろに迫る兵士に気付くのが遅れたアイトレアは、乗っている馬に体当たりされ転がり落ちた。
イオの周りにも兵士たちが集まり、ジリジリと追い詰めている。
アイトレアが剣を持ち直した瞬間、兵士が飛び上がり剣を振り下ろす。
それを防ごうと咄嗟に剣を構えた瞬間だった。
アイトレアの腕に付けられたブレスレットが激しく閃光した。
「ぎゃっ!!!」
兵士たちは目が眩み、地面に頽れる。
すると、兵士たちの顔が赤黒く変色し始めた。
顔だけでなく手や腕、首筋から全身に至るまで腐り落ちるように皮膚が溶けていく。
「がっ…ァあ、ひぅっ……だ、すけっ…」
口から血の泡を吹きだしながら兵士たちは人の形が崩れ、もはや肉の塊になっている。
死んだのは明白だった。
イオの周りもかつて兵士だった塊が落ち、異臭を放っていた。
「な、なんだ今の光は…。これは、人魚の血のせいか?血を摂取した者は、肉が腐り落ちるのか…?」
「今の閃光はブレスレットから出ましたね。シトリーの御守りです。」
アイトレアは淡く輝くブレスレットの感触を確かめるように触れると、素早く馬に跨った。
「騎士たちと合流して王宮へ急ぐぞ!」
アイトレアとイオは別れ道で騎士たちとすぐに合流し、疾風の如く走り出した。
***
王宮ではルザナのミルクの時間が終わり、お昼寝タイムに入っていた。
シトリーがベビーベッドで眠るルザナのぷにぷにした頬っぺを優しく突いていると、外から門番の大きな声が聞こえてきた。
「あら、何事かしら?」
ローズも不思議そうに窓の外を見つめているが、ちょうど壁が邪魔で外の様子は見えなかった。
***
「ですから!中級貴族のご身分の方は国王陛下の特別なご許可が無いとお入りになれないのです!どうかお帰り下さい!」
門番の騎士が必死に説得しているが、目の前の男、ロザラム公爵は頑なに帰ろうとしない。
ニヤニヤと笑いながら騎士を見つめる。
ロザラム公爵の後ろには、フードを被った女性が付いていた。
「件の王妃陛下暗殺未遂事件についてお話があるんだ。国王陛下に取り次いで頂きたいのだがね。」
「国王陛下はお忙しくて今は手が空いておりません。ですから、後日に…」
「私が公爵閣下の身分を保証しよう。」
突然、門番の後ろからラヴァル侯爵が颯爽と現れた。
門番はギョッとして振り返る。
「しかしっ!国王陛下のご許可がありませんし、カーライル公爵閣下も不在で…」
「私は上級貴族だ。カーライル公爵閣下の代理として十分だろう。それに、王妃陛下暗殺未遂事件のことなら迅速に対応せねばならん。なに、国王陛下には私からお話を通しておくから。」
ラヴァル侯爵はそう言うと、戸惑う門番を尻目にロザラム公爵と連れの女性を王宮に引き入れた。
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次回は最終回の予定ですが、番外編なども書いていますのでお楽しみ頂けたら嬉しいです。
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