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第6話 新人3年生の飯塚くん。


 「おはよう。清々《すがすが》しい朝だねぇ。飯塚くんっ!!」


 ドアを開けると、柚乃ゆのが敬礼のように右手をあげて立っていた。粒が揃ったその声は、春の風ように爽やかだ。


 柚乃は、ワイシャツの首元を緩めて、リボンをルーズに巻いている。スカートの丈は、ウエストで折り返して、膝より少し上だ。


 スカートをウエストでクルクルと巻いている姿は、俺からすると、スカートのサイズが合ってない小学生のようで、滑稽に見えた。


 でも、これが今時の子の着こなしなのだろう。


 柚乃は俺をじーっと見ると、俺の胸元を指差して言った。


 「はい。失格!!」


 は?

 何が失格なのか理解不能だ。


 シャツもキチンと着ているし、ネクタイだって曲がってないし。革靴だってピカピカだ。


 むしろ、シャツをだらしなく着ている柚乃の方がよっぽど失格だと思うのだが。


 「意味わかんねーんだけど」


 俺が不満そうな顔をすると、柚乃はまた勝手に俺の部屋に上がり込んだ。


 そして、グレーのパーカーを引っ張り出すと、「これ上着の下に着て」と言った。革靴もスニーカーにした方が良いらしい。


 柚乃の感覚では、ピカピカの革靴より、小汚いスニーカーの方が上なのか?


 着崩しならともかく、パーカーやスニーカーは、制服ではないし明らかに異物だ。俺が教師なら、そんなの絶対に許さないと思うのだが。


 柚乃の言うことを鵜呑みにしたら、登校初日から問題児枠に分類されかねない……。


 俺が渋々言われた通りにすると、柚乃に袖を引っ張られた。どうやら、パーカーの袖を少し出すのが柚乃流らしい。


 柚乃は言った。


 「なんかさ。最近の光希みつき、服とかオジサンっぽいし。クラス替え初日から舐められちゃうぞ?」


 イヤイヤ。

 ソレハナイ。


 ブレザーの下にパーカーを着ている謎の着こなしの方が、よっぽど舐められそうなのだが。



 通学路を2人で自転車で走る。 


 「あっ、菜の花だぁ」


 そう言うと、柚乃は髪の毛を押さえた。


 「おい、しっかり掴まってろよ」


 俺はペダルを踏む足に力を込めた。

 ちなみに、柚乃の希望で2人乗りだ。


 通学初日から補導されそうで内心はヒヤヒヤだが、こういうの良いかも。高校生って感じがする。


 この世界の俺は、毎日、柚乃と一緒に通学していたのかな。


 右も左も分からないこの世界で、唯一の知り合いの柚乃が同じ学校なのは心強かった。


 柚乃は俺の顔を覗き込んで、笑った。


 「ねぇ。光希。わたし変な夢みたんだ。あのね、アイドルの◯◯君に告白される夢。きゃはっ」


 柚乃は、恥ずかしそうに顔を隠した。


 フッたばかりの男に、嬉しそうにそんな話をするコイツは正直どうかと思うが、俺にはフラれた記憶はないし、柚乃が幸せそうなら何よりだ。


 「そういえば、俺も夢みたんだよ」


 俺の夢には紫乃が出てきた。

 目元は見えなかったが、ニコニコしていて。


 「……みっくん。それ意味ちがうよーっ」

  

 そんな紫乃に俺は反論した。


 「え、だって。甘やかすのはソイツの為にならないから『情けは人の為にならず』って言うんだろ?」


 紫乃はクスッと笑った。


 「ううん。それは、人に親切にしましょう!!って意味なの。そうしたら、まわりまわって、その親切がいつか君を助けてくれる……」


 …………。

 ……。



 「光希!! 光希!!」


 柚乃の声で我に返った。


 「悪い。……俺も絶世の美女とイチャつく夢を見たぜ?」


 「ふぅーん」


 そういうと柚乃は俺の脇腹にパンチした。

 柚乃は不満そうに続ける。


 「3年のクラスはどうなるんだろうね? ナナセとかルカとは同じクラスになれるかなぁ。去年は光希とも違うクラスだったから、今年は一緒になれるといいね」


 ナナセ? ルカ? 

 それらは何者だね。


 と、とりあえず話を合わせるか。


 「そうだな」


 俺が気のない返事をすると柚乃はむくれた。


 「なにその無関心。ウチは人見知りな光希のこと心配してるんですけどー」


 でもね。

 俺からしたら、ナナ……なんとかさんもルカも。まだ見ぬ山田くんも。


 アナタ以外は全員知らない人なのよ。

 だから、正直、どのクラスになっても余り変わらないと思うんだ。


 「ごめん。俺が関心があるのは、お前と同じクラスになれるかだけだから」


 すると、柚乃は黙った。

 なんだか向こうをむいてしまっている。


 俺は、またやらかしたのかな?

