第60話 雫の悩み。
「どういうこと?」
「あの……」
電話でもメッセージでも要領を得ない。
どこにいるのか聞くと、住所を送ってきた。
(とりあえず、行ってみるか)
指定された住所にいくと、ホテルだった。
「建物の下に着いたけれど」
「◯◯◯号室」
どうしたんだろう。
胸騒ぎがする。
「雫!!」
部屋のドアを開けると、ベッドに雫がいた。
裸の身体を毛布で包んでいる。
部屋には、……精液の匂いがこもっていて、
雫に聞かなくても、この部屋で何が行われていたか想像できた。
俺は、とりあえず換気をすると、紅茶を淹れて、雫に渡した。
「ここ、いいか?」
雫の返事を待たずに、ベッドに腰掛けた。
雫はしばらく黙っていたが、紅茶を少し飲むと、口を開いた。
「……光希くんの言った通りだった。あのね、軽蔑されるかも知れないし、嫌な話だろうけれど聞いてくれる?」
「うん」
「信くんと付き合ってすぐ、身体を求められた。でも、好きだったし、大切にしてくれるっていうから……信じちゃった」
「そっか」
雫は俯いた。
毛布を掴む手に力が入る。
「避妊もしてくれなくて、会う度で。でも、信くん、何かあっても、ちゃんと責任とるって言ってくれて。だから、わたし、信じてたの」
「うん」
「でもね、生理が来なくて検査薬使ったら陽性で……できちゃったみたい。だから、彼に相談したんだ。そしたら「おれ大学生だし将来あるし、結婚とか無理」って、フラれちゃった。信くん、もうバイトも辞めるし、わたしがどうなっても関係ないんだって。ほんと、最悪だよ」
「そっか」
「ママも光希くんも忠告してくれたのに、わたし言うこと聞かなくて。自業自得だよね。わたし、なんでこんなにバカなんだろう。もう、……消えてなくなりたい」
雫は両手で顔を覆って泣き出してしまった。
俺はどうすることもできずに、泣き続ける雫を、ただ見守ることしかできなかった。
前俺の時も酷いやつは居たが、永井はその中でも、悪い意味でトップクラスだ。
そんなやつに天罰が下らないのはおかしい。何か痛い目をみさせる方法はないか。何か……。
この部屋には永井の精液まみれのティッシュがある。これは雫との関係を立証する証拠だ。これと雫との会話記録と組み合わせて、裁判ができるのではないか。
永井にとっては、訴訟を起こされた事実自体が不都合なハズだ。もしかしたら、大学も退学になるかもしれない。
女の子をやり捨てて、バイトも辞めて逃げればいいなんて、ほんとクズだ。
だから、俺は雫が泣き止んでから言った。
「……雫。永井に仕返ししたいか?」
雫は黙ってしまったが、俺は続けた。
「もし、その気なら、大学も辞めさせられるかも知れない。あいつの人生を台無しにすることも可能だと思う……どうする?」
雫は俯くと、毛布をギュッと握った。
「なにもしなくていい。わたしが悪いんだ。もう彼に関わりたくない。早く忘れたい」
「……わかった。じゃあ行こうか」
で、あれば。
こんな空間からは一刻も早く出るべきだ。
しかし、なぜか雫に手首を掴まれた。
俺を見つめる雫の目は澱んでいた。
「……わたしを抱いて」
「えっ、ここでか?」
「うん。ここじゃないとダメなの。この場を離れたら、リセットできない」
意味不明すぎる。
「いや、さすがにそれは……それに、相手も俺じゃないだろ?」
「ううん。汚れたわたしを知ってる光希くんじゃないとヤダ」
俺が答えに迷っていると、雫が続けた。
「してくれなかったら、わたし死んじゃうから。ね、わたしを犯してよ。わたしに罰を与えて。そしたら、わたし、きっとそのうち光希くんのこと好きになる。そしたらそしたら……」
今の雫は正気じゃない。
リセットしたいって気持ちは、分かる気がするけれど。
俺は呼び捨てした時のやり取りを思い出した。雫はこういう……リセットを軸にした考え方をする子なのだ。
でも、さすがに、エッチする気にはなれない。
今俺、童貞だし。
でも、しないと死ぬとか言ってるし。
どうしよう。