第9話 まだもうすこし
「ち、ちょっと離れて……」
俺は情けない声を出してしまった。
すると、花鈴というらしい少女は、ニコニコしながら、さらに抱きついてきた。
「光希おにーちゃん。もしかして、花鈴に欲情してる?」
あぁ。してるよ。
当社比200%くらいにな。
つうか、いきなり全裸の可愛い女の子が現れたんだぞ? 男子たるもの、欲情するのがマナーだろう。
でも、そんなこと言えんよなぁ。
実妹だったらシャレにならないし。
「……し、してないし」
俺がそう答えると、花鈴はつまらなそうな顔をした。そして、ことさらに胸を押しつけてくる。
「だーかーらー、向こう行けって!!」
俺はそう言うと花鈴の肩を押し返した。すると、彼女はぺたんと尻もちをついてしまった。
「きゃっ♡」
そう言った花鈴は、こっちを向いて足を開い ていて……。色々と見えてしまった。
「み、みた?♡」
花鈴は、急いで足を閉じると、少しむくれて恥ずかしそうな顔をした。
本気でやばい。
このままこの空間にいたら、俺、きっと人間(兄)失格しちゃう。
そして、なにか色々と意味不明すぎて、猛烈に頭痛と吐き気がしてきた……。
「ごめん、先にでるわ」
俺は、逃げるように浴室を後にした。
(まだ頭痛がする……)
歩きながら、思った。
この頭痛は拒絶反応なんじゃないか。
柚乃も七瀬も花鈴も。
とても魅力的で可愛い。
当然、男として興味がある。
でも、俺はきっと怖いのだ。
一歩を踏み出してしまったら、もう紫乃と永遠に離ればなれになってしまう気がする。
俺は臆病だから、……君は死んでしまったのに、まだ君を引き止めたいと思っている。
君を自由にしないといけないって、分かっているのに。
でも、紫乃は。
手紙に「新しい恋をして欲しい」って書いてくれた。あの部分には何度も書き直した跡があった。あれを書きながら、君は、何を想ったのだろう。
紫乃はやはり、気高くて強い女性だ。
でも、俺はもう少し時間がかかりそうだ。
紫乃がせっかく特別な時間をくれたのに、ごめん。
……さしあたりは、あの全裸娘をどうにかせねば。
俺は頭を左右に振ると、とりあえずキッチンに行き、母さんに助けを求めることにした。
「母さん。風呂場に知らない女の子がいるんだけど」
すると、母さんはクスッと笑った。
「あの子、光希にすごく懐いていたから……。従姉妹の花鈴ちゃんよ。まぁ、久しぶりだもんねぇ。すごく可愛くなったし、分からなくても無理はないか」
俺は必死で訴えた、
「いや、分かるとかそういう問題じゃなくて、裸で風呂に入って来たのっ!!」
母さんは俺を半眼で見た。
「あぁ。それでそんな裸同然の格好で飛び出して来たのね。前まで一緒に入ってたんだし、別にそんなに怒らなくてもいいでしょ?」
……前っていつだよ!!
思春期の1年は、大人の数年分以上の変化なんだぞっ!!
母さんは必死な俺を面白がっているらしい。
ニヤニヤしながら続けた。
「それともあれ? 花鈴ちゃんが異性の女の子に見えちゃったとか? あ、そういえばアンタの部屋の引き出しに、妹なんちゃら〜っていうエッチ本入っていたものねぇ?」
柚乃といい母さんといい。
俺の部屋のエロ本を、みんなの図書館みたいに自由に閲覧しないで欲しい。
そんな俺のことは気に留める様子もなく、母さんは続けた。
「言ってなかったけど、花鈴ちゃん、今日からこの家に居候するから。今は母さん達の部屋にいるけど、今夜からアナタの部屋ね? 仲良くするのよ?」
「はぁ? いや、だって。普通は。年頃の息子がいるのに、従姉妹といえども、一緒の部屋はダメでしょ!!」
母さんはため息をついた。
「あのねぇ。アナタ意識しすぎ。あまりに頑なだと、逆に花鈴ちゃんのことを、変な目で見てるように思われるわよ? それに、うちは狭いから、あんたの部屋しか場所ないし。別にいいじゃない。今年から同じ高校なんだから」
……は?
あの子、都護夜高の新一年生ってこと?