【幸せの鼓動】
胎動を初めて感じるシトリーです。
妊娠が発覚してから日に日にローズのお腹は大きくなっていく。
シトリーはいつかお腹が破裂してしまうのではないかと心配になったが、ローズはクスクス笑ってお腹を撫でる。
「大丈夫よ、シトリー。赤ちゃんが元気に育ってる証拠なのよ。触ってみる?」
「いいんですか?」
「ええ、優しく撫でてあげて。」
シトリーは恐る恐るローズのお腹に手を当てる。
手に当たる暖かさに緊張していると、ボコンと振動が伝わった。
「わっ!?」
シトリーは吃驚して慌てて手を離す。
その様子にローズはまたクスクス笑った。
「胎動と言って赤ちゃんがお腹を蹴ったのよ。とても元気いっぱいでよく蹴っているわ。」
「お腹を蹴るんですか?痛くないですか?」
「たまに圧迫されるような痛みはあるけど、いつもは平気よ。それに胎動があるのは赤ちゃんが元気な証拠だから嬉しいの。寝てるときに起こされるのは少し大変だけれどね。」
アイトレアも毎日ローズのお腹に耳を当て、愛しい我が子の様子を聞いているらしい。
スピナによると、ローズはもう"臨月"という時期に差し掛かるらしく、いつ生まれでおかしくないのだという。
その為、外出は控えて室内でゆっくり過ごしている。
王宮には既にベテランの助産師や看護師が常に待機している状態だ。
アイトレアの特別な許可を得て、シトリーはローズの出産に立ち会う予定だ。
ローズのお腹からどのようにして赤ちゃんが生まれるのか、ローズは無事なのか、シトリーは今から緊張して冷や汗をかいていた。
アイトレアは朝から大量の書類仕事に追われ、やっとひと段落ついた。
そこにイオとティーワゴンを押したメイドが部屋に入ってきた。
白い湯気がふわりと立ち昇るアールグレイの香りに、アイトレアのガチガチに固まった体が解れていくようだった。
イオはメイドを下がらせると、持っていた書類に目を通しながら報告する。
「ロザラム公爵ですが、上級貴族の地位剥奪の通知以降、特に目立った動きはありません。不服申立ても無く大人しく従っています。」
「何か考えがありそうだな。あの公爵が大人しく中級貴族に降格するなど有り得ない。ローズだけでなく、シトリーにも護衛騎士を追加で二人付けよう。今までシトリーには護衛のメイドが一名付いていたが、念には念を入れる。」
ロザラム公爵が従順なのは、嵐の前の静けさか。
おそらく上級貴族から外され、領地も減らされた公爵は、余裕が無くなっている筈だ。
そこで、公爵が行動を起こしたところを包囲する。
「それと、ロザラム公爵領の外れにある村で何やら不穏な動きあり、と隠密から報告がありました。兵士たちが頻繁に出入りしているようです。」
「兵士たちが?まさか兵を集めて謀反でも起こそうとしているのではあるまいな。」
「それが、兵士数名が村の様子を視察して帰るだけのようです。村人たちに食料は足りているか、税は重くないかなど聞いて回るだけでさっさと帰るそうで。」
アイトレアは難しい顔つきで手を組む。
「ロザラム公爵領ということは、公爵が指示しているのは間違いない。だが、村人たちへの確認や視察だけとなると、こちらとしては問い詰めようが無いな。…仕方ない、しばらく泳がせておこう。隠密に引き続き厳重に監視するよう通達してくれ。」
「かしこまりました。」
イオは手にした書類に記入しながら、ふと口元を緩める。
「そろそろ王妃陛下のご出産が間近ということですが、陛下も待ち遠しいのではありませんか?」
アイトレアは難しい顔つきから一変、穏やかな表情でローズの部屋の方角を見る。
「そうだな。今のところ母子共に健康で順調に進んでいる。だが、ローズは初産で出産するまでどんな不測の事態が起こるか分からないからな。ベテランの助産師や看護師を付けているから安心してはいるが。」
アイトレアとイオたち男性陣は、ローズが出産するまで別室で待機が基本である。
本当ならアイトレアも立ち会いたいのだが、昔からの慣例でもあるし、国王が傍にいたら使用人たちもやりづらいだろう。
なので、愛する妻と我が子の無事を祈ることしか出来ない。
ある日、そんなことを呟いていたらシトリーが「私が、代わりと言ったら何ですが、ローズ様のお傍にいてお支えします!」と申し出てくれた。
シトリーは女性では無いが、"両性具無"という特異体質なので男性でも無い。
よって、出産の場にいても問題無いということで、今回特別にアイトレアが許可を出した。
ローズとしてもシトリーが傍にいれば安心して出産に臨めるだろう。
「あぁ、我が子の誕生が待ち遠しいな…」
アイトレアは逸る鼓動を抑えながら書類仕事に戻った。
読んで頂きありがとうございます!
今回はローズの出産までのほのぼのとした
日常編でした。
次回はいよいよローズ出産編と悪役公爵による不穏な動きがあります。
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