【悪魔の享楽】
悪役公爵のひとコマです。
窓から差し込む月明かり以外に真っ暗な空間の中、磨き込まれた床にワイングラスが粉々に砕かれ散らばっていた。
ロザラム公爵は持っていた高価な置時計も床に投げつける。
耳を劈く音を響かせながら置時計は見るも無残な姿になった。
「はぁ…はぁ……」
公爵は肩で息をしながら、ひしゃげた置時計を踏みつける。
「若造ごときがっ…!!!」
ロザラム公爵の元へ上級貴族の地位剥奪と中級貴族への降格通知が届き、公爵は通知書を破り捨てた。
セトが証拠の手紙を完全に燃やすことなく残したせいで、ロザラム公爵が関わっている疑惑が上がり、国王はこのような処分を下した。
本来ならセトが王妃暗殺を成功させ、後釜としてジルを押し込み王妃に据える予定だった。
たとえ、王妃暗殺に失敗したとしても、セトには家族を人質に口封じし、自死するよう仕向けてあるので、ロザラム公爵が関与した事実は隠される。
そして、ローズが王子を産んだら国王陛下と側近のイオを戦に誘き寄せ暗殺し、ロザラム公爵が摂政役として王国の実権を握る計画…の筈だったのに。
その為にセトの母親と年の離れた妹を誘拐し、ロザラム公爵家の地下室に監禁したというのに。
これらの計画は全てロザラム公爵が"上級貴族"であることが大前提なのだ。
上級貴族は顔パスで王宮に入ることが許されるくらい貴族の中で特別な地位にある。
国王の側近であカーライル公爵のイオを消してしまえば、摂政役として爵位の高いロザラム公爵が筆頭になる。
ロザラム公爵は髪の毛を掻き毟った。
セトがしくじらなければ、証拠を十分に燃やして灰にしていれば、そもそもアイトレアがあんな伯爵家の娘ではなくジルを選んでいれば、こんなことにはならなかった。
「こうなったら、国王にもイオにも是が非でも死んでもらわなければならない。ローズと腹の子供はまだ利用価値がある。その為にも、あの人魚…シトリーの血がいる。」
人魚の"不老長寿の妙薬"になる血、ロザラム公爵家の厳重な地下室にある保管庫には、大昔に人魚と人間が共生していた時代に取った人魚の血液が保管されている。
人魚の血は腐ること無く、新鮮な状態のままワインボトルに入れられていた。
ロザラム公爵家の先祖は、周りの人間たちが人魚と仲良く共生しているとき、妙薬欲しさに目が眩み、裏で一人、また一人と人魚を殺害し血を搾り取り溜め込んでいた。
すぐに異変に気付いた人魚たちは、人間を恐れ、深い海の底に逃げ込んだのだ。
ロザラム公爵も当主の座についたとき、人魚の血を飲みたちまち若返り、体の底から漲る力が溢れるようだった。
それから毎日、更に若返りや類稀なる能力を求めて血を飲み続けている。
今宵ももちろん、ワイングラスに人魚の血を注ぎ飲み干す。
体の底から抑えきれないほどの力が溢れ、顔や体は瑞々しい若さに満ちた。
脳が甘く痺れるような感覚に陥り、恍惚として顔が歪む。
ロザラム公爵は顔を手で覆うとクックックッと肩を震わせる。
「この私をコケにした報いだァ…。必ず奈落の底に落としてやるからな…」
月明かりに照らされ、狼の遠吠えと呼応するようにロザラム公爵の高笑いが部屋に響いた。
読んで頂きありがとうございます!
今回は短めにロザラム公爵のみの出演でした。
次回はほのぼのとした日常風景編ですので、
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