 キザなオヤジ発言で、またドン引きされているのだろうか。


 「柚乃、どうした?」


 「べっ、別に。何でもないし」


 そう言う柚乃の声色は、少し弾んでいた。

 春の天気と同じで、乙女のご機嫌は変わりやすいらしい。


 

 「よっ、飯塚!!」


 「おはよう。栗花落つゆりさん!!」


 学校に近づくと、知らないヤツらに声をかけられるようになった。こいつらはきっと元々の飯塚 光希の友人で、今後、俺もお世話になるヤツらなのだろう。


 それにしても。


 「柚乃。今更だけれど、お前の名字ってかわってるよな。栗花落つゆりって、日本でお前だけなんじゃないの?」


 「いやいや、由緒正しい名字なんだよ? なんだか昔いた美しい姫にちなんでいるとか」


 「ふーん。美しいねぇ……。ま、そのうちお前も飯塚になるんだし、なんでもいいけど」


 ……って、また殴られるかな。

 俺は所詮、こいつにフラれた友人Aな訳だし。


 俺がビクビクしていると、意外にも柚乃が抱きついてきた。


 「……光希さ。この前から変だよ? なんだかキザすきるっていうか。でも、少し……未来にタイムスリップして大人の君と居るみたいだ」



 学校に着くと、廊下にクラス分けが掲示されていた。


 (なんでもスマホなのに、こういうのは昔のままなのな)


 そんなことを思っていると、肩をバンッと叩かれた。


 「いて。なにすん……」


 俺が振り返ると、17才くらいの少年がいた。明るい栗色の髪にピアス。いかにも女ウケがよさそうな今風な少年だ。


 正直、チャラそうで苦手なタイプかも知れない。


 「よっ。飯塚!!」


 だが、そんな俺の気持ちなどお構いなしに、彼は陽気に挨拶をしてくれた。


 「……おまえ、誰だっけ?」


 やばっ。

 つい本音が出てしまった。


 少年は少しだけ怪訝そうな顔をして俺と目を合わせた。だけれど、鞄を肩の後ろに背負うように持ちなおすと、明るい声で答えてくれた。


 「は? 谷原だよ。谷原 かける!! 中学からの親友を忘れるなんてひでぇな」


 どうやらコイツは。

 俺の親友で、中学からの腐れ縁らしい。


 それにしても、今更、趣味とか聞けない雰囲気だよ。どうやら俺は、柚乃だけでなくコイツの生態も、会話の機微から探らないといけないらしい。


 ま、取引先で知らない人に声をかけられることとかよくあることだし、


 なんとかなるか。


 谷原はクラス替え表を眺めている。

 そして、動きを止めると、掲示を指さして言った。


 「おっ。あった。俺も飯塚も柚乃も同じクラスじゃん!!」


 俺は柚乃と同じクラスらしい。

 そして、どうやら、コイツとも同じクラスらしかった。


 それにしても……。


 埃っぽいこの匂い。

 なんだか懐かしい。


 学内は新入生歓迎ムードで、賑やかだ。

 そこかしこで、在校生が新入生と思われる子に声をかけている。


 (部活の新歓かな?)


 俺は物珍しそうにキョロキョロしていたらしく、いつのまにか隣にいた柚乃に笑われた。


 やばい。

 いろんな部活に勧誘されたい。


 だって俺は、青春を謳歌したいのだ。



 だが、柚乃が俺の行く手を塞いだ。


 「光希、挙動不審すぎ。光希が新入生みたいなんだけど。変なのっ。それよりも、新しいクラスに行こうよ」


 柚乃に手を引かれて、校舎の3階に上がる。


 すると、3年A型と書かれている札があって、そこが俺の教室らしかった。


 ドアをあけると、皆がこっちを見た。

 そして、何事もなかったように、またざわつき始める。


 長身でメガネの男子が駆け寄ってきて俺に言った。


 「よっ、飯塚。春休みにフラれたんだって?」


 どうやら、俺のフラれイベントは周知の事実らしかった。


 そして、彼の後ろから、高校生とは思えない発育具合の女の子が、ぴょこっと顔を出した。


 日に焼けていて小麦色の肌。

 少し巻かれた亜麻色(あまいろ)の髪がよく似合っている。

 耳には、透明で目立たないピアス。


 開いた襟元からは、プルンプルンとした谷間が見えた。


 パッチリ二重で顔は可愛いが、ギャルっぽい。

 正直、俺の好みのタイプではない。


 でも、意外にも、アニメヒロインみたいに女の子っぽくて可愛い声。


 そんな彼女が俺に話しかけてきた。


 「ねぇ。みつき。アタシがいるのに他の女にコクったって本当?」



 ……は?



 『アタシがいるのに』って、友人Aに対して使う言葉じゃないよな?


 元の飯塚くんや。


 いきなり彼女っぽいのが出てきたんですけれど……、コレどういうこと?!

